interlude

ep.011 響の旅、新たに

騎士団からの依頼を終えた俺は、報酬を受け取りに騎士団の館に来ていた。


「よく眠れたかい?」


「いや、全然……」


そしてなぜか、副団長の部屋に通されてお茶をすすっている。


「そっちは、ずっと働き詰めな感じスね」


「まぁ、あれだけのことが起こればね」


城塞における襲撃の事後処理で、まだまだ落ち着かないようだ。

副団長の顔に疲れは見えるが、それを態度には出さない。


お姫さま一行と説明を聞いたその後すぐ、解散となったが……

宿に泊まるお金がない俺は、傭兵ギルドの店内で昼過ぎまで休ませてもらった。


酒場営業を手伝う代わりだが、だいぶ温情をかけてもらっている。

ありがたい。


「俺にかまってる時間はあるんです?」


向かいのソファで、同じようにお茶に口をつける副団長。


「休憩みたいなものさ。君はこの後どうするんだい?」


どう答えようかな。


結局、昨日は黒装束の彼女と話はできなかった。

その上、彼女の次の行動が分かるような情報も得られなかった。


振り出しだ。


彼女にこだわるべきか、別の情報を集めていくべきか……


「まだちょっと悩んでいます」

「行方不明の姉貴を探しているんですが……」


「へぇ……?」


意外だったのか、驚いたような表情だ。

副団長の、カップを口に運ぶ手が止まっている。


「何か手がかりは?」


「う~ん……歌、ですかねえ?」


「歌、か……」


「姉貴は音楽が好きだったので、音楽に関われる仕事についてるかも……」


副団長は顎に手を当てて思案し始めた。

そんなに真剣に考えてもらわなくても。


この人もよくよく見ると、まぁまぁなルックスである。

もしかしなくても貴族、なんだろうな。


副団長は「うーん、そうだな」と前置きしつつ続ける。


「芸事となれば、やっぱり王都に行くのが一番情報を得られると思うね」

「そういった仕事にも一番就きやすい場所でもある」


……王都か。


「王都まで近いんですか?」


「近くはないが、遠くもない。徒歩でも6、7日じゃないかな」

「この街の南門から続く街道を、真っ直ぐ行くだけで到着するよ」


7日は遠いんじゃないか……?

と思うけど、車や飛行機がない世界では普通の感覚か。


なんて考えていると、あっと副団長がひらめいた様子。


「うちの騎士団に入るのはどうだい? この街に集まる情報は全て手に入るよ」


「いや、絶対自由に動けなくなるじゃねーか」


「はっは、バレたか」


ぜったい、丁度いい手駒になりそうって思ってるよ。

この副団長にこき使われるなんて怖すぎる。


「もうちょっと考えてみる。ありがとう副団長」


「どういたしまして」

「もし困ったことがあったら、いつでもおいで。力になるよ」


ソファから立ち上がりつつ、お礼を言っておく。

……まてよ、そういえば。


「副団長の名前を聞いてなかった気がする。聞いてもいいです?」


ああ、と副団長。


「リヒャルト・アデル・フェルデンだよ」




‐‐‐




俺は副団長と別れたあと、街に繰り出した。

仮に王都に向かうとして、旅に必要なものはなんだろうか。


『基本的な装備はルーファに整えてもらっておる』

『あとは風雨を凌ぐための外套じゃな。剣も一本はほしいじゃろう』


タマちゃんが答えてくれる。

なるほどなるほど……


『宿を使うなら、食料は携帯食でよいはずじゃ』

『干し肉、干し果物、豆などじゃな』


『……タマちゃん、ちょっと楽しそうだな?』


『うむ、旅はいいものじゃぞ』


タマちゃんが饒舌だ。

という俺も、ちょっと楽しみな気持ちがある。


『報酬からルーファさんに返す分を差し引いて――』

『王都までの7泊分は微妙だな……』


旅を続けていれば予期せぬ出費もあるだろう。

途中で一度、傭兵稼業に勤しむ必要があるかもしれないな。



露店をキョロキョロと見て回っていると、気になるものがあった。


楽器の店だ。


あれって、ギターじゃないか……?

