Second Impact 14
じゃ、俺達はこれで、仕事がありますので、と関と鷹城が揃って出て行くのを神尾が見送って。
あの、と滝岡をみる神尾に。
「おそらくですけど、僕がこの場にいれば、くちにしてはいけないことがありましたら、僕が留めるのを期待して、のことではないかしら。此処で話す理由があるとしたらですけど」
突然、意識していなかった方角から声がして、神尾が驚いて見返す。
おっとりと微笑んでそれを見返す橿原に。
「…院長?院長先生が、どうして、です?」
つい、つかえながらも訊いてしまった神尾に微笑んで。
手を軽く組んで。
「それは僕が、鷹城君の上司ですから」
「…――――秀一さんも、この病院の方なんですか?」
その言葉に、思わず返す神尾に。
軽く視線を逸らして、滝岡が何と答えたものかと思案する。
それに。
「そうだったんですか、…それで」
「神尾。一応、あいつはな、…―――それでも、関もおれも、無理はさせたくないとおもってしまうんだが」
諦めているように息を吐いて、滝岡がいって。
医局へ戻る途中にある渡り廊下に、窓辺に手をついて空を見あげる。その滝岡の隣に立ち、白い筋雲が薄い青空を走る、その空を眺めて。
「よおう、しゅーいっちゃん、…。めずらしいね?」
浅く笑んでいう永瀬を、鷹城がHCUの外で見返して。
それから、外から硝子越しにみえる患者を見つめながら訊く。
「もう、大丈夫なんですか?患者さんは?」
鷹城が見つめている、眠っているこどもの姿を永瀬も隣で眺めて。
「さあな、…―――無責任なことをいうと思うだろうが、まだまだ気は抜けねえよ。…最悪の状態は脱したけどな。…これからもみていくさ、それに」
「…――何ですか?」
視線を向けて訊ねる鷹城に、患児をみながら。
「神尾先生がみつけてくれたじんましんな、…。あれが、細菌テロを発見するきっかけになった。きいてるか?」
「…はい、そのようなことは」
「だからな。…遺伝性血管性浮腫かどうかは、まだ遺伝子診断に時間がかかるから、確定じゃないが、…。一生、付き合っていくことになる。C1欠損を将来的には補完する治療法も研究中だから、出てくるだろうが、…。これから、小児科の遠藤先生を中心に、ずっと、フォローさせてもらうことになる」
永瀬が患児をみながらいうのに、鷹城もまたこどもに視線を向ける。
「ま、そういう前に、ここから無事に出さなきゃな。何しろ、もう細菌の検出量は減ってきてるが、腹あけて縫ってるからな。呼吸管理だって慎重にしなきゃいかん」
厳しい顔で患児を見つめながらいう永瀬に、隣でうなずく。
「僕にはわかりませんが、…。よろしくお願いします。この子の発症が早かったおかげで、いま手配している先でも、感染が広がることなく処置できそうです。…細菌の投げ込まれた水源と、そこへ訪問した人達の追跡も完了しました。滝岡さんと神尾さんから頂いた予防的処置を行うことで、発症も防げそうです」
淡々という鷹城に、永瀬が肩をすくめる。
「それ、滝岡達にもいってやれよ」
「処置中ですが、アドバイスを頂く為に、途中経過を部下から伝えさせることにはなるかと思います」
「…―――つまり、しゅーいっちゃんは、また別の任務に入るの?」
あきれたように軽く眉をあげて、隣に立つ鷹城をみて永瀬が云うのに。軽くうつむいて、微苦笑を零して。
「はい。…ちょっと別件が入りまして」
「大変だねえ、…――だから、えらくなるのって、いやなんだよな、…。おれは除隊しててよかった」
「…でも、予備自衛官に登録されてますよね?」
顔を向けていう鷹城に視線を向けずにくちを曲げる。
「そりゃー、自衛隊で医官なんて、あんまり数いねーもの。でもおれ、もう訓練には出てないもんね、あれはもーおれむり、絶対むり!走るのなんて、もともとだいっきらいだしー」
拗ねたようにいう永瀬に鷹城が笑う。
「…ま、二佐さん、がんばりな。…ところで、まーだ出向してんの?例の安全保障なんとかとかいう、―――院長のとこ」
あきれたようにみていう永瀬に、笑ったまま少し俯いて。
「ま、本部に戻るのは随分と先になりそうです、…。仕事にはきりがないので」
微苦笑を零していう鷹城の背を、軽く永瀬が叩く。
「永瀬さん?」
「…いや、せっかく、おれが世話して此処から出した身体なんだ。…頼むから、あんまり、無理はさせるなよ」
「はい、できるだけ、大事に使います。神尾先生にも、無理をする為には、限界をわきまえて、データをきちんと収集するようにいわれましたしね」
微笑していう鷹城に、あきれて息を吐いて、前をみたまま肩を叩く。
「あのな?」
「よろしくお願いします、患者さんのこと」
「…―――誰にいってんだよ?」
鷹城の肩に手をおいて、永瀬がこどもを見つめていう。
