ep.006 仕事仲間と騎士団へ
「うめえ、うめえよォ!(涙)」
目の前には副団長の奢りで振る舞ってもらった、豪華料理たちが並んでいる。
(働きが悪かったら報酬から差っ引くとも脅された)
骨付き鶏モモ肉のハーブ焼きとジャガイモ、ニンジンのグリルがメインディッシュとして鎮座。
外はパリッと芳ばしく、中はジューシー。
シルスト草だかっていうハーブが、日本にはない不思議な香りだけど個人的にアリ。
豚肉や根菜とともにリンゴが煮込まれたシチューも絶品だ。
旨みの中でほのかに感じる酸味がクセになる。
「変なヤツだとは思ったが、よりによって騎士団からの依頼を受けるたぁな……」
「んあ? なんで、ダメなの?」
「別にダメじゃねえがよ……」
声のトーンを落とすマスター。
「確実に使徒絡みの案件だ。おまえさん、遊魔と戦う手段はあるのかよ?」
あー……なるほど。
「んーまぁ、あると言えばあるし、ないと言えばないカナ??」
「なんで急に歯切れが悪いんだよ」
怪しまれてしまった。
「若え奴が死んでいくのは見たくない。副団長はああ言ったが、命を粗末にすんなよ?」
このおっさん、いい人なんだろうな。
依頼を受けに来る傭兵たちと気さくにやり取りを交わし、注意するところはする。
傭兵ギルドのマスターをやってるのも納得だ。
「大丈夫、姉貴を見つけるまで死ぬ気がないから」
「ほう……?」
マスターが目を丸くする。
そうだ、マスターにも聞いてみるか。
「この歌って知ってる?」
姉貴が好きだった曲を歌ってみる。
黒装束の彼女が口ずさんでいたものだ。
ここには小舞台があるし、色々な音楽を聴いているはず。
「うーん? 聞き覚えねえなぁ……」
……そりゃそうか。
姉貴だったら吟遊詩人とかやってそうと思ったけど。
そんな簡単に情報は集まらないか……
そんなやり取りをしていると。
バガン! とギルドの扉が勢いよく開け放たれる。
「マスター! 騎士団から旨い話が来たって聞いたニャ!」
な、なんだ……?
リアル(?)でも語尾に『ニャ』を付ける人がいるのか……?
振り返ってみると。
そこには猫耳を生やした、猫族とも言うべき存在が。
「おいルーファ、もうちょっと大人しく入って来い」
「っていうかな、どっちかっていうと貧乏くじだぞ、その話は」
どたどたと俺の隣の席にやってくる、猫族の方。
ルーファ、と呼ばれていたか。
「まぁまぁな報酬額って聞いたニャよ?」
「それは間違っちゃいねえが。きっと例の事件絡みだぜ?」
「ははん、ニャるほどね」
とりあえずエール! と注文をするルーファさん。
猫耳がピクピクと動く様子が見える。
作り物じゃない、リアルな質感だし動きだ。
ほ、本物なんだぁ。
「気になるかニャ?」
あ、ついまじまじと見てしまった。
愉快なものを見るような目で見返される。
「ご、ごめんなさい」
「いいんニャよ。慣れてるからニャ」
異世界だから当たり前な存在かと思っていたが、もしかしたら違うのかも。
そうだとしたら、失礼なことをしたかもしれない。
食事に集中しよう。
「ほれ、エールだ。空きっ腹で飲むと悪酔いするぞ」
「マスターは相変わらず細かいニャあ」
ルーファさんは受け取ったそばからぐびぐびと飲んでいく。
「それでどうする、受けるか?」
「お前なら遊魔が現れても戦えるから心配ない。俺としてはありがたいが」
「こんな騒ぎ、早く落ち着くに越した事はねえ」
いやー、シチュー最高だぁー(聞き耳)
「んん? 珍しいニャ、マスターが都合よく誘導するような事を言うニャんて」
「自分の命を他人に決して委ねるニャ、ってマスターの教えニャ」
既に空いた木製のコップを、ずびしっとマスターに突きつける。
「クッソ、勘のいい猫はこれだからよォ……」
ガリガリと頭を描くマスター。
続いてその手で、びしっと俺を指差す。
えええ?
「そこの坊主がその依頼に志願しやがってな」
ルーファさんがこちらの方を見る。
どうも、と会釈しておく。
「それで心配になったって訳ニャ?」
ニヤニヤとした顔でマスターを見やる。
マスターは苛立ったようにルーファが突きつけるコップを引ったくる。
「顔に似合わず優しいんだからニャ~。君もそう思わニャい?」
うんうん、と頷いておく。
「うるせえなぁもう。飲んだらとっとと出てけ」
と言いつつ、マスターは2杯目をルーファさんに渡す。
ありがたい話ではあるけど……
「でも、俺のために受けるってことはいらないです」
これは言っておかないと。
「ニャハハ、カッコいいねえ」
こちらを見ずにコップを傾けるルーファさん。
これはカッコいいとは思っていない時の対応だ。
俺は姉貴で学んだんだ。
「ちなみに、ニャんで騎士団の依頼を受けたニャ? 金かニャ?」
正直に言うか迷ったが、結局はぼかして伝える。
「知り合いを探していて……もしかしたら会えるかもしれなくて」
ぶっちゃけ俺は。
昨夜の黒装束の彼女が、この街で暗殺事件を引き起こした張本人じゃないかと睨んでいる。
この依頼を受けることで、彼女に近づける。
それがきっと姉貴を見つけ出すことに繋がるはずだ。
「ふーん……」
ルーファさんは、興味があるのかないのか、曖昧な返事をする。
続けて、
「あ、心配はいらニャいよ」
「慈善で命をかけてたら、命が幾つあっても足らないニャ」
と、先ほどの回答をくれた。
その言葉に少しほっとする。
既に随分助けてもらったし、もうここの人たちに迷惑はかけられないだろう。
「でも、遠慮ばかりする奴もスグ死ぬよ?」
ドキッとする。
声のトーンが急に変わり、一言が胸に刺さる。
ルーファさんは真剣な表情で俺の目を見つめている。
「あ、ええと……」
実感が籠もったその言葉に、何も言い返せなくなる。
――言葉の重みがちげえ。
自分が甘ったれの若造であることを、自覚せざるを得ない。
剣術の師範にも、同じような事を言われたのを思い出す。
だが、ルーファさんはふいにふっと笑い、
「私は報酬目当てに依頼を受ける。君はそんな私に教えを請う」
ずびしっと空になったコップを突きつけてくる。
……はえ?
