Second Impact 13

 院長室に案内されて、神尾が戸惑って滝岡を振り向く。

「その、…―――関さん?秀一さん」

驚いて室内にいた人物をみて、それから。

「…―――」

 院長室のデスクに座る、初老の人物を見て神尾が口籠る。

 長身だろう細身の白髪混じりの紳士が、おっとりと両手を机の上に組んで、神尾を微笑んで見返している。

「院長の橿原です。此処へ初めて来られたとき以来ですね。正式な着任のときに御挨拶ができなくてごめんなさいね。滝岡くんは本当にそういうのにうるさいんだから。でも、あなたならきっとこの病院で良い働きをしてくれると信じてましたよ」

穏やかに微笑んでいう橿原に、何か言葉にならなくて神尾がつまる。

「…―――院長先生、…―――」

言葉にならない何かは、どこから来るだろうか。少なくとも、この院長が神尾をリクルートしなければ、今日此処に立ってはいなかった。さらにいうなら、おそらくは、―――。

 何をいっていいのかわからなくて、神尾は少し頭を振り、それから、滝岡と関に鷹城を見廻していう。

「あの、これから何が?」

「…―――ああ、知りたがっていたからな。二度も、こいつに何故、あの場所がわかったか、訊いていたろう?」

「滝岡さん、…。つまり、僕が訊くのを、やはり誤魔化しておられたんですか?」

「やっぱり、ばれてたな?」

楽しげに云って、ソファに座る滝岡に驚いて見返す。

「きみも、好きな処に座ってくれていいですよ?立たれていますと、見あげるのが大変ですからね。そちらも、お座りなさいな」

「…はい」

関が促されて、鷹城に勧めて座らせてから隣に席を取る。

院長室のデスクの前に適当にあるソファにいまさら気付いて、神尾が何となく滝岡が座る隣に移動する。

「どうした?」

「いえ、何となく」

「あら、神尾先生、そんな僕から逃げるように遠くに座らなくてもいいのに」

「あ、いえ、―――その、それで、何が?」

つい橿原から遠くなる位置に座ったのをあっさり見抜かれて、神尾が多少腰が引けながらいうのに、珍しいな、というように滝岡が感心してみる。

「この院長は確かに得体のしれない妖怪でぬらりひょんだが、そう怖がる必要はないぞ?」

「…―――あら、こわいんですの?」

「いえ、その、そういう訳では、…―――」

「つまり、別に難しいことではなかったんですよ。特別な事はありません」

「…関さん?」

淡々と関が云うのに、神尾が視線を向ける。

「あの場所が何故解ったか、…―――訊かれていましたが」

「…はい。どうして、解ったんです?」

訊ねる神尾に、関が苦笑して。

「大きなヒントが目の前にありましたからね。それに、―――おれは特に何もしてませんが、こいつが以前から地道に性格の悪い分析をしてきてたんで」

「…――誰の性格が悪いんだい?…関、暗いのはそっちだろ?」

「おまえの分析というのも、いつもかなり暗いと思うぞ?」

「秀一さんの?」

「ええ、こいつはね。―――――かなり単純な話なんですよ、神尾先生。先に携帯の位置分析をみたでしょう?ビッグデータの。こいつは、そういう処から常に怪しいのや危ないのを拾って分析してましてね。…それで、今回のも先に、麻薬取引か何かと思って、俺達が捜査してたのとかちあいましてね」

「はい」

浅く笑んでいう関に、神尾が素直に見返す。

「そうして、分析したら中身が細菌とウイルスで、こちらも慌てました。そして、同じ細菌の届けがこちらからされたと聞いて、慌ててお話を聞く為にこちらに来ました」

「はい、それで、―――」

「それで、来てみたら」

あきれたように関が言葉を切る。それを、鷹城が引き取って。

「…あきれたことに、あの人がいてね」

「そう、…――正直いって、非常に驚いた。あれで、事件は半分以上解決したようなものだったからな」

関の言葉に驚いて神尾がみる。

「それで、解決したんですか?何故、…―」

「出没したこと自体が、大きなヒントだったからな」

「だよね、…。心臓に悪いともいうけど。…まったく」

「永瀬さんから、あの方が海自の偉い人になるということは伺ったんですが、…。出没、ですか?」

戸惑ってみる神尾に、関が笑う。

「ま、そんな感じです。一応、あれは偉いんだよな?」

鷹城をみる関に、嫌そうに視線を返す。

「…海将補が偉くなかったら、後の有象無象はどーすればいいの」

「と、いうことだそうだ。海自の偉い人で、普段は滅多に姿を現さないらしい。レア物、って訳だ」

「――――…レアって、…。多分、間違ってはいないけど、その喩えって、なんていうか」

「ま、そういう訳で、ヒントが黙って立っていた上に、二つ捕捉できなかった箱の行方の内一つは、こいつが携帯端末の情報を解析して、例の牧場で発見された」

「…――はい。それで?」

真剣にみる神尾に、関が頷く。

「後は簡単です。もう一つの携帯端末は、位置が捕捉出来なくなっていました。位置情報が消えていた。さらに、牧場の位置、――――…。他の箱が輸入され、送られた位置から、丁度反対側の山側に造られた牧場でした。そこまでくれば、もう簡単です」

関が穏やかに続けていう。

「携帯の位置情報が、端末から発信されていても消える場所は幾つかあります。その中で、今回送られてきていた先は、総て米軍関係者。さらにいうなら、米海軍関係者の居住地でした。そして、」

