Second Impact 12

「連絡が来た。あの子を、…――ICUから出せるそうだ」

「…そうですか!――――よかった」

施設を出て、後の引き継ぎも済ませて。

 外で関達を待っていた滝岡が、永瀬からの知らせに神尾を呼んで伝える。

 青空を仰いで、滝岡が笑むのに、神尾が不思議そうにみる。

「どうしたんですか?」

「…―――いや、結局、この施設で夜を明かしたと思ってな」

「そうですね、…。結構色々、対応に掛りましたからね、…―――どうしました?」

「いや、だから、…七日目だ。違うか?」

楽しげに笑んで、神尾を振り向いていう滝岡に。

 気付いて、神尾も目を丸くして見返して。

「…――――いわれてみれば、…そう、ですね?」

「そうだとも。…本当におまえは、随分と目まぐるしいな?おまえが来たときも相当だったが、…。一応、正式に赴任という形になってから」

「…それは、その、はい」

「緊急手術で始まって、術後管理に感染症でこれも緊急手術になる患者さんが入って、細菌テロか?…まだ七日目だぞ、おまえ」

楽し気に、面白そうに笑んでみていう滝岡に抗議しかけて。

「…―――それはそう、…ですね。…まだ七日目、ですか」

「そうなるな。おまえみたいなのは初めてだよ。二類感染症疑いと共に赴任してきた上に、細菌テロ何てな」

本当に楽しそうに笑っている滝岡に神尾が何か云おうとして。

 不意に、実に楽しげに黒瞳が笑んでいて、神尾を見返してくる滝岡に驚いてみる。

「あの?」

「これで決まったな。おまえの配属先」

「え?…――決まった、んですか?」

「勿論だ。感染症の事前検査に術後管理、―――入口から出口まで、だ。感染症に関するトータルの管理をしてもらう。窓口対応は各科に任せるが、感染症の検査から、術前、術中、術後管理、それに。総ての科において、おかしいと思えば、診断に検査をくわえてくれていい。くちを挟んでくれ。感染症専門医の視点からな」

