Second Impact 9
「培養試験に依頼している先で、通常の抗生剤が効くという結果も出ました。細菌全体の遺伝子解析はまだ済んでいませんが、通常、毒素を持つ遺伝子の位置での、異常は確認されていません」
神尾が鷹城に渡した資料が投影されて、遺伝子解析のバンド―――PCRで解析した結果を白黒の横に短いバンドが縦に細かく連なって細い紐状に下へと続いて見える――――の一部に、写真上で印が付けられて、記号が書かれている画像を神尾がみていう。
「縞模様が長く続いている方が、一部解析した細菌の遺伝子です。隣に同じ位の位置に、細いバンドが見えるのは、比較した毒素を創り出す部分の遺伝子です。この位置では変異がみられません。通常の変異がみられない細菌との比較をしていますが、異常がないということです」
神尾が鷹城に頷いて、次の画像に切り替わる。
「…――こちらも同じように、映っている遺伝子のバンドが少ないのは、まだ解析途中になるからですが、――――変異の無い細菌と比べて変化はありません。ですが、勿論、他の部位で変異がある可能性もあります。ですから、いまも解析は続けていますが、――」
鷹城さん、お願いします、と神尾がいって、新しい画像を映す。
映し出されたグラフを、滝岡が静かに見る。関と鷹城、黒城達の視線もまた同じグラフを見つめる。
神尾が、少しまだ緊張した声でくちにする。
「こちらは、いま入院している患者さんの身体から排出された細菌の量を計測したグラフです。抗生剤を投与していますが、それがちゃんと効いているのかどうかをみる為に、通常でも行う検査です。その細菌に抗生剤がちゃんと効いているかどうかというのは、大変重要なことですから。…――――ご覧頂く通り、」
「…減ってみえるな?」
関がグラフをみてから、滝岡に視線を移して云う。それに滝岡が頷いて。
「これをみる限りでは、投与した抗生剤は効いてきていると判断できる。勿論、これだけで判断はしないが」
慎重にいう滝岡の発言を神尾が引き取る。
「抗生剤が順調に効いていて、細菌が減っているようにもみえますが、ピークとなるような細菌の増殖が既に体内でかなり進んでいる場合を除き、あまり菌が排出されてこない場合があります。実際には、こうして、抗体の有無や、炎症を示すサイン等、血液検査の結果や、体温、脈拍等のバイタルサイン、あわせて、数値には出なくても体表面などの異常や、震え等、状態に異常がないかを見ながら判断していきます」
細菌の検出値に併せて、グラフに炎症の数値や抗体値などが表示される。
「これらを併せて判断して、いまの処、抗生剤が効果を示していると考えています」
滝岡が黒城達に向けて云い、黒城が改めてグラフを見る。
「つまり、―――…。変異が無い状態と同じように、抗生剤が効いているということかね?」
「はい、…実際に、全てのゲノムを見た訳ではありませんから、まだ特定はできませんが、――――…追認できている現在までの状態では、この細菌に毒性と抗生剤への耐性について、変異の無い菌と対応に違いが必要となる変異はみられない、ということです」
神尾の言葉に黒城がしばし沈黙して。
「ファージによる人工的な毒素の組み込み等はなく、対応はこれまでと変わらず薬を投与することでできるということだね?だが、まだ確実ではないから慎重に最後まで確認しているということか」
「そうです。最後まで、何があるかわかりませんから。通常、毒素が組み込まれて働くことができる位置には、変異はありませんでしたが、…―――人工的に毒素を組み込んでも、位置によっては、それが働くとは限らないんです。間違った場所に部品を取り付けても、機械が動かないのと同じように、細菌に遺伝子を組み込むときにも、唯無闇に組み込んでも動くわけではありません。…―――ですが」
戻してもらえますか?と神尾が鷹城に頼んで、遺伝子解析をした画像を映し出してもらう。
それを眺めながら。
「…―――この位置に変異がなく、現在まで抗生剤も効果があるようですから、…新たに毒素が組み込まれているかについては、まだ確認が必要ですが」
改めて遺伝子をみて確認しながら、これまで培養した菌を分析したデータを思い返しながら神尾がくちにする。
「抗生剤が効く部分について、変異はありません。ですから、対応ができるということです。いま、どれだけの量を投与すればいいのかについて、感染研にも検討してもらっています。カルパペネム系で、大人、子供、幼児、―――それぞれの体重別投与量などを」
