ep.008 中庭での戦闘
『タマちゃん!』
『任せよ!』
腰の鉄剣に手を添えると、カッと熱を感じる。
引き抜いた刃が月明かりに照らされる。
柄を持つ手を通じて、全身にビリビリと迸(ほとばし)る力を感じる。
「■■■■■■■■!!!」
一体の遊魔が、奇声をあげながら襲いかかってくる。
迫りくる相手の爪を、逆袈裟にすくいあげて迎撃。
一太刀で相手の腕を吹き飛ばす。
——いける!
続いてもう一体が横合いから手を伸ばしてくる。
剣を振り切った勢いのまま半回転して横にステップ。
相手の腕が空を切り——がら空きの胴体をめがけ、剣を薙ぎ払う。
間合いは申し分なし——直撃だ。
胴体から両断された遊魔が、絶叫のまま消滅していく。
さっきまでの緊張感が嘘みたいに、稽古で染み付いた動きが自然体で出てくる。
腕が消し飛んだ最初の一体が、狂乱のまま突進してくる。
分かりやすい突進を一歩引くだけの半身で避け、相手が背中を晒したところを袈裟斬りでとどめ。
斬った断面を中心に爆散する遊魔。
「……ふう」
10秒にも満たない攻防。
だが、集中していた分どっと疲れが来る。
鉄剣に宿した形では威力が落ちるって話だけど……十分に致命傷を与えられる威力だな。
それよりも。
なんだか、初日の戦闘よりも“入り込んだ”気がする——?
「響くん……」
ルーファさんのつぶやきにはっとする。
そうだ、ルーファさんは無事か!?
「怪我はないですか!?」
「うん、大丈夫ニャ……」
ルーファさんはパチクリとしている。
精神魔法の影響はどうだろうか……?
「体はもう大丈夫ですか?」
脇の下に腕を差し入れ、立ち上がりやすいように支える。
「ああ、うん。小霊のお陰で軽度の影響で済んでたから」
「響くんの子霊は、その剣に……?」
子霊ではないんだけど、今は訂正している場合じゃないか。
軽くうなづいておく。
「いやぁ、響くんの実力を見誤ってたニャ……」
さっきの戦いの評価だろうか。
どうだろう、師範に見られたらダメ出しの嵐だった気もするが。
どすっ
その時、近くで重い物が落ちた音がする。
「っ! また遊魔か——?」
音がした方を見るとそれは、なんらかの結晶体に身体を貫かれた遊魔だった。
そのまま消滅していく。
そうか、尖塔の上の方でも戦闘があったはずだ。
見上げようとした瞬間、さらに落下してきた複数の影が着地する。
また来たか——!
だが、月明かりに照らし出されたのは、軍服(?)に身を包んだ青年たち。
パンパンと衣服の埃を払っている。
「姫さま、お怪我はありませんか?」
「ありがとうマリアンヌ、大丈夫です」
ぽかんとしてしまう。
な、なんだ……?
そのうちの一人、剣を構えた金髪の青年がこちらを振り向く。
「衛兵……傭兵か? まだ生き残りがいたか」
「もう2体いたと思うんだけど、どこいったんだろ?」
と、小柄な少女が辺りを見回す。
突然降ってきた5名が、こちらに視線を向ける。
赤髪の少女——マリアンヌと呼ばれた女性に声をかけられる。
「あなたが2体の遊魔を倒してくださったんですか?」
「ああ……うん。たしかに倒した」
青年にちらりと剣を見られる。
「若い傭兵だと思ったが……遊魔を倒せるなら納得だ」
その時、非常時の鐘が再びカンカンカン、と鳴らされる。
どこかで苦戦しているんだろうか。
怒号や、遊魔のものと見られる叫び声が遠くから聞こえてくる。
正門の方か……?
目の前の一行はお互いを見合う。
「姫様、あちらの方を掃討に参ります。しばしご同行を」
先ほどの青年とは違う、黒髪の青年が声をかける。
「貴方たちの傍が一番安全なのは、承知しています」
姫様と呼ばれた女性が微笑みながらうなづく。
周りの青年たちと似たような服装をしているが……カラーリングが少々違う。
頭から白いヴェールのようなものを被り、表情は窺えない。
「マリアンヌ、姫様を頼むぞ」
「うん、任せて!」
赤髪の少女が、しっかりと頷く。
黒髪の青年がこちらに向かって、
「貴方がた、悪い事は言わないから、塔の中でしばらく大人しくしていた方がいい」
と、気さくな調子で告げる。
彼らは自分たちの装備を軽くチェックした後、正門に向かって駆けていく。
……なんだったんだ、あの人らは?
急な展開に頭が追いつかない。
「もしかしてあれ、“例の”学園の一行かニャあ……」
そんなことを呟くルーファさん。
が、学園……? 兵士じゃなかったのか?
