Second Impact 10

 神尾が淡々と、だが僅かに怒っているように視線を伏せていう。

「気がつくべきでした。…ファージに感染させて人工的に遺伝子を入れるのなら、ファージが一緒にある必要はない。感染させて、毒素を組み込む方ばかりみていましたが。…感染させて毒素を組み込むのではなく、細菌が元々持っている毒素を放出させることこそが、目的だったんです」

「食中毒の原因として菌が検出されれば、通常なら、ウイルスまで調べようとはしないだろうからな。…抗菌剤だけの対応に絞るだろう」

神尾の言葉に滝岡が考え込むように云う。

「…はい」

怒りを堪えるように神尾が黒城を見る。

「単純すぎることでした。…」

厳しい顔になって神尾が黒城を見返して、画像をみる。

「それに、まだ全ての解析はできていませんが、このファージ自体に人工的に毒素などが組み込まれている可能性もあります。少なくとも、このファージは、エルシニア属に感染するように調整されているか、あるいは、そうした性質を持つファージを選び出していることだけは確かです」

「…ウイルスが、ファージが細菌に感染するにも、種類があるのかね?選択するのか」

黒城が首を傾げて問うのに神尾が画像をみながら頷く。

「ええ、…。φX174系のファージは、本来大腸菌を標的とすることで知られています。感染するにしても、好みがあるんです。同じグラム陰性菌でも」

「…好みかね?」

眉を寄せる黒城に、神尾が微笑んで頷く。

「選択性があります。ある細菌には好んで取り憑くが、そうでない細菌には感染せずに増殖しない、――――。人間に感染しても、鳥には感染しない、あるいは、両方に感染する、など色々あるでしょう?細菌も、ウイルスもそれぞれの生活史を持っているんです。…環境に適応して、サイクルを造ってきた。…自然の中で、宿主を変え、増殖し、或いは死滅して変異しながら経代し、生き延びてきたんです。その中では、当然、生活環を描く自然のライフスタイルがある。」

神尾が穏やかにいって、細菌に感染するウイルスをみる。

「僕は許せません。こうして、ウイルスにも細菌にも自然の生態があるというのに、人工的に加工して利用することにより、自然史から離れる。本来感染する相手から離され、無理矢理に毒素を組み込まれて増殖させられて、死を迎える。…―――」

神尾が言葉を切る。

「それは自然史に反しています。ウイルスの本来の生活環境でない処へと持ってきて、自然でない死を迎えさせる、――――。生命を勝手に人工的に利用する思い上がりに、腹が立ちますね。ウイルスにだって、自然に宿主とする相手と、生活環を描く自由があるはずです」

「…―――神尾」

額に軽く手を当てて、しばし目を伏せてから滝岡が肩に手を置く。

「はい、何でしょう」

「いや、…。意見としてはきくが、それ、絶対に患者さんにはいうなよ?」

「え?どれをですか?」

「―――――…そのおまえのウイルス愛に関してだ。…頼むから、いうな」

「…はい?」

解っていない神尾に、滝岡が疲れた顔をして肩を一度叩く。

 それに、不思議そうに首を傾げて。

「ともかく、このファージというものは、この細菌にしか反応しないと、感染か?思っていいんだな?」

不思議そうにしている神尾に、黒城が少しばかり楽しそうに微笑んで問い掛ける。

「あ、はい。エルシニア属と大腸菌は同じグラム陰性菌には属しますが、色々と違う処があるんです。ですから、両方に感染することはできません。これも、実験を重ねて確認しなくてはいけませんが」

「油断はできないが、」

黒城が言い掛けた言葉に関が続ける。

「いまの処、この細菌とウイルスはセットで扱われてるから、対象は絞ってもいい、ということだ。――――実際に、この二種類を同時に撒こうとしていた訳だから」

「そのようだな」

黒城が関の言葉に視線を向けていう。それに、あっさりと関が頷いて。

「だな、…―――鷹城、連絡は入ったか」

「ちょっとまって、…―――いま、」

鷹城が、画面を切り替えて操作する。

「何をしているんですか?」

「現場とね。…此処で神尾先生からの情報を確認している間に、いま、このテロを防ぐ為に向かわせている」

「…――そういえば、解ったといっていましたね?一体何処に」

神尾が驚いて画面を見る。

 四分割された画面に、それぞれの状況が映し出される。

上空から俯瞰して光点が先のように幾つも動いている画面が右上に。右下には、横に長い幾つかの波形のようなグラフが複数黒を背景に。左下には、白を背景にした同心円状の波紋を描く何かの図に。