楽しげに悪だくみをするように。に、と笑んで滝岡が実に楽しそうにいうのに。

 あきれて、神尾が滝岡を見返す。

「いいんですか?それは、…――――」

「おまえとそれで軋轢になるような医者はうちにはいない。おまえみたいに、変った奴ばかり、リクルートしてるからな」

「あの、それは、」

「ま、その中でもおまえはとびきりに変わってるが」

楽しそうに笑んで大きく頷くと、滝岡がやっと出て来た関に大きく手を振る。

「おい!はやくしろ!こっちは患者さん達が待ってるんだ!」

「うるさい!色々なあれを皆、何とかおまえたちの意見を入れて調整したんだからな?少し位待つのがなんだ!」

急がずに歩いてくる関の隣を歩いていた鷹城が神尾の隣に来て。

「神尾さん」

「はい、秀一さん?」

期待を籠めた視線で鷹城が神尾をみていう。

「神尾さん、車の運転できますか?」

「できますが、僕の運転はオフロード仕様ですよ?」

「…―――――」

がっくりと肩を落とす鷹城に、神尾が顔を覗き込む。

「大丈夫ですか?秀一さん」

「…いえ、滝岡さんは運転できませんしね、…」

「何肩落としてるんだ。おれが運転して帰るから、いいだろう」

関が云うのに、嫌そうに眉を寄せて鷹城が見る。

「きみの運転はね?」

「あ、帰りは装甲車じゃないんですか?」

「おまえ、あれがそういうものだと理解はしてたんだな?」

「…はい、そうですけど?」

げんなりしている鷹城に、不思議そうにきく神尾。それに、滝岡が確認した事実に思わず手で額を押さえて。





「それで、どうして犯人達がいたのが、あの場所だとわかったんですか?」

帰りの車の中で、神尾が不思議そうに訊くのに関が運転しながら戸惑った顔をする。

 その隣でぐったりと蒼い顔をしている鷹城を、ちら、とみて。

「その話は後で、構いませんか?」

「はい、いいですけど。…秀一さん、本当に大丈夫ですか?」

後部座席右側に座って、病院と連絡を取りながら、滝岡が神尾に視線を向けて。

「大丈夫だ。おとなしくて丁度良い位だな。神尾、それより、これをみてくれ」

「…――――はい。これは?新しく入院されたんですか?病棟にこの年齢の患者さんはいなかったと思いますが」

「第一の患者さんだ。俺達がこちらの対応をしている間に、あちらでは手術が終わったらしい」

「術後ですか、…。心疾患の?」

神尾が真剣に滝岡がみせる小型モニタの数値をみる。

 ちら、と関がバックミラー越しに滝岡をみて。

 それに、滝岡が僅かに視線をあわせてから、すぐに画面に視線を落とす。

「…――――それに、同時に腸管の一部と肝臓、胆管の再形成をしている。ハイブリッド手術と原先生がいっていたろう」

「同時にですか?…―――それは、…――――熱が出ていますね。当然考えられる反応ですが」

「第一でも当然診ているが、おまえ、戻ってあちらに行けるか?こちらで、永瀬とあの子の方は診ているから」

「…―――そちらも心配ですが、…。永瀬先生が、診てくださっていますからね。」

「一度、こちらの方をみてもらってからでも、すぐにどうということは無いとは思うが。どう思う?このデータは」

「…そうですね、…。身体が小さい、…―――。一度、第一で担当しておられる先生に連絡をしてみてもいいですか?それで、状況を伺えれば」

滝岡がその言葉にうなずいて、携帯を操作する。

「これだ。掛けてくれていい」

「ありがとうございます」

小型モニタに映るデータをみながら、神尾が携帯で第一に連絡を取る。




「そちらは、HCUに移ったときいたけど、どうなんだ?」

滝岡総合病院の中で、さらに専門的な分野を受け持つ滝岡第一に着いて、オフィスに着いた途端に。

 まっすぐ歩いて来て、滝岡にいう見覚えのある人物に神尾が絶句する。

 ―――ええと、その、…。

「神代先生?」

「…――ああ、神尾先生か。どうしたんだ?ちゃんと練習はしてるか?腕が落ちてないだろうな」

鮮やかな黒瞳が何処かで見覚えが、と思って、神尾が隣にいる滝岡を振り仰ぐ。

「どうした?」

背の高い滝岡と、低い訳ではないが比べると小さくみえてしまう神代の二人を見比べて。

 ―――容姿は、全然似ていないんですが、…?

鮮やかな黒瞳に何か共通するものを感じて神尾が言葉もなく戸惑っていると。

 滝岡が無造作に神代をみて。

「…光、こいつは感染症の専門医として、いま此処にいるんだ。まあ、確かにおまえに内視鏡を三ヶ月も習ったときいて、無駄にするつもりはないが。それより、そちらの患者さんはいまどうなんだ」

「何だよ?正義。…とにかく、そっちは大丈夫なんだな?例のテロとかでおまえが手術した感染症のこどもは?」

む、と怒りながらいう神代に、滝岡が頷く。

「お陰さまでな。こいつが、細菌とファージの解析をしている。いまの処、抗生剤が通常のもので効いていて、知っての通り、ICUから移せた。他への感染も心配する必要はない。本当に、お陰さまでな、…光」

しみじみと噛み締めるようにいう滝岡を、強い光を抱く黒瞳で見あげて。

「…―――わかった。なら、よかった」

短くいうと歩き出す神代に、その背に滝岡があきれた風に呼び掛ける。

「何処へ行くんだ?」

「勿論、術後管理室に決まってるだろ?診に来たんだろうが!はやく行くぞ!そっちも、神尾先生!」

「は、はい」

「まさか、あれから一度も内視鏡手術してないとかいうんじゃないだろうな?正義、ちゃんと手術させろよ」

歩きながら怒ったようにいう神代に、おかしそうに滝岡が笑む。

「いや、それがな、…。おまえからもいってくれ。せっかくおまえが教えたのに、勿体ないだろう?」

「…――――勿体なくは、ないです、…。僕は内科医ですから、…あの?」

以前、うっかり内視鏡の仕組みを知りたいといったときに、何故か仕組みだけでなく、内視鏡での処置ができるように徹底的に叩き込んできた神代と、第一の神代が同一人物だと漸く気付いて。

 ――――以前、僕が師事した話を聞いたときには、確か、…。

「滝岡先生、…。何か、その、第一の方だったんですか?僕が師事したときの話を聞かれた際には、何かその、…―――お知り合いだとは、―――滅多に教えてもらえないような話をしておられませんでしたか?」

「ああ、それはな、―――」

云い掛けた滝岡に、くるり、と神代が振り向く。

「当り前だ!正義に教えることなんてない!誰が教えるか。おれにはそんな暇は全然無い!絶対嫌だ!それより、こちらの患者だが」

先を歩いていた神代が振り向いて滝岡を睨んでいうのに。

 軽く片眉をあげてみせて、滝岡が云う。

「ああ?」

「神尾先生」

「はい」

鋭い神代の呼び掛けに、思わずも緊張して見返すと。

「…感染症専門医なんだな?」

強い視線でみる黒瞳に、思わず息を呑む。

「は、はい」

それに真剣な視線になって見返す神尾に。

「なら、診ていってくれ。頼む」

「…―――――はい」

神代の静かで、何かに怒っているような強い光を抱いた黒瞳に頷いていた。

 これは、…――――。

滝岡が、神尾が患者の容態を診るのを、離れた処から観察する。無菌室に管理されている幼い患者の姿を、僅かに眉を寄せてみて。

 それから。



「これを、…――――優先されたんですね。あの患者さんを」

「…ああ、そうだ。あいつはな」

僅かに視線を伏せて、歩きながら滝岡が云う。第一と第二、そして滝岡総合病院は少し歩くが、互いに同じ敷地の中に設けられている。それぞれ独立した棟となっていて、アプローチも別になってはいるが、歩いて移動することができる距離にある。

 静かに歩きながら、神尾がくちにする。

「神代先生も、神原先生も凄いですね。そして、サポート体制も」

「だが、おまえの意見が聞けて助かったといっていたぞ?多分、またすぐに連絡が来る」

「はい、…。僕でお役に立てれば。…あの小さい身体で、―――」

「…ああ、こちらの患者も、あの子も、助かってよかった」

染み入るような声で、穏やかに滝岡がいうのに頷く。

 第一へ行く前に診察して、状態を確認した際を思い返して。

「…本当に、そうですね。有難い話です」

噛み締めるようにいう神尾を滝岡が見る。

「そうだな。…幸運で、有難い話だ。処で神尾、時間はあるか?」

「はい、何でしょう?」

「いや、知りたがってたからな」

「…何をですか?」

不思議そうにみる神尾に、少しばかり悪戯を企むようにして笑んで。







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