ep.009 城館にて

その伯爵の居室は3階にあるらしく、俺たちは廊下を駆けていく。


城館の中は意外なほどにがらんとしていた。

あらかじめ、非戦闘員は早々に場外に避難させていたようだ。


『先を読んだ良い判断ができる、領主と騎士団じゃ』


タマちゃんが感心している。


結局ルーファさんと合流する間もなく来てしまった。

心配ではあるが……いや、心配するほうが失礼なのかもしれない。


正面からの訪問は、お姫さまを含めた一行3人と俺、副団長の5人で向かう。

お姫さま一行の残り2人は、別働隊として動く。


騎士団長は、逃走に備えた封鎖線を構築するため、屋外で騎士団の指揮にあたっていた。


1階を無事に通り過ぎ、2階を進む。

2階は行政フロアにあたるらしい。


俺たちが走っている廊下の脇に、しっかり施錠された部屋が続く。

侵入者が潜む場所を極力削る対策がなされているみたいだ。


なんて考えていると。


「大階段の踊り場に人影、攻撃意思があると判断します!」


先頭を進んでいたマリアンヌが叫ぶ。

直後、問答無用で矢が飛んでくる。


正面にある大きな階段の踊り場からだ。


マリアンヌが即座に氷の壁を生成——

矢に対して防壁として展開する。


姫さまと黒髪の青年が、慣れた動きで氷壁の影へ。

俺と副団長も、倣うように同じ場所に滑り込む。


魔法、便利だなぁ!


しかし相手も馬鹿じゃないようだ。

すぐさま、氷壁めがけて魔法――炎弾が撃ち込まれる。


炎弾が氷壁に当たるたび、バシュッ!と水蒸気が爆発するような音が響く。


「そう持たないわ! シリウスお願い!」


マリアンヌが黒髪の青年に叫ぶ。


「任せな!」


黒髪の青年――シリウスは、既に射撃体勢に入っている。

階段めがけて自らの炎弾を撃ち返す。


しかし、シリウスの炎弾は直撃とならずに石壁で弾ける。


3階への大階段は、踊り場で直角に2つに別れ、さらに登るような造りだ。

その階段には隙間が入った石壁が並び、その隙間からこちらを攻撃できる仕掛けがなされていた。


上階から下階の廊下を、飛び道具で狙うための構造だ。


「すばらしい城館ですね。流石は“北の守護者”、お見事です」


お姫さまの皮肉のような感嘆に、副団長が苦笑いしながら返す。


「お褒めいただきありがとうございます。身をもって実感しました」


シリウスの反撃のお陰で、相手の攻勢が弱まっている。

が、牽制程度にしかなっていない。


「ぶっ壊せるなら楽なんですけどねぇ……!」


シリウスが毒づく。

壊してしまったら俺たちが登れないもんな。


「シリウス殿、照明弾を撃ち出すことはできるか?」


副団長の提案に、ハッとするシリウス。

シューターゲームでよくある、閃光手榴弾スタングレネードか!


「相手に対策された場合、時間稼ぎにしかならないが……」


このままジリ貧よりは、打てる手は打つべきだと。


「響くん、左側を頼む。私は右側を」


副団長と目が合う。

そうだよな……そういう判断になるよな。


……日和っていたい気持ちがない訳じゃない。

けど、なんのためにここまで来たかって話だ。


覚悟を決めて、うなづきを返す。


人に刃を向ける覚悟だ。


「上手く行ったら、皆さんで後方から押し上げてください」


副団長はお姫さま一行を見回しながら言う。

全員、うなづきを返す。



「よし、閃光弾いくぞ! 目を伏せておけよ!」



シリウスの放った魔法が、踊り場の上空まで飛んでいく。

着弾の瞬間、目を覆いつつ逸らして閃光をやり過ごす。


それでも反射した光が、まぶたを貫通してくるのが分かる。


「——行くぞ!」


副団長の掛け声とともに氷壁から抜け出し、階段まで走る。


身を隠すものがない通路を走るが、相手の攻撃は止んでいる。

閃光弾が効いていそうだ!


