Second Impact 7

 カンファレンス室――病状に関する検討を行う為の部屋――に、滝岡が入って来て、神尾を見る。

「すまない、遅れて」

新しい検査結果や資料をみていた神尾が、その声に顔をあげる。

「いえ、…原先生」

「こんにちは、皆さん、ていうのもおかしいわね。第一の原です。いまちょっと、そちらに行くだけの手間がとれなくて、―――ごめんなさい」

モニタに映し出された美女に、神尾が微笑み返す。

「いえ、こちらこそ、ご無理をお願いしています。…率直にいって、検討された結果はどうでしたか?」

薄暗く照明の落とされた室内に滝岡が座りながら、発言を纏めるように少し沈黙する原をみる。

「そうですね、永瀬先生からの依頼で目を通した検査結果の限りでは、川崎病による心臓関連の疾患が引き起こされる徴候は、いまの処はみてとれません。勿論、経過を観察する必要があります。という処ね、曖昧で申し訳ないけど」

「―――…ああ、と、感度良好、っと、原ちゃん、ありがとーね。顔出せなくて申し訳ないけど、感謝してるからー」

「…永瀬先生?声だけ参加?忙しいわね、そちらも」

「んー、わるいね、美人の御顔を拝見したかったんだけど、…御子原、減圧パネルの角度調整して、そう、それでよくみえる、…―――原ちゃんは、細菌テロに関してどう思う?第一の連中の意見は?」

永瀬の声を聞きながら、原が手許の資料を揃えて少し考えるようにする。

「一応、私が第一の代表として参加はしてるけど、…――。そうね、私の感触としては、これまでのデータだけなら、何も変化はない、という感じかしら。川崎病の原因として、確定している訳ではないけれども、逆に発症の順序等を考えると、むしろスタンダードなのでは、という気がします。腸重積は例外だけど、それはむしろ、もうひとつのウイルスの方からと考えれば」

「…―――ふーん、…。おれと原ちゃんばっかりに話させとかないで、神尾ちゃんと滝岡はどうなのよ?意見あるだろ」

「…――意見という訳ではないが、永瀬、現状行っている対策を教えてくれるか?改めて」

滝岡の言葉にしばし沈黙が落ちる。

「…――あー、…はいはい、…。ちょっとまって、よ、と!」

永瀬の声におかしそうにくすりと原が微笑む。

「抗生剤の投与、透析装置の準備、血漿交換装置の待機、――――だな。それに、通常のpH管理他、菌とウイルスの排出量検査、毒素の同定はできたの?」

「出来ていませんね。…どちらとも、全量の遺伝子解析を感染研に依頼しています。併せてこちらでも遺伝子の解析と毒素の検出検査を行っていますが、結果は出ていません。…」

永瀬の質問に思わしくない表情で神尾が答えるのを滝岡がみて、短く質問する。

「つまり、現在は腸管出血性大腸菌等の場合などと同じ処置を行っているということになるな?」

「はい、そうです。細菌の増殖を抑える為の抗生剤の早期投与、併せて、細菌の死による毒素放出と、それが引き起こすショックを防ぐ為の、血漿交換に、透析の準備です。…――」

神尾の言葉に滝岡が重ねて質問する。

「その問題点は?」

「――――…抗生剤の投与に関しては、この抗生剤で効くのか。血漿交換と透析に関しては、勿論、永瀬先生が厳重に監視した上でスタンバイしてくれていますが、予防的ではなく、反応があってからの対応になりますから、――――…。間に合うのか、という点と、果たして効果があるのか、という点ですね。…吸着も試してみたい処ですが、」

「毒素が違えば、意味が無いかもしれませんね」

「―――原先生、その通りです」

「まあねえ、…。神尾ちゃんの指摘は一々その通りっ、て奴だな」

「永瀬先生?」

突然、ばたん、と扉が開いて、薄暗い室内に入って来た永瀬に驚いて神尾が振り向く。

 それに、明るく手を振ってみせて。

「神尾ちゃん、くらいよー?ま、感染症専門の方が、多分、沢山恐いんだとは思うけどね。違う?神尾ちゃん」

「…それは、その通りです」

永瀬が座って、大きく伸びをしながらいうのに、神尾が僅かに微苦笑を漏らして応える。

「…――バイオテロかもという話ね?神代先生から聞いたけど」

「その通りだ。いま捜査中とのことだ。第一の方では対応はどうするといっている?」

滝岡の質問に原が軽く肩を竦める。

「そういっても、こちらにすることはないから、全部関係機関に任せるそうよ?神代ちゃんは」

少しばかりあきれているように、何処か面白がってもいるようにいう原に、永瀬が目を閉じて組んだ手を大きく天井に向けて伸ばしながらくちにする。

「そんなん、あたりまえすぎる、――――光ちゃんのことだから、全然っ、気にもしてないだろ?目の前の手術しかみてないだろー、あの子は、―」

「あの子ってねえ、…。ま、年齢はともかく、中身は確かにこどもだけど。いま、神原先生と合同手術のスケジュールがあって、その患者さんのことしか考えてないから、テロ対応なんて聞くだけ無駄よ。だから、私が今日、此処へ顔出してるんだから」

