Second Impact 6
「しっかし、何であんなのがいるんだよ?」
神尾ちゃん、これどーよ?とICUに戻った神尾に永瀬が簡易感染防止テントをみせて、透明なシートの中に囲われたこどもの姿を示していうのに。神尾が点検して、いいと思います、とある種の安堵をして、外に出たとき。
一緒に一端外に出て、腕を組んで伸ばして、目をきつそうに閉じながらいう永瀬に、神尾が不思議そうにみる。
その無言の問い掛けに、軽く首を廻してから。
「あー、神尾ちゃんは知らないか?あのじえーたい、の…くろき、な」
「…黒城さん、ですか。ああ、あの制服は自衛隊の?」
「――――神尾ちゃん、知らないでみてたの?ていうか、自己紹介してないか、…あの…」
やろー、といいかけて、げろり、と永瀬がいやそうにベンチに座る。隣に座って、その永瀬を不思議そうにみる神尾に。
「いやさ、」
「つまり、自衛隊さんだったんですか」
「何で、自衛隊にさんをつけるの、…。海上自衛隊の制服ね、あれ。…しっかし、またえらくなってたんだ?…それにしても、おかしいだろ、あれ、…――昇進はやすぎ」
「…永瀬さん?偉いんですか?いまの人は」
本当に不思議そうな神尾に眉を大きく寄せて実にいやそうに見返って。
「…―――そっか、神尾ちゃん、制服の階級章とかしらないよね?」
「知りません。…なにか沢山ついてたな、とは思いましたけど」
「…沢山ついてたのは勲章の省略したのとかね。後、階級は肩の上と袖にほら、パイロットさんとかと同じよーにしてついてたでしょ?…あれがねえ」
どんよりとした気配になる永瀬に神尾が首を傾げる。
「あれが?偉いんですか?」
「そ。偉いにしても程があるんだけどな。普通なら、…――やっぱおかしいな。滝岡、何か知ってるのかね、…――――」
「滝岡さんが何をです?」
「いや、…それはわからないがね。あいつの階級何だけど、海将補って、わかる?」
「わかりません」
「あっさりいうねー、…。まあ、わかりにくいけどね。他の国とか、昔の階級でいうと、准将かな。大将、中将、少将、准将の順で偉いことになってる。」
「それって、かなり偉いんですか?」
「偉いなんてもんじゃないね。…海自全体でも、准将相当は自衛隊全体でも十人と少しいるかどうか」
「…珍しいんですね」
「あの、珍妙な動物みたいに、…まあ、そんなものかもしれないけどな?」
解っていない神尾を隣に、永瀬が嘆息する。
「まー、それより問題は、あいつの年だね」
「年齢が問題になるんですか?」
「ありえねーんだよな、…本来なら」
肩を落として溜息を吐いていう永瀬に首を傾げる。
「年齢が?」
「…若すぎる。――――本来、あの年で昇進できる地位じゃない。…何があった?あいつ」
「…――――永瀬さん」
肩を落として何かを暗く考える永瀬が。
ぽつり、と。
「…―――切り札切ることにならなきゃいーが」
三十分したら起こして、といって。身を起こすと壁に背を凭れさせて目を閉じた途端、睡眠に入っている永瀬に。
思わず感心して見つめながら、神尾が浅く笑む。
―――いまできる、いま解る範囲での感染防御策は取っている、――――…。
各部に連絡を取り、改めて検査した検体からの感染が無いように手配はしたが。
――――未知の、…何が起こるか、わからない。
凝り塊となる恐怖が胃の腑にすとん、と落ちて動かない。
微苦笑を浮かべ、チェックすべき項目を、頭の中で点検しはじめる。完全ではないシナリオが何処で破綻したら恐ろしい何が起きてしまうかを、思い浮かべていく。
際限が無い恐怖が、腹腸を掴むようだというのは、結構、やはりリアルですね、と。
微苦笑を零しながら。
「で、これからどーするつもりだい?」
鷹城が隣を歩きながらいうのに、関が軽く肩をすくめる。
「斉藤達がいまも、あの家族と関係先の行動は当たってる。そっちこそ、どーするつもりだ?…ここに、滝岡の処に本当に偶然、入院してきたと思うか?」
「…――きみ、発想が暗い!暗いってば!そーいう発想する?まったくー!」
大袈裟に眉を寄せて振り仰いでみせていう鷹城を冷めた視線で関が見返る。
「おまえな。当り前だろう。おれは刑事だぞ?予測何て最低の暗いの考えるに決まってるだろうが。そうでなくても、こいつの処は標的になってもおかしくないんだぞ?知ってるだろ。で、手は打つのか?」
「…いやだー、くらいっ!人間不信もいいとこっ!もー、やだなー、…僕の処からも警備もう出してるけど、問題はあちらさんとぶつからないようにするってことだね」
明るくすねた風に遊びながらいって、不意に淡々と声を落として平板な調子で前を向いて歩きながらいう鷹城をみて。
隣を、ポケットに手を突っ込んだまま歩いて関が云う。
「あちらさん、か」
短く云う関に頷く。
「うん、…。味方同士で意思疎通なくて、相互に撃ち合ったりとかでもしたら、冗談じゃすまないでしょー?此処の仕事増やしちゃうし。それじゃまずいんで、通すもの通さないと、…。頭痛い」