「いまこちらの小児科の医師と、薬剤師のグループにも同じように検討を進めさせています。これまでの標準量投与に関する記録等には、神尾から感染研にデータを集めてもらっている処です」
神尾の言葉に続けて滝岡がフォローするのに、黒城が頷く。
「ありがとう。…そして、つまり、問題は?」
「はい。問題は、細菌――Yersinia pseudotuberculosisにはなく」
神尾が黒城をみてうなずく。
「ファージの方にあったんです」
鷹城が頷いて、新たな画像を表示する。
細菌、―――細長い楕円形の細菌、グラム陰性菌エルシニア・シュードツベルクローシスに寄生していくようにみえる、小さな球形に近くみえる正二十面体の小さなウイルス。
ファージ。
φx174系のバクテリオファージ―――細菌、バクテリアに感染するバクテリオファージと呼ばれるウイルスの一種。
それが、画面には映し出されていた。
「問題はファージでした。僕達は、ファージにより細菌に人工的に毒素等が組み込まれていることを心配していましたが、それはほぼ否定されました」
神尾が、ファージが細菌に感染する処を写した画像を見つめる。
「T4ファージ等に代表される、人工的な遺伝子を細菌に組み込むことによる、新しい毒素を持った細菌、そればかりが頭にありましたが」
神尾が言葉を切り、黒城を見る。
「憶えていらっしゃいますか?ファージには二種類あるといいました。溶原性がいまいったファージの遺伝子を細菌に組み込む為に使われるタイプ。そして、もう一つが溶菌性」
黒城が静かに神尾を見つめる。
「感染した細菌の中で増殖し最後に菌を溶かして、細菌を殺して、外へ放出されるタイプのものです。細菌に感染し、大量に細菌を壊してしまう」
神尾が細菌に感染するファージを映し出した画像を振り仰ぐ。
「バクテリア、―――細菌の中には、自然毒素――内壁とも細胞膜ともいわれる、細菌を外界から仕切る膜の中に、元々毒素を持つタイプのものがあります。グラム陰性菌はそれにあたり、―――…」
神尾が言葉を切る。
「勿論、Y.pseudotuberculosisもそのグラム陰性菌となります。細胞膜に毒を持っている。ですが、本来なら、これが細胞の死によって放出されても、通常ならば少量では問題になりませんでした。ですが、…――――」
「エンドトキシン・ショック」
「そうです」
滝岡の言葉に、頷いて神尾が続ける。
「エンドトキシン・ショックはグラム陰性菌が大量に死滅する際に、その細胞膜が含む毒素が大量に放出され、それがショックを引き起こす病態の事です。当初、実験室で人工的に引き起こしてしられていた病態でしたが、実際にもあることがわかってきました。尤もそれは、大量のグラム陰性菌が体内で増殖して、大量に死滅する必要があります。…抗生剤の投与が遅れた際にも、これは起こるとされていますが。…」
神尾が、そっとファージの画像をみる。
「もし、大量にファージが同時に感染し、これらの細菌を――――大量に増殖した時点で、壊すことがあれば」
黒城が僅かに眉を顰めて画像を見る。
細菌に感染するファージの画像。
「細菌の死は、毒素を放出させます。…エルシニア・シュードツベルクローシスの毒素は、比較してそれほど強いものではありません。しかし、それが大量であれば」
「…そのショックという状態を引き起こすことが可能になるというのかね」
黒城の問いに神尾が頷く。
「充分に可能です。…大量の毒素の放出は、致命的な状態を引き起こします。ショック状態というのは、それだけで救命することができなくなる可能性もある危険を意味します。…――適切な処置を行っても、毒素の量によっては、…救命できない可能性もある」
神尾が言葉を切って、僅かに俯く。見守る滝岡の前で視線をあげて。
「…――そして、それが目的だったんです。…細菌のエルシニア・シュードツベルクローシスは変異していない。調べても唯の食中毒です。しかし、」
「エンドトキシン・ショックを起こして?」
黒城の言葉に頷く。
「はい、ファージが、細菌に感染して毒素を放出させることで。…
大量に細菌を増殖させた処に、ファージを感染させて大量死させ、その毒を体内に放出させる。…」
「そして、それがショックを引き起こす」
低い声でいう滝岡に神尾が頷いて。
「その為だったんです。二つの袋に細菌とウイルスが入っていたのは、――――。細菌とファージが」
黒城を、鷹城を、関をみて神尾が云う。
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