「ここから、この子を無事に出すのがおれの仕事だよ」
まかせろ、と云う永瀬に鷹城が頷く。
まだ幾つもの機器に取り囲まれてねむっているこどもの顔を、しずかにみつめて。
「国家安全保障なんとか、…―――よくわからんが、NSAとかいうのが、いまのあいつの職場だ」
「…――――」
滝岡が青空に流れる雲をみながらいうのに、神尾が視線を同じ空に向けて、風に早く流れる雲の行く先を。
「もともと、空自なんだがな。…乗り物酔いするのでパイロットにはなれなくて、いまは情報分析技官とかいうのをしているらしい」
「…乗り物酔い?ですか」
驚いてみる神尾に、振り向いて滝岡が笑う。
「おかしいだろう?おれも関も、絶対に無理だといって、防大いくのを止めたんだが。あれでも一応卒業はできたらしい。乗り物全般に全く適性はないがな」
「…――――そういえば、車酔いしてらっしゃいましたね、…」
あれは本当に、と。思わず記憶を思い返して、考え込んでいる神尾に、滝岡が笑む。
「ばかだよ、…あいつは。それで、いまの仕事は国際テロとかいうのが、上陸しないかを監視するとかいう分析になるそうだ。…。ま、一応使えるようだから」
「…滝岡さん?」
「院長の処に引っ張られてな、…――――」
あれ以上、人使いが荒い上司は考えつかないんだが、と。あきれと不満を隠さずにいう滝岡に、つい苦笑してみてしまう。
「滝岡さん、しかし、院長先生が?その、…」
「おとなしく院長だけやっておけばいいものを、…。その国家安全なんとかが発足する際に、何だ?長官とか?つまり、纏め人を引き受けたらしいんだ、あのぼけ院長が」
「…―――その、それは、…」
「だからといって、滅多に病院にいない院長など役に立つかというんだ!自分はそっち方面で飛び回って、留守ばかりしやがって。代理で書類を決裁するのはこっちなんだぞ?人の身にもなれというんだ」
「…滝岡先生、―――…その、落ち着いて」
神尾を振り向いて、滝岡が睨む。
「忙しかろうが何だろうが、あの院長がぬらりひょんで、もともと、病院の仕事にいつく気はないのは確かなことだぞ?おまえも何れ解る」
目が座っている滝岡に、つい吹き出す。
「…おい!神尾!」
「いえ、…すみません、…。確かに、その院長さんのお仕事を代わりに引き受けておられるわけですからね?滝岡先生は」
「…おまえな、…―――。おとなしく院長の椅子に座っていればいいんだよ、あのぬらりひょんは。それを、…―――まあ、」
不意に、滝岡が言葉を納めて、しずかな視線になる。
「…―――秀一も、関も」
「滝岡さん」
神尾の見つめる前で、しずかにくちにする。
「…人を護る為に、あいつらは働いてる。…おれに、出来ることはない。心配してみてるだけだ。…神尾」
「はい、滝岡先生」
「…―――ありがとう」
視線をあげて、顔をあわせていう滝岡に、神尾が驚いて見返す。
「何を、です?」
驚いている神尾に、滝岡が笑う。
「勿論、今回のウイルスと細菌の鑑定に関してだ、…―――。ありがとう。おまえのお陰で、発見できて、…――治療法にも目処がつけられた」
穏やかに微笑んで、黒瞳が明るく笑んで見つめていうのに、神尾が慌てて視線を逸らす。
「…神尾?」
「いえ、…――その、つまりですね、…――――」
一度背を向けてから、それから困ったように振り向いてみて。
「神尾?」
「…いえ、診に行きましょう。患者さんを」
神尾の言葉に、滝岡が身を起こす。
「…そうだな」
「はい」
二人して、患児の様子を診る為に渡り廊下を歩き出す。
そして、ぽつりと。
「僕達に、出来ることをしましょう。…患者さんを」
神尾の言葉に、隣を歩きながら滝岡が前をみて。
口許に笑みを刷き、静かに。
「そうだな、…いま俺達に出来ることをしよう。出来るかぎりのことをな」
「―――はい」
隣を歩いて、神尾がうなずいて。
そして。
HCU―――ICUを出たあと、まだ一般病棟に移すには慎重に状態をみなくてはいけない患者を看護する為の設備――――の前で。
「…何をしてるんだ、永瀬」
「ん?―――のびをな、…―――身体がかたくなると、血流がとどこおるんだぞー?」
廊下を使って柔軟体操をしている永瀬に、滝岡が足を留めてあきれてみつめる。それに、神尾が思わず微笑んで。
「確かにそうですね。…では、少し中に入らせてもらいます」
「消毒きちんとしてなー。もうすぐ、小児から遠藤ちゃんくるよー」
「そうか、丁度良かった。…永瀬、…――踏むぞ」
長く伸びて、身体をへたりと二つ折りにしている永瀬に、あきれて滝岡が踏まないように避けて通って。
そうして、患者を診る為に、中に入る滝岡と神尾に。
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