気になるワードだが、今は後回しだ。
あの人らがその要人なのでは?
——追いかけるべきか。でも……
一瞬迷いかけた俺に、ルーファさんの声が届く。
「響くんは彼らを追いかけて。あたしはこの塔内を確認してから合流するニャ」
俺はしっかりとうなづく。
ルーファさんを心配する気持ちがないわけじゃない。
彼女が俺を信じて託してくれるなら、俺も信じなきゃ。
「あ、響くん。言い忘れてたニャ」
走り出そうとしたところに声をかけられる。
なんだろう?
ルーファさんはサムズアップしつつ、言う。
「ありがとう。めっちゃくちゃカッコ良かったニャ」
「あ、こら! ついてくるなってー!」
正門方面に駆けていく一行の、すぐ後ろまで追いつく。
最後尾にいた小柄な少女から咎められるが、言い返す。
「そのお姫さまが要人なんだろ! その人を守るのが俺たちの仕事なんだよ!!」
「うう~ん……命がなくなっても知らないよー?」
少女が困ったように訴えてくる。
「そんな覚悟はとっくにしてんだよ!」
もちろんこんなところで、目的も達せずに死ぬ気はない。
むしろ姉の情報を得るため、ここは及び腰ではいられない場面だ。
黒装束の彼女と、もう一度会わねばならない。
「正面! 敵影5体だ!」
金髪の青年の声が響く。
「牽制します!」
赤髪の女性、マリアンヌが手をかざすと——彼女の頭上に複数の塊が生まれる。
あれは、氷の杭?
次の瞬間、遊魔に向かって氷杭が連続して撃ち出された。
空気を切り裂く、激しい風切り音が辺りに響き渡る。
その迫力に思わず息を呑む。
こ、これが魔法……?
マシンガンのように撃ち出される氷柱が、何体かの遊魔に直撃していく。
腕や足がちぎれ飛び、胴体に複数の穴が穿たれる。
動きが鈍ったところを二人の青年が切り込み、あっさりと倒してしまう。
その氷杭の掃射から脇に逃れた遊魔が一体、こちらに向かって駆けてくる。
お姫さまに近づかれる前にやらないと——!
俺は迷いなく遊魔に向かう。
遊魔と戦闘の間合いに入るその瞬間。
上空から落ちてきた何かが、眼前の遊魔の頭上を襲う。
さっきの少女か——!
長大な槍にしがみつきながら、その槍で遊魔を背中から串刺しにした。
——まだ息がある!
俺は走る勢いそのままに、少女に気を取られた遊魔の胴体を一閃する。
「おおっ! ナーイス!」
胴体からふたつに別れた遊魔は、そのまま爆散。
これで全部か!?
お姫さまの一行と共に、辺りを確認する。
彼女を中心に置いたフォーメーションがあるのか、全体で連動した動きだ。
相当、戦い慣れてるな……
「殿下!! 申し訳ございません!」
そこに走り寄ってくる騎士風の男。
副団長が後ろに控えているところを見ると、騎士団長か。
「襲撃を許しましたね」
お姫さまが静かに言う。
「面目次第もございません……」
騎士団長と副団長は地面に跪き、頭を垂れている。
「使徒は見つかっていないのですか?」
「遺憾ながら。今、団のものに不審者がいないか捜索させています」
お姫さまの一行も、表情を厳しくする。
そうだ、伝えなければいけないことがあった。
はいっと手を挙げる。
全員の視線がこちらに向けられる。
「襲撃の直前、警備中に貴族から精神魔法をかけられました」
「名前は分からないですが……そいつ怪しくないですか?」
「響くん、それは本当か?」
立ち上がりつつ反応してくれた副団長に、特徴を伝える。
「その方は——」
驚いた顔の副団長曰く、王都より視察で派遣されていた伯爵だという。
お姫さまの一行が到着する前から、この城塞に滞在しているそうだ。
「その傭兵の言、信じられるのかね……?」
騎士団長に問われる副団長は、苦い顔をする。
そりゃそうだよな……
普通に考えたら、俺に信用できるところなんてない。
「そもそも、今はフェルデン侯が不在だ。我々の判断で問いただす事はできぬ……」
貴族の人間関係は難しそうだ……
中央の伯爵に疑いをかける、という行為は簡単には許されないらしい。
「わかりました。私が許可しましょう」
全員が驚いた顔で、お姫さまの方に向く。
お姫さまは俺の方に目線だけを向けつつ、不敵な笑いを見せる。
「それならもし濡れ衣でも、その男を打ち首にするだけで済むでしょう」
ちょっと! このお姫さま、こええよ!!
「そうと決まれば、急ぎましょう」
逃げられる前に、とお姫さま一行のひとりが言う。
俺たちは城館の中に急いだ。
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