副団長に続いて階段を駆け上がる。


「ぐああっ!!」


踊り場に到達した副団長は、すぐさま交戦状態に入ったようだ。

一方的な剣戟の音が聞こえてくる。


上手くいってる——!


踊り場に到達してすぐさま、左側に別れる方の階段に足を向ける。


次いで目に入るのは、黒いローブ姿の背中。

ふらつきながら、階段を逃げるように登っていた。


「う……っ!」


剣術には、逃げる相手に剣を振るう教えは、なかった。


一瞬、固まってしまったのが仇となったか。


階段を登った先の3階に、黒いローブの人物が見えた。

相手の後詰めだ。


弓を引き絞り、狙いをこちらに定めている。


ま、まず——



バリイイィィンンッ!!



弓が放たれるその瞬間、階段ホールに爆音が響き渡る。



“赤く輝く何か”が、3階の窓を突き破って入ってくる様子が見えた——



ガラス片を派手に撒き散らしながら、その“何か”は黒ローブたちを派手に突き飛ばしていく。


そしてその勢いのまま、俺の眼前までやってくる。


「響くん!」


「ル、ルーファさん!?」


俺は見上げる形でルーファさんを見る。

ルーファさんは激しい炎をまとった“何か”に乗っている。


「上はあたしが撹乱するから、登って来るニャ!」


そういうや否や、ルーファさんはすぐに階段を引き返していく。


あれは、馬か——?


階下から登ってきたお姫さま一行が横を通り過ぎていく。

既に3階に到達した副団長は戦闘を続けている。


俺もぼーっとしている場合じゃない!


一行からやや遅れて3階に到着すると、あちこちで戦闘が繰り広げられていた。

階段がある広いホールでは、“馬”に乗ったルーファさんが複数人を相手にやり合っている。


そして一番大きな廊下を、お姫さま一行が進んでいる様子が見えた。


これ、ルーファさんに加勢すべきか……!?


『姫の方に向かえ——ルーファの方は、むしろ邪魔になる!』


タマちゃんの指示が飛ぶ。

炎をまとう馬が激しく暴れまわる戦いぶりは、たしかに巻き添えをくらうだけだ。


それに目標は伯爵だ。

もはやこの状況では、一連の襲撃は伯爵の仕業以外には考えられない。

急いで合流しないと。


一行を追いかけて廊下を走る先で、彼女らは伯爵の居室にたどり着いたようだ。

扉をぶち破り、部屋の中に押し入っていく。



そのとき、ふと。


不思議な香りがした。


これは——どこかで嗅いだ……?



立ち止まって辺りを見回してみると、ほんの少しだけ開いている扉を見つける。


ゾクリ、と電流のような悪寒が背中を走る。


俺は恐る恐る、その扉を開く。



びゅうびゅうと風が吹き込む音がする。

大きくて真っ白なカーテンが風に揺らいで、ちらちらと部屋に明と暗を生み出す。


眼前には、綺麗な月を見上げることができる、大きな窓だ。



その真下には真紅の血溜まりがある。


その上に、ふたりの人物。月の明かりでハッキリと見える。



例の伯爵と、黒い装束を身に着けた人物。



べちゃり。

糸が切れた人形のように、伯爵が血溜まりに倒れる。


一方の、黒装束の人物は。

銀の仮面——その奥の表情は伺い知れず、足元の伯爵を見つめている。

風にたなびく金髪が、月明かりを受けて怪しくきらめく。


“彼女”は、こちらをちらりと見やった。


「き、君は——」


俺は、そうつぶやくのが精一杯だった。


彼女がなにやら唇を動かすのが見える——が、激しい風の音で聞き取れない。

そして興味を失ったかのように身を翻し、大きな窓からするりと消えていった。



俺は立ち尽くしていた。



窓の外の月は、変わらず輝いたままだ。

先ほどまでの戦いが嘘のように、静寂が館を包んでいた——

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