「これは、…―――?」

左上に映し出されているのは。

「何処ですか?これは、…」

神尾が驚きながらみるのは、誰かが動きながら映し出していると思われる画像。道路に建物、そして、…――――。

 背景に映し出されるのは、…。

「此処は、」

「…了解、確保。関、包囲と確保、完了したよ。―――四名確保、細菌を所持、確認、…――」

鷹城の言葉に、神尾が視線を向ける。

「細菌とウイルスを?何処かに投与した後ですか?」

「…確認中です。…――関」

関が鷹城に近付いて、鷹城が手許にみせる状況を確認してヘッドセットを手にする。

「関だ。…機動隊員が確保、施設周辺に他に人はいないな?周辺の、そうだ。その付近を重点的に捜索してくれ。封鎖は継続、――――」

関が連絡を受けながら、空中に何かを見ているように、しばし動きを止める。

「――――…使用されている?不明か?…わかった。これから、専門家を連れてそちらに向かう。ああ、現場は封鎖していてくれ」

関が通話を切り、鷹城に返して振り向く。

「神尾さん」

「…はい」

緊張して見返す神尾に、関が真直ぐに見据えて。

「現場へ同行願います。細菌とウイルスを使用した形跡があるそうです。現場を確認してください。神尾さん?」

「…――予防的投与が必要です」

神尾が視線を向けるのに、滝岡が頷く。

「準備は出来ている。大人十二人分だ。…検査試薬等は出来ているか?」

「はい、…――。関さん、捕まえた犯人達に、予防的投与をする必要があります。かれらには必要以上に接触せずに、周辺から隔離しておいてください。それと、隔離している人達に移らないように」

「…防護服等は着けていますが、改めて注意させます。では、一緒にきていただけますか?」

「はい」

「神尾」

滝岡が短く云うと、手許に準備していたジェラルミンケースを一つ神尾に渡す。

「行きましょう」

神尾が受取ったケースを手に、急いで院長室から出ようとするのに関が先に立ち、滝岡が続く。

 鷹城が、それじゃあ、と黒城達に挨拶をして。

 四人が院長室を離れるのを見送り、黒城がまだ映し出されている画像を見る。

「…――――さて」

黒城が視線を送る先に。





「それにしても、どうしてあそこだと解ったんです?」

神尾が、隣にいる関に訊く。車に乗り込んで向かう中で、関が神尾の問いに視線を向ける。

 自衛隊の重装甲車の後部座席に右から関、神尾、滝岡と座り。前とは鋼板の仕切りと小さく縁取られた窓――それにも縦に硝子を補強する細い棒が幾つか入っている―――に乗ることになっても神尾が驚きもみせずにいるのに、密かに滝岡が溜息を吐く。