「そうと決まったら準備にいかないとニャ」
---
「こんなもんかニャ~~」
ルーファさんと傭兵ギルドを出た俺は、武具屋に来ていた。
装備を整えるためだ。
「響くんは軽装の方が戦いやすそうだから、金属製の防具は最小限ニャ」
その方が金額も抑えられる、とルーファさん。
金属部分は胸当てと膝当てくらいで、後は革製の防具だ。
ここ数日の活動でボロボロになっていた運動靴も、革製のブーツに履き替えた。
履き心地は落ちるが、耐久度はこちらの方がありそうだ。
「剣は貸してくれるっていうなら、一旦は甘えるがいいニャ」
代金はルーファさんが肩代わりしてくれた。
騎士団の報酬が入ってから返せばいいらしい。
ありがたい。ありがたいが……
「遠慮する奴は死ぬって言わニャかった?」
「あ、大丈夫。死んだら装備は回収するから」
なんて物騒な言葉で、反論が許されない。
「日暮れまであと少しニャ。騎士団の館に来いって話だったニャね」
騎士団が居を構える館についた俺たちは、まず入館手続きを求められた。
確認や書類記入のため、あちこちにたらい回され、半刻は過ぎてからようやく副騎士団長の部屋へと通された。
ルーファさんの傭兵身分証があったから手続きできたが、一人だったらどうなってたんだ……?
「やあ、よく来た」
副団長は執務机で書類仕事をしていたらしい。
机上には書類が整然と積まれていた。
そこそこ広い室内に、質素だが品のいい調度品が並んでいる。
香だろうか? ほのかに清涼感ある爽やかな香りがする。
全体的にセンスが良い……気がする。
副団長はペンを置いて立ち上がると、来客用のソファを勧めてくる。
「ルーファくん、よく依頼を受けてくれた。君の噂は聞いているよ」
副団長はルーファさんを知っているのか。
「どんな噂か分かったもんじゃないニャ」
対するルーファさんは素っ気ない。
依頼主にそんな態度で大丈夫か……
だけど、副団長は苦笑するだけでそれ以上追求するつもりはないようだ。
「響くんは様になったね」
さっき整えたこの装備のことね。
今思えば、薄汚れた道着姿だった俺を、よく採用したもんだよ……
「剣はこれを使ってくれ。それと……」
副団長は、ソファ前のテーブルに置いてある鉄剣を指す。
その後、懐から銀の首飾りを取り出した。
「傭兵身分証を用意するまで時間がかかるのでね」
「これは臨時の通行証だ。守衛に見せれば、城塞には自由に出入りできる」
副団長から銀の首飾りを受け取る。
何やら刻まれている模様は、騎士団の紋章だろうか。
「護衛対象は侯爵の城塞にいるニャ?」
ルーファさんが話の続きを促す。
「ああ。警護する要人は、尖塔の最上階の客間に滞在している」
「君たちには、中庭から尖塔への入り口の警備を任せたい」
護衛といっても、所定の場所での警備のようだ。
傭兵に回される役目としてはそんなところか。
「いつからニャ?」
「他に聞きたい事がなければ、すぐにでも」
もうすぐ日が暮れる。
まだ明るいうちに中庭の様子は確認しておきたいな。
いやちょっと待て。
聞きたかった話をまだ聞けていない事を思い出す。
「今回の護衛の依頼は、昨晩あったという暗殺事件と関係があるんです?」
副団長は思案する。
「無関係とは言えない。しかし、機密にも触れる話だから、今詳細を教える訳にはいかないんだ」
む、それもそうか……
難しいな。
「相手の目星くらいは付いてるんニャろ? その情報は護衛の成否に関わるんじゃニャいか?」
ルーファさんの追撃が入る。
さすが、鋭い追求だ。
「そうだな……」
副団長は難しい顔をした。どこまで話すべきかを悩んでいるように見える。
「実は、昨晩の襲撃者を目撃できた人間はいないんだ」
「襲撃自体も未遂で終わっている」
隣で足を組むルーファさん。
「じゃあ状況的に、使徒なんじゃないか、って推測程度ってわけニャ」
「その割には、随分と騒ぎにしてるじゃニャいか?」
副団長は両手を広げて、降参のポーズだ。
「悪いが、それ以上先は言えない」
話は終わりだ、と副団長はソファから立ち上がりつつも、ひとこと付け加えた。
「とはいえ、仕事が無事に終われば種明かしが待ってはいるがね」
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