ep.005 情報を手に入れよう

これが異世界の街か――


荷馬車から頃合いを見て降り立った俺は、見慣れぬ景色に圧倒されていた。


石畳で整備されたメインストリートの両脇は、沢山の露店が所狭しと並んでいる。


呼び込みの声、商談の声、怒号、罵声……

とんでもない情報量の音で溢れていた。


そんな道を馬車がゴロゴロと行き交う。

商人や旅人、兵士まで様々な人々とすれ違っていく。

露店の主人は何かに苛立っている様子だ。


異世界の町並みを楽しむとか、そんな状況じゃない。


そしてやはりというか、張り詰めた空気が漂っている。

兵士があちこち走り回っていて、誰もがせわしなく動いていた。


「響、呆けている場合ではないぞ。まずは状況把握をすべきじゃ」


おっと。


タマちゃんが語りかけてくる。

こんな喧騒でも、タマちゃんの声はしっかり聞こえる。


「まずはどんな事件があったかを知らないとな」


「うむ。じゃが、この辺りで聞き込みをしても、まともに相手にされんじゃろうな」


辺りを見回してみる。

たしかにみんな自分のことで精一杯に見える。


だけど、こういう時にはお決まりの場所がある。


「タマちゃん、ギルドか酒場を探そう」


「さ、酒場じゃと……? それにぎるど?」


冒険者ギルド的な所ならば、色々な情報が手に入るはずだ。

酒場がギルドを兼ねている場合もある。


もちろんこれもアニメの知識だ。


「おぬしのその妙な知識は何なんじゃ……」


タマちゃんの呆れ声を背に、さっそく街の看板を手当たり次第調べはじめた。


通りの端に貼り紙があったが、読める文字もあれば読めない文字もある。

どうも言語が混在している感じ。


ただ、口頭で交わされている言葉はなぜか理解できる……

武御雷様が授けてくれた力なんだろうか?


メインストリートを少し外れたら、景観を楽しむ余裕がちょっとできた。


ヨーロッパの方の町並みに似ている感じだろうか?

基本的に石造りになっていて、曲がりくねった細い路地が多い。


黄褐色で一色の壁面は一見無骨だが、所々に花が飾られ、華やかさを添えている。


「昔は防衛拠点としての機能を持った都市だったんじゃろうな」


「へぇ、そうなの?」


「この迷路のような通路はまさにその特徴じゃ。あとはあの大きな外壁じゃな」


そういえば、元の世界でもそんな話を聞いたことがある。

国境近くで、侵略に備えるための拠点だと。


「化け物を相手にした備えである、と思いたいところじゃな」


そういうタマちゃんが一番、それを信じていなさそうだった。




そんなこんなで、程なくして “赤い樽” という酒場を見つける。


赤い樽の前で、ふたつの剣が交錯している絵。

これ、冒険者ギルドっぽくないか?


「この店、入ってみようと思う」


「……ちゃんと警戒するんじゃぞ?」


ドキドキしている心を落ち着けるように軽く深呼吸をして、扉を開ける。


中は思った以上に活気に満ちていた。

がっしりとした体格の男たちが、様々な武器を背に酒を傾けている。


奥の方にある小舞台では、踊りに手拍子で降り上がっている様子が見える。

赤い樽がテーブル代わり……店の名前の由来はこれか。


掲示板っぽいものも、カウンターの脇に備えられていた。

いわゆるクエストボードか?


これはビンゴっぽい。

ここが冒険者ギルドだろう。


初めて見る異世界の冒険者たちに、思わず見とれてしまった。


「ビキニアーマーとか、ドラゴンの鱗の鎧とか、そういうのはないんだな」


「おぬしは何を言っておるんじゃ?」


……俺の中の異世界像を少し、微調整する必要がありそう。


「おう、若いの。道に迷ったか?」


カウンターの向こうから、渋めの声がかかる。

いかにも酒場のマスターといった感じの、コワモテのおっさんだ。


「あ、いえ……情報を、集めたくて」


「情報ときたか」


マスターは豪快に笑い出す。

何かおかしな事言ったか?