「…あちら、か。そのあちらさんから連絡はないのか?」
「ないって!あったらあんなに驚くわけないでしょ?まったくねえ、…。何にしても、あちらは海自さんだしね」
「そこらへんが違うと、いろいろ違うのか」
「違うに決まってるでしょー。まあ、そうでなくても、それ以上にあそこは特殊なんだけどね。…」
「で、ぶつからないように手配するのか?これから」
「はい、いまからします、…。現場に怪しいのがいても、あちらさんだとわかったら、つの突きあわさないようにしないとって連絡しないとだけど、…教えてくれないんだろうなあ、…。あちらさんの面子」
呟くようにぐちって沈黙する鷹城をしみじみと関が眺める。
「大変だな、おまえのとこも」
「組織の中に縦割りとか横割りとかわけのわかんない割りわりがあって、仲悪いとかって、そっちでもあるでしょ?」
「…―――まあな、割とうちはどこでも仲が良いが」
「うそばっかり、警視庁はどーするんだよ?」
「…うちは神奈川県警だ。東京都のことなんか知るか」
「…ほら」
「うちの管内は統制とれてる」
「いってなさい。東京都なんて、神奈川のすぐ隣じゃん」
「―――それに関しては厳重に抗議する。神奈川の隣は東京都だけじゃない」
きっぱりという関に鷹城が笑う。
「まあね、…つまり、縄張りは何処にだってあるってことだよ。…―――真面目に、同士討ちにならないようにしないと」
「つまり、此処への警備はつけるということだな」
「そっちには控えてもらうよ?最後の手段だから」
「当然だ。第一、まだそこまでの証拠が揃っていない。社会的に表に出すにしても、ネタがなさすぎる」
しばし無言で歩きながら。
鷹城がしばらくして、あっさりとくちにする。
「それに、此処がターゲットでなくても、此処に入院したことは解っている可能性が高いからね。…奪還しにくる可能性もある。もしくは、…―――」
「患者ごとウイルスとかを手に入れようとして誘拐、その後何処かに放置して感染源にするとか、検査に使った検体とかいう奴を盗んでばらまくとか、誘拐が失敗した場合はこの病院自体をテロの標的にして自爆するとかいう手もあるな、他にも、―――」
立て板に水で、淡々と根の暗い予想を関がさらしてみせていうのに、鷹城が抗議する。
「…――だから、暗い、暗いって!まったくもう、…。患者の子供さん誘拐して、感染源にするとかって!もう発想が暗い!本当に!」
「でも考えてるだろ?」
普通だろ、普通、といって、大袈裟に騒いでみせる鷹城を眇めた視線で関がみる。
「…―――それはさー、ということで、お互い、無理せずにそーいう根の暗い発想を防ぐ為に協力できたらいいなっ、てことで!」
「…―――で、いつまで付き合えばいいんだ、これは」
ポケットに手を突っ込んだまま、あきれた風にみていう関に鷹城が廊下の突き当たりにみえてきた外の明るさをみて笑顔になっていう。
「大丈夫、そこまでだから、もういいよ。僕の調査だとあちらさんの盗聴器があるのは此処までだから。ね?聞いてくれてるから、協力してくれるとおもうんだけど」
にっこりと微笑んで見返す鷹城に、げんなりと関が肩を落とす。
「おまえな、…。それでしかし、何でおまえの暗い予想じゃなくて、おれのを話させるんだ?」
「僕のは読まれてるから、いまさら伝えるまでもないしね。きみのは、…――――」
多少あきれた視線で見上げる鷹城に、関が眉を寄せる。
「どーした」
「…――本当に、何で警察庁で警備の仕事をしてないんだい?その発想の暗さは充分勤まると思うんだけど」
しみじみと見上げながらいう鷹城に関が怒る。
「おまえな?おれは、神奈川県警の刑事だっていってるだろうが!いつも!…おれは、東京なんていう田舎に転勤するつもりは全然ないっ!」
「…―――もーちょっと昇進すれば、いやでも国家公務員扱いになって転勤できるよ?」
「いやだ!これ以上昇進はしない!…誰が国家公務員になんかなるか。居住の自由は守る!地方公務員何だよ、おれは!」
「えー、それって偏見!国家公務員が居住地選ぶ自由がないみたいじゃんー」
「あるのか、マジで」
「ないけど」
関の問い掛けに鷹城が真顔で即答して。
くだらないことを何かいいながら、滝岡総合病院を出ていくのを。
おかしそうに微笑んで、樋口が黒城を見る。
「――――――…」
盗聴の会話がそのまま流れていた院長室に佇む黒城に。
「で、対応されるんですか?」
「…そうだな。面白い発想だ。対応と、それに、邪魔しないように、と一応は伝えておいてくれ。バッティングすることは無いと思うが」
少しばかり微笑んで楽しそうにいう黒城にうなずく。
「そうですね。動線が違いますから、では、伝達します」
「頼む」
短くいって、黒城がそして、院長室のデスクに座る人物を見る。
「そういうわけですが、そちらからは何か?」
少しばかり楽しんでみる相手が、何かをいうのを待たずに。
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