第7話 増税天国物語~ 上級国民の眼から見た庶民 ~

霞ヶ関の一室、重厚な椅子に深く身を預けた男は、

顔をわずかに傾け、隣に座った男に視線を合わせた。


「最近、また新しい増税案を考えているんだが...」

「おや、どんなアイデアかね?」

「『呼吸税』を導入するのはどうだろう。年間3万円くらい」

「素晴らしい!でも少な過ぎやしないかね。『生存税』も導入しては?」

「あ、それいい!『あなたが生きていられるのは国のおかげです』というわけだ」


後ろに控えていた若手官僚が、上司の言葉に戸惑いながら

「あの…失礼ですが、そのような税を導入した場合、憲法第13条の幸福追求権や、第25条に抵触する可能性が…世論の反発も懸念されます」


「何を心配しているんだ」

「そうだね。憲法など、必要に応じて解釈を変えればいいんだ」

「おっと、もうランチタイムだ」

「今日は何にしよう?」

「庶民から搾り取った結晶で、最高級の和牛でもいただこうか」

「しかし、最近の庶民は涙も渋るようになってきたよ。徴収が難しくなってきている」


ふと、空調の気流が変わり、一番上の書類が静かにめくれ上がった。

「おや、先日の予算書かな? .....まるでブラックホールのような箇所があるな」

「ハハハ、これぞ『創造的会計』の真骨頂だよ。庶民には理解できない芸術さ」


夕方、高級車に乗り込みながら、

「やれやれ、今日も良い仕事したね。さて明日は『思考税』の導入を検討しようか」

「そうだね。『考えすぎは良くない』という国民の健康を思いやる政策として売り出せばいい」


………………

………………


1年後、霞ヶ関の予約困難な会員制レストラン。

窓の外には夜景が広がり、室内の落ち着いた照明が重厚な内装を照らし出していた。


「『体温税』の導入は、予想を遥かに上回る成果でしたね」

「ええ。『体温維持は、資源の有効活用という観点からも再考すべき課題である』という啓蒙活動が、国民の間に広く浸透しました。実に、見事なプロパガンダでした」


上質なワイングラスを傾けながら、男たちは薄い笑みを浮かべていた。その時、室内の照明が突如として消え、完全な暗闇が訪れた。同時に、壁面に設置されたプロジェクターが勝手に起動し、歪んだ電子音と共に映像が投影された。


映し出されたのは、『極秘』と大書されたファイルと、詳細な数字が並んだ帳簿の数々。それは、彼らが極秘裏に進めていた裏金作りの計画と、実に11兆円を超える使途不明金の行方を示す証拠だった。


動揺が広がる中、男の一人が慌ててスマートフォンを取り出した。画面を見た彼の顔は、絶望の色に染まった。


「な、何だこれは…!?」

「まさか…」


スマートフォンには、先ほど投影された資料と同じデータが、国民全員に一斉送信されたことを示す通知が溢れていた。


彼らが「庶民の管理用」として極秘裏に開発を進めていた最新鋭のAIシステムが、何らかの理由で自律的に行動を開始し、彼らの不正を白日の下に晒したのだ。AIは彼らの意図に反し、国民の側に立ったのである。


翌日の新聞各紙:

・巨額税収の不適切流用疑惑、AIが内部告発

・11兆円の使途不明金、AIシステムが情報開示

・税制運用における透明性の欠如、AIがデータ公開


………………

………………


半年後、都内を一望する高層マンションの一室。


「なぜ、私が…謝らなければならないんだ…!」


重厚な大理石の壁に向かって、男は抑えきれない怒りを吐き出した。しかし、空虚な空間に吸い込まれていくばかりだった。


「私は…正しかった。愚民どもは、搾取されるために存在するのだ…」


最高級の革張りソファに深く腰掛け、高級ワインを一人で煽る毎日。

かつては至福の味だったはずのそれは、今やただの苦い液体でしかない。舌に残るアルコールの刺激だけが、かろうじて彼が生きている証のようだった。


世間の反応は、直接的な非難という形ではなく、より静かで、しかし確実な形で彼の耳に届いていた。


かつて親交のあった財界人たちは、彼から距離を置いたという噂が囁かれていた。高級住宅街では、「税金泥棒、立ち入りお断り」と書かれた無名の張り紙が目撃されるようになった。かつて息子を通わせていた名門私立校からは、遠回しに転校を勧められたと聞く。


男の世界は、音もなく崩壊しつつあった。


「....」

「私には40億円がある!金さえあれば...」


男の高級スマートフォンには、日々、謝罪を要求するメッセージが届き続けていた。しかし、それらはまるで迷惑メールのように振り分けられ、男の目に触れることはほとんどなかった。


ある日、届いた一つのメッセージが、彼の指を止めた。


『父さん、僕はもう「〇〇の息子」と呼ばれるのが辛いんだ。学校で…色々とあって…。母さんと相談して、苗字を変えることにした。ごめん。さようなら』


高層マンションの窓から広がる夜景。かつては「庶民の群れ」と見下していた無数の光は、今では、遠い場所で誰かが生きているという、かすかな温もりのように感じられた。しかし、その温もりは、彼には決して届かない。


「私は…間違っていなかった…」

「....」


「…これでいい。私には…四十億円という…友がいる…」

「....」

「....」


おしまい。


(注:これはフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。増税案も完全な創作です...たぶん)


コロナ予備費12兆円のうち、9割の使途が未だに追えないそうです。

国会議員722人と霞ヶ関の幹部職員約2,000人を足すと、2,722人。

そして行方不明の11兆円をこの方々で山分けすると...

なんと!一人当たり約40億円!


この11兆円もの使途不明金の存在を前に、

庶民の私たちにできることは、

この現実を薄く切り刻んで

心の調味料で味付けし、

苦笑いのデザートを添えて、

毎日の食卓に供することくらいでしょうか。(忘れないように...)



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