「…――忙しい処を済まない。原先生も、では、それには参加してるのか」

滝岡の言葉に、原が頷く。

「そう、心臓内科の立場からね?私の専門ってちょっと特殊だから。――――この後もすぐ、ブリーフィングがあって、ちょっとアメリカのブラウン大に繋ぐ必要があって、此処を動けないの。神尾先生?」

「…―――…あ、はい。すみません、聞いてませんでした」

突然振られて、手許の小型モニタに呼び出していたデータをみていた神尾が慌てて顔を上げる。

「ごめんなさい、そういえば、神尾先生はブラウン大にお知り合いがいると、神代先生から聞いてるんだけど」

「…―――ブラウン大ですか?何人かいますが、…」

「なら、ミトコンドリアのメアリ・パーカーは?知ってる?」

しばし、ぼんやりと神尾が考える。

「…ああ、メリーですか?…はい、友達ですが、――――?」

「そう、なら、一分でいいの。このまま、此処に残ってもらって、後で一分、彼女を私に紹介してくれない?」

「…――――一分、ですか?」

「ええ、このまま回線を繋いでおいてもらって、永瀬先生みたいに声だけ参加でいいから、ね?お願い」

「…―――滝岡先生」

顔を向ける神尾に、滝岡が軽く溜息を吐く。

「構わん。…原先生、あなたが出て来たのは、それを神尾に頼む為ですか?」

「勿論よ?正直にいって、チーフの判断は正しいと思います。私達は、そちらの患者さんに対して、そちらが行おうとしているサポートを検証しましたが、いま以上の事はできないでしょう。それに、こちらに細菌学の専門家はいません。感染症に関しては、そちらの神尾先生と、共同で当たっているという感染研の方達に任せるしかないと思います。…それに」

ふわり、と原が微笑む。

「実際、テロに関する対策等に関しては、専門家の方達が動いているという以上、お任せするしかないわ。…神代先生にいわせると」

少しあきれた風に原が一拍置く。

「もちはもちやっていうだろ?おれたちはこの患者を助けるんだよ!そっちに全力を尽くす!テロだか何だかしらないが、そういうのは、――――…じゃましたらゆるさないから、それだけ伝えとけ!

…だ、そうよ。真似するのって、疲れるわね」

「…――光の真似はしなくてもいい、…」

額に手を当てて、どんよりと疲れて滝岡が呟くのに、原が楽しそうに笑う。

「光ちゃん、熱血だから」

「…―――本人に自覚はないがな、…」

しみじみと呟く滝岡に永瀬がなぐさめる。

「いーじゃん、光ちゃんがいきなり、広域テロには対策が必要だとかいいはじめて、地域をテロから守るんだ!なんて目覚めちゃったらさ、…」

いいながら、少し蒼くなっている永瀬に、滝岡が胡乱な視線を向ける。

「何故、そういう最悪な未来予想をするんだ。…無いとは言い切れないぞ?」

「…――――悪い」

滝岡の言葉に蒼さが深くなる永瀬に原が真剣に釘を刺す。

「――――いま、チーフには神原先生と一緒に、ハイブリッド手術してもらわないと困るのよ。…そういうことに夢中になってもらってる訳にはいかないわ。―――…永瀬ちゃん、不吉な発言はやめて」

「…―――この間、そういえば、特撮番組では年に一回か何かの地球規模の悪の組織と対決する映画の前振りとかいう話をやってたんだそうだ。…」

額を落として手で支えて疲れたようにいう滝岡に、原が真剣に云う。

「滝岡先生も、やめて。どうして、そんなことに詳しいの、…―――そうか、劇ね?そういえばシーズンだったわ、…。第二と合同劇、そういえばもうすぐね?…―――神代先生、燃えないといいけど」

いってから、もう無理かも、と小さく呟く原だが。

 不意に、明るい顔になって、資料を揃えて新しく手に取りながらいう。

「神尾先生、声だけになりますけど、紹介お願いできますか?あと、一分」

「え?…―――あ、はい」

また全く滝岡達の話も耳に入らずに、画像をみていた神尾が驚いて視線を上げる。

 原の笑顔に、遅れて声が流れてくる。

「――――メアリ・パーカー?メリー?…久し振り、神尾です。ええ、神尾です。本当に久し振りですね。はい、…。ええ?はい。今度、メールします。楽しみです。メリー、こちらは原先生、あなたの専門で聞きたいことがあると、そう、オファーがあったと思います。ええ、はい。では、お願いします」