ちょっと小さいか? でも、似たような楽器があるんだなぁ。


『何かひとつ持っていてもいいのではないか?』

『旅に音楽は良い彩りを添えてくれるものじゃ』


この神剣、ノリノリである。


『無駄遣いするな!って怒られるかと思ってたのに』


他にもオカリナやフルートに似た笛系の楽器や——

ベルみたいなものやドラムのような打楽器もある。


その時ふと。

目の端に特徴的な赤髪が目に入る。


外套を着てフードを被っているが、あれってマリアンヌさんだよな。

あの赤髪は異世界でも珍しいから分かりやすい。


「マリアンヌさん」


「あ、響さん。昨日はどうもお世話になりました」


「こちらこそです。今日みたいなものですけどね」


ははは、と笑い合う。

この人は、お姫さまの一行の中でもとっつきやすくて好きだ。


「響さんは何か買い物に?」


「王都まで行こうか悩んでまして。必要な装備の下見に」

「マリアンヌさん達は霊領に行かれるんでしたね」


彼女は辺りをキョロキョロと見回すと。

耳打ちをするように顔を近づけてくる。


「実は私だけ、王都への連絡のため南に行くんです」


内緒ですよ、と付け加える。


そうなのか。

お姫さまの一行でも、彼女は戦闘の要に見えたけど。

まぁ余計なお世話だ。


でも、いま彼女が見ているのは楽器だ。

旅の準備でもなさそうだ。


「楽器を演奏されるんですか?」


と、聞いてみると。

慌てたように胸の前で手を振る。


「ううん、私はできないんですけど」

「最近音楽をちゃんと聴いていないなって思って。見ていただけなんです」


「そうですか……きっと大変ですもんね」


お姫さまと色々なところを飛び回ってるっぽいもんな。

でも、酒場とかで演奏を聴いたりしないんだろうか。


やんごとない方の護衛という立場上、そういう場所には行きづらいのかもしれないな。



……ちょっと、ひらめいた事を試してみようかな。



「おっちゃん、これ鳴らしてみていいか?」


店先にあるギターっぽい弦楽器を店主に掲げてみせる。


「いいけどよ坊主、壊したら買い取ってもらうぞ?」


面倒くさそうに返事をする店主にお礼を返す。


久々だから上手く弾けるか分からないけど……


っていうかこれ、チューニングがめちゃくちゃだ。

そもそも弦の太さも適当に張ってあって、ひどい商品だ。


「マ、マリアンヌさん! ちょっと待ってて!」


急いで弦をチューニングする。

弦を張り替えるまでは時間がないから、無理やりな調整だ。


彼女はちょっと困惑した顔で、律儀に待ってくれている。


「よし、これで――」


ジャラン、と簡単なコードで和音を奏でてみる。


店主やマリアンヌさんがビックリしたような表情で見てくる。

若造が弾けるのが、そんなにおかしいか?


「マリアンヌさん、求める音楽とは違うと思うけど、ちょっと聴いていかない?」


「は、はい。お願いします」


よし。

久々の演奏に、自分の心が踊っているのが分かる。

せっかくなので姉貴が好きだった曲を弾いてみよう。


久々の演奏、やっぱり楽しいな。


雑踏の中だし、どれだけ彼女に聞こえたかは分からない。

だけど……



はらり、と彼女の瞳から涙が零れた。



えっ!?

ドキッとする。


「マリアンヌさん、大丈夫!?」


涙を指先で拭うマリアンヌさん。

気にしないで、と首を振って答えてくれる。


「ごめんなさい、なんだか昔を思い出しちゃって」

「初めて聞く曲なのに……おかしいね」


少し恥ずかしそうに、彼女ははにかみながら言う。

全然おかしくなんかない、けどそれを伝えても困らせるだけだろう。


「響さん、ありがとう」

「私、もう行かなくちゃ。まだどこかで会えるといいですね」


そういって一礼して、雑踏の中に消えていく彼女の背中に。


「また、必ず!」


と声をかける。


彼女のことは全然知らないけど。

思った以上に重いものを背負っているのかもしれない。



「その楽器って、そうやって演奏するんだなぁ!」


店主のおっちゃんが感動して詰め寄ってきた。

弾き方を知らずに売ってたんかい。


「いやぁ、いいモン聞かせてもらった」


「こちらこそありがとう、楽しかった」

「ちなみにこの楽器、なんて言うの?」


店主は、えっ?という顔で見てくる。


「ギトゥラっていったかな。知らずに弾いてたのか?」


微妙にかすってるのは何なんだ。

そんなギトゥラを店主に返そうとするが。


「そうだ。まけてやるからよ、買っていかねえか?」

「けっこうな辺境の伝統楽器なんだがよ、全然売れなくてなぁ……」


「えっ? うーん、ありがたいけど……」


旅の準備で色々入り用だよな……


報酬の金貨袋の中を見る。

——全然支払える額だ。今なら。



俺は自分の欲望に抗えなかった。

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