「あの、黒城さん?海自の?」

「そうです。あの人は海自の方で、…―――。とんでもなく偉い立場にいて、色々な繋がりを米海軍とも持っている人です。…何も、いってくれた訳ではありませんが」

「本当―に、一言も喋らなかったもんね、…。まったく」

あきれたように、鷹城が天井を眺めてくちを挟む。それを、ちら、とみて関が苦笑して。

「だが、それで充分ヒントにはなったぞ?…あの人が態々出て来て、何もいわなくても、この病院に来ていた。俺達が訪ねたときに、丁度な」

浅く笑んで関がいうのに、鷹城があきれて首を振る。

「それ気付くからいーけどさ、…。でも、普通は言葉で伝言とかしない?まるっきり喋らないんだもんね」

眉を寄せて文句をいってみせる鷹城に笑って。

「だがまあ、別にそれでいいさ。こっちも聞かされて困る機密事項とか、くちにしたら首が飛ぶような情報なんて知りたくない。…ですから、まあ、あの人がいるだけで、多分、そちらの不味い方面だということは、既に見当がついていた訳です」

半分あきれた口調で関が続けて。

「まあ、単に甥っ子に会う為に来ていたのかもしれませんが」

楽しげに笑んで関が滝岡をみていうのに、滝岡が怖気を振るうようにして関を睨みつける。

「おい!そういうことは思ってもいうな!気味が悪いだろう!」

「おまえの伯父なのは事実じゃないか。…ま、多分、今回はその立場を利用したんだろうが」

滝岡の反応にあきれながらも楽しそうに関が笑む。鷹城も大きく頷いて。

「そーだよ?一応、本当に親戚でしょ?…―――確かに、ちょっと寒いけど」

「―――わかってるなら、いうな!」

嫌がる滝岡を神尾が振り向いてつい見つめる。

「いや、…ほら、関、続きはどうしたんだ!」

「いいけどな?あの人、結構良い人だぞ?そんなに嫌うか?」

わからないな、という関に鷹城と滝岡が同時に多少蒼い顔色になって沈黙する。

 それに首を傾げて。

「ま、いいが、―――つまり、位置情報の消える場所であり、一人が逃亡して廃棄した山とは反対の方向にあり、さらに、…―――」

神尾を見返して関が頷く。

「そう、海自の偉い人が情報を持つ、――けれど、話すことはない情報、――――それが指し示す場所」

「…―――米軍基地」

「その通り」

淡々と関が云い、浅く笑む。

「それだけのことなんですよ。何も難しいことは無い。米軍基地では、携帯端末の位置情報は収集できません。そして、荷物が送られていたのは、総て米軍関係者。山ではなく、海にある施設」

「そう、だったんですか」

「そう、―――そして、標的は米軍基地内部。そこに居た人物を狙って仕掛けられたテロでした」

「幾つもの箱が送られてきていたのは、予備という意味と、―――同時に食中毒を装った事件を幾つも起こして、基地内部での犯行を煙幕に紛れさせる意図があったようです。基地のある周辺地域で、集団食中毒が起こる、その中で、―――」

「…偶々、基地内部の誰かが命を落としても、紛れるだろうと?」

関の言葉を鷹城が引き取るのに、神尾が僅かに俯いて、怒りを堪えるような面持ちでくちにするのに。

「落ち着け。関達の御蔭で、何とかそれは防ぐことが出来たんだ」

「――――…」

滝岡の言葉に、神尾が沈黙する。

 それに。

「神尾さん。それに、あなたが発見してくれたから、…――発病の仕組みを、対処法を、それで、未然に犯行を防ぐことが出来たんですよ。あなたのお陰です」

「…――いえ」

硬い表情で神尾が呟くようにくちにするのに、鷹城が首を傾げる。

「神尾先生?」

その呼び掛けに、首を振って。

「ちがいます、…――――、それは違います。あの子が、あの患者さんが、教えてくれたんです」

「神尾さん?」

「神尾」

鷹城と滝岡が呼び掛けるのに。

 くちびるを僅かに噛み、神尾が複雑な表情でくちにするのを。

「違うんです、…。あの子が、あの患者さんがいたから、知ることが出来たんです。…―――」

「神尾」

滝岡の呼び掛けにうなずく。

「…あの子が、教えてくれました。患者さんが、…――――。遺伝性血管性浮腫をウイルスによる感染症で発症して、…――――それで、しらせてくれなければ。もっと、気がつくのは遅れていたでしょう。…あの子が、救ってくれたんです。滝岡さん」

「…そうだな、…―――。確かに、そして、おまえがあの徴候をみつけることができた」

「ええ、…―――。実際に、最後に残された一箱でも、…充分に、千人単位の人を感染させることができました。もし、それらに毒性の高い症状が出ていたら」

神尾がくちを噤むのに、関が頷く。

「実際、標的への投与だけでなく、ああして細菌を摂取していたからな。…休暇を取って、外へ出て発症すれば、…――――」

「それを、あの子が救ってくれたんです」

或いは、と考え込む関に。神尾が微笑んでかれらをみて云う。

「…治療法も、あの子がいたから、知ることができました。患者さんが、教えてくれたんです」

「…そうだな、神尾」

滝岡が頷く。もし、あの子供が遺伝性血管性浮腫を持たず、感染症から絞扼性イレウスを発症することなく、緊急手術をすることが無かったなら。

 滝岡が噛み締めるようにして云う。

「あの子は、…回復してきている。本当に、良かった」

染み入るようにしずかに、視線を伏せて云う滝岡に。

「そうですね、…。これからも、慎重にみていかなくてはなりませんが」

「そうだな、…」

呟くようにいって頷く滝岡に、神尾が一つ頷く。

「…みていきましょう」

「ああ、…」

穏やかに滝岡が応えて。




「それで、どうしてわざわざ此処で話を?」

関さん、秀一さん、と訊ねる神尾に。

関が天井を仰いで、鷹城が視線を逸らして同じく空を眺める振りをしてみて。










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