 平然と特に状況に疑問もみせず、関が場所を特定したことについて質問している神尾に。

 ――――神経が太い奴だとは思っていたが、…。

いや、自衛隊よりも、さらに国連軍や何かに、こいつは慣れているのかもしれないが、と。

 ―――もしかしなくても、紛争地帯や何かに入るときには、こうした装備の車に乗るのが当り前なのか、…。

こいつにとっては、と。おっとりと構えて、極普通の態度でいる神尾に多少頭痛を憶えながら滝岡がいる隣で。

 関が、不思議そうに神尾を見返す。

「どうしてというか、…。別に難しい話ではないんですよ」

「…そうなんですか?」

「ええ、それより、着くまでに時間がありますから、どうぞ」

「…―――関」

「え?」

関から渡された器に神尾が驚いて見直す。見事な漆塗りの曲輪――つまり、弁当等を入れる器にみえて、しげしげと見直すが。

「少し揺れるかもしれませんが、食いやすいようにしてありますから」

「…は、はい」

驚いて見上げて、それから手にした曲輪の蓋を取って。

「…――――」

 見事な笹の葉を敷いた上に乗っているのは、白味噌のたれが美しくつけられた白葱と、何かの焼き物で。

「焼き鳥と葱です。白味噌をたれにしましてね。腹が減ったら仕事にならないでしょう。下段はにぎりめしです」

あけてみると下には俵に作った白胡麻が表に振られた形も綺麗なにぎりめしが二つ。

「…―――はい、その」

「一応、こいつは調理師の免許と、何か調理した物を人に出しても良い店か何かで必要な免許も造ってる場所で持ってるそうだ。―…確かに、腹の足しにはなるからな。食おう」

「…滝岡、さん、…―――」

茫然と隣をみる神尾に、ちら、と視線を送ってから、滝岡が同じくジェラルミンケースの上に置いた漆塗りの曲輪から、綺麗に箸を使って焼き物を取るのに。

「あー、驚いてる?関はね、―――事件が解決しそうになったら、考えを纏める為に料理を造り出すんだって。それで、いつもは捜査本部に集まった刑事さん達とかに、料理出してるんだけど」

「…は、はい」

突然、前との仕切りを開いて、鷹城が顔を出していうのに神尾が驚く。

「そ、そうなんですか?その、…」

隣に座ってタブレットを手に何かをチェックしている関をついみる神尾に、鷹城が蒼い顔をしてにっこりと笑む。

「うん。それで今回は、そちらにも協力してもらうから、お弁当。ほら、力を貸してもらうのに、何もないってのもあれでしょう?…――――うう、」

「どうしたんですか?秀一さん、具合が?」

蒼い顔をして、窓から身を乗り出してきて、ぐったりしている鷹城に神尾が慌てていうのに。

「大丈夫だ。こいつは、車酔いする性質でな。…最近、普通の車なら大丈夫になってたが、流石にこいつはダメか?」

関が顔も上げずに注釈を入れるのに、ぐったりと後部座席側に凭れながら、鷹城が睨んでいう。

「あのね?…そりゃ、――――…どーして、クッションが無いんだよ、もう、…―――っ、」

「滝岡さん、あの、」

「放っておけ。それより、食わないと時間が無いぞ?」

「…ええと、その、…はい」

慌てる神尾に、冷静に滝岡が云うのに、思わず蒼い顔の鷹城とを見比べて。

秀一さん、ごめんなさい、と。

「いただきます、…―――。美味しい、…」

白味噌にだしがきいて実にうまい白葱に顔が綻ぶ。

 ――――葱は抗菌作用もありますね、…。それに、鶏肉のタンパク質は、…――――。

ふと微笑んで、実に美味しい弁当を頂いて。

「うう、…――きもちわるい、…――――」

鷹城が蒼白い顔になって、ぐったりとしていて。

淡々と滝岡が弁当を食べ、その隣で、実に美味しく弁当をいただいて。

 それから、食べて気付いていた。

 ―――確かに、食べないと駄目ですね。…

 この細菌テロが発覚してから、確かに飲食するのを忘れていた、と気付いて。

 ――駄目ですね、…。確かに、食べないともたない。

それに、と。

 綺麗に箸を使い、弁当を片付ける滝岡を隣に見て。

「どうした?神尾」

「…いえ、ごちそうさまです」

滝岡が神尾から空の弁当箱を受取り、風呂敷に結んで関に渡すのをみて。殆どそちらを見ずに、関が通話しながら、片手で風呂敷を受取るのをみながら。

 微笑んで。

「どうした?」

「いえ、…―――いま腹に何か入るのは有難いな、と思いまして」

「…そうだな、暫く、―――――」

車が停車して、滝岡が顔を上げる。

「着いたな」

短く滝岡が云い、鷹城が蒼い顔をしたまま、冷静な視線を窓外へ向ける。






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