笑顔になって、神尾が流れてくる声に、原をパーカーに紹介して。

 不意に切れたモニタに、神尾が半分あきれたようにして、そちらを振り仰ぐ。

「第一はマイペースだからな」

「…――そうみたいですね。…個性的な方達が多いのかな」

微苦笑を漏らしていう神尾に、滝岡が頷く。それに、永瀬が大きく頷いて。

「おれ、第一の先生方には学ぶとこがあるんだよな」

しみじみと息を吐いて。

「何だ?それは」

「ゴーイングマイウェイと、気にしないことは気にしない、己のやるべきことを貫く強さかねえ、…。原ちゃんだって、こわくないわけないんだぜ?原ちゃんとこの双子、俺達がいま引き受けてる患児と同じ地区に住んでて、年齢だって近い」

「…―――永瀬先生」

永瀬が、浅く笑んで俯いて。

「でも、ずっと前から手術の準備をしてた患者さんの手術が控えてる。…――――だから、医者してる」

「永瀬さん」

神尾と滝岡をみて、永瀬が伸びをする。

「ま、第一の専門家さん達がこっちの打ってる手に概ね賛成っていうのなら、有難い話だ。ま、先に細かいダメ出しももらってるけどな」

ぴらぴらとデスクに置いてあった書類を神尾に渡す。

「これは、…――」

「ほら、一度みてもらったろ?血漿交換と吸着に関して、細かい修正部分、――――」

「ああ、…これですね。助かりました。先程の第一の方達からでしたか」

「そう、―――…。この免疫グロブリンのデータの取り方なんて秀逸よ?…西野くんも巻き込んで、あの子の状態が変化したときのアラートにさっき、組み込み終わったとこ。…勿論、これまでと同じデータ観測もしてるがね。…モニタ監視だけじゃなくて、つけてる看護師チームは、御子原チーム」

滝岡を永瀬がみる。

「いま、おれにこれ以上の手は打てない。…そっちはどーなってる?」

永瀬から受取ったデータを見直しながら、ふと神尾がモニタに映っている画像をみる。

「それに関しては、…―――神尾?」

「神尾ちゃん?」

ぼんやりと、手にした書類をそのままに、神尾がモニタに入って来た細菌とウイルスの画像――定期的に、最新の画像が更新されるようにしている―――をみつめる。

 あまり何も変わらないようにみえる、細菌とウイルスの画像。

「神尾?」

「――――――…いえ、…。――――――…そうか!」

突然、席を立った神尾に、永瀬が驚いて見返す。

「なに?どーしたの?神尾ちゃん?」

「滝岡先生!」

神尾が真直ぐに滝岡をみていう。

「メリーで思い出しました。…彼女の専門はミトコンドリアで、…―――そうか、…そうなんですよ!」

「わかったから、落ち着け。何がどうした、神尾」

席を立って、神尾が手許の小型モニタを、永瀬にも滝岡にも見えるように持ち、興奮してしめすのをみて滝岡が落ち着かせようと。

 それに、まったく気付かずに。

「滝岡さん、永瀬さん、…――――。ファージなのは確かなんです、だから、新しくどんな性質が付与されたのか、毒素を作る遺伝子が挿入されたのかなどを考えてきましたが、…――――」

「ファージによって、感染性が高くなるなどの性質が新しく組み込まれていないか、などだな?」

「はい、ですが、…―――。もしかしたら、ですが」

興奮して輝いている神尾の視線が、ウイルスと細菌の画像をみていうのを、二人が見守る。

 神尾の手が、画像を示す。

「これです、…――――。そうだったんですよ!どうして、…袋が二つあったのか、原先生達が検討しても、変化がみられないというのなら、――――…」

「…神尾?」

「神尾ちゃん?」

二人をみて、神尾が頷く。

「もしかしたら、――――」

神尾の言葉に、滝岡と永瀬が沈黙しながら。

 しばし、考え込むようにして二人が沈黙して、顔を見合わせて。




「…神尾、治療法につながるかもしれない。…――――抗菌剤投与を行い、その後、…――――」

「はい、そうです。滝岡先生、」

滝岡の提案に頷く神尾に。

「…やったな、神尾ちゃん、滝岡、――――できるかもしれねえ」

永瀬が、額を押さえて、に、と笑んでいう。

「はい、…――もし、仮定が正しければ、…――――」

神尾の言葉に、滝岡が頷く。

「やってみよう」

滝岡の言葉に、永瀬が浅く笑んで。




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