ep.012 響の旅、新たに(2)
夕方頃、俺は傭兵ギルド“赤い樽”に戻った。
「おう、遅かったな。無駄遣いしてきたんじゃねえだろうな?」
扉をくぐった所で、いかついマスターが声をかけてくる。
いきなり核心を突くのやめてね?
「ん? おい、その背中の荷物なんだよ?」
マスター目ざとい。
ギトゥラだ。
さっき衝動買いした楽器の。
いずれ分かるんだから、今もうゲロっちまった方がいいか……
「ギトゥラって楽器です……」
マスターの眉があがる。
「楽器だぁ? お前さん演奏できるのか」
あら、思ったより肯定的。
もっと呆れられるかと思ったけど。
「まぁぼちぼち、ね」
「ふぅん……」
何か値踏みをするような目で見られている。
何かおかしいか……?
「良かったら、今夜そこで演奏してみるか?」
小舞台を指差しつつ、そんな事を言うマスター。
催しがあれば客を引けるからな、とも付け加える。
あ、そういうことか。
でも、演奏か。
まったく興味がない訳ではない。無いんだけど……
「話は聞いていたニャ!」
がばっと後ろから首に抱きつかれる感触。
この声は……ルーファさん?
「どしたー? 響くんらしくないじゃニャい」
どこに居たんだろうか。
っていうか酒くさっ!
どっかで潰れてたんだな、これ。
「あたしと一緒に演るかニャー?」
「え? ルーファさん楽器持ってるんです?」
「んにゃ、踊りの方ニャ」
稼ぎのひとつだからニャ、とルーファさんは続けた。
……出会った時に言っていた、“慣れてる”ってそういう事か?
たしかにルーファさんに踊りは映えそうだ。
……そうだな。
勢いに任せて楽器も買ってしまったし。
今なら、“吹っ切れそう”な気がする。
それはいいけど、この状況。
色々とけしからんので、早く離れてほしい……
その夜、傭兵ギルドにある小舞台にて。
ルーファさんに目当てに、舞台周りに人だかりができる。
「がんばれ! ルーファちゃん!」
「ルーファさん、待ってました!」
あちこちから声援がかかる。人気だなぁ。
俺は舞台の脇に立ちつつ、踊り手のルーファさんにスペースを譲る。
数年楽器から離れてると、流石に緊張感があるな……
「やー皆さん、今日は盛り上げていくニャー!!」
彼女がこちらを見つつ、手拍子を始める。
それに合わせて、俺の方もギトゥラで伴奏を開始。
ルーファさんの元気なステップに合わせて、明るくテンポ良く弾いていく。
酔っ払ってたんじゃなかったっけ、この人……?
「おら、シケたつらしてんじゃないニャ〜~」
煽られた観衆から歓声と拍手と声が上がった。
ルーファがさらに煽るように手拍子をする。
それに合わせるように、観客から手拍子が湧き起こる。
――楽しい。
緊張で硬くなっていた指が、解けていくのが分かる。
ルーファさんが、わざとらしく、靴でアップテンポに床を叩く。
これはテンポを上げたいという合図だな。
駆け上がるようにギトゥラをかき鳴らす。
ニカッと笑う彼女と目が合う。
ちょっとドキッとしてしまった。
観客たちの手拍子と歓声も次第に大きくなる。
一緒に踊る人も出てきて、舞台の周りはもうカオスだ。
俺も、ルーファさんの踊りに同調するように身体を揺らす。
ってか、いてえ!
だれだ、奏者のケツをドラムにしてるやつは!
もみくちゃにされながらも、意地でも演奏は止めない!
……音楽っていいな。
姉貴がいなくなってから、何となく避けるようになっていた音楽。
理由は分かってる、姉貴を思い出すのが辛かったからだ。
きっかけは、簡単なことだったな。
でも、後押ししてくれたのはマリアンヌさんの涙だったかもな。
俺の演奏をいつも喜んでくれた、姉貴と重ねてしまった。
尻込みするケツを蹴り上げてくれた、ルーファさんにも感謝だ。
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