「たしかに情報なら、ここが一番だ」

「だが、それはお前さんに何ができるか次第だな」


「それは……」


しまった。


普通に考えりゃ、無一文で来る方がおかしい。

どこかで金を手に入れるとして……金額だけでも聞いておこう。


「いくら必要ですか?」


マスターは片眉をあげて答える。


「お前さん、ここがどこだか分かってんのか?」


「……冒険者ギルドですよね?」


冒険者というワードを聞いて、怪訝な顔をするマスター。


「冒険者? お前さんの国ではそう呼ぶのかもしれんが」

「ここは傭兵ギルドよ」


……傭兵ときたか。

依頼を受けて対価をもらう、という意味では冒険者と同一かもしれない。


「普通の酒場だったら金を渡して情報を得るってのも悪くねえ」

「だがここで情報に換えられるものといやあ、“情報”か腕っぷしだけだ」


マスターがカウンターに身を乗り出して睨んでくる。

絶対これは人を殺してる人間の目だ。


気圧されそうになる……が、ここでなめられちゃダメだ。


「欲しいのはどんな情報ですか?」

「——それとも暗殺者の首があればいいでしょうか?」


声が震えていたかもしれない。

が、相手には予想外の返答だったようだ。


「……へーぇ、見かけによらず肝が据わってるじゃねえか」


マスターの表情からふっと圧が消えた。

代わりに人懐っこそうな笑みが浮かぶ。


「世間知らずの坊っちゃんに灸を据えてやろうと思ったが」


遊ばれてたのかよ……

隣でタマちゃんがプリプリ怒り出したが、一旦放っておく。


「何が聞きてぇんだ? サービスだぞ?」


目の前のカウンターに、木製のコップがコトリと置かれる。


爽やかな香りが立ち上っている。

フルーツティーか何かかな。


目線で問うと、顎で返事をされる。もらっていいらしい。


「最近の大きな出来事を。やっぱり暗殺事件ですか?」


マスターは分かりやすく眉をひそめた。


「随分と直球で来るじゃねえか……まあ、飲みながら聞け」


出されたフルーツティーをいただく。

ベリーの甘酸っぱい香りが鼻を抜けていく。


う、うまい……

ここまで何も食べていないこともあって、全身に染み渡っていくようだ……


「ここ最近は——」


マスターは声を落として続けた。


「まずは魔女絡みだ。昨晩の暗殺騒ぎは、使徒の仕業だともっぱらの噂だ」

「それに関係あるのか分からねえが、遊魔が活発になってあちこちに出没し始めた」


「遊魔……使徒?」


「お?」


マスターは不思議そうに首を傾げる。


「よっぽど辺境から来たんだな。遊魔を知らないか?」


俺は慌てて頷く。

昨日戦った、あの影のような怪物のことだろうか……?


「遊魔ってのは、人の形をしていたり、獣の姿をしていたり、まあとにかく厄介な化け物さ」

「普通の武器じゃ歯が立たない。魔法使いでもないと、まともに戦えやしない」


「へえ……」


昨日、タマちゃんを使って遊魔を倒せたのは、すごいことなのかもしれない。


「あと、その使徒というのは?」


マスターは顔を近づけて、さらに声を落とした。


「魔女の手先だっていう連中さ。正しくは“黙示の使徒”っていう」

「遊魔を操って、あちこちで面倒事を起こしているらしい」


「ま、魔女……」


ちょっと新情報が多すぎて整理しきれない。


遊魔に黙示の使徒。

暗殺事件は使徒の仕業だという噂もあるって話か。


でも、いま一番知りたい事は——


「その使徒のことだけど」


話を続けようとしたそのとき、店内の空気が一変した。


入ってきたのは、きらびやかな軍服に身を包んだ中年の男性。

周囲の傭兵たちが、ぴりりと背筋を伸ばす。


「副騎士団長……」


マスターが小声でつぶやく。


副団長は店内を見回すと、意外にも穏やかな声で切り出した。


「護衛の傭兵を募りたい。できれば……」


彼は一瞬言葉を切り、「精鋭で固めたいのだが」と続けた。


店内がざわめく。

どうやら並の仕事ではないらしい。


「最近は物騒でな」と、副団長が意味ありげに付け加える。


——もしかして、これって。

迷う事なく、手を挙げた。


「俺でよければ!」


周囲から失笑が漏れる。

まぁ、そういう反応になるよな。


だが副団長は構うことなく、真剣な眼でこちらに向き直る。


「ほう……」


副団長の目線が、俺の身体を上から下へと舐める。

興味深そうな眼が逆に怖い。


「君、剣を使えるのかね? それも、なかなかの腕前のように見受けるが」


「……あ、はい!」


「こちらの所属傭兵か?」


副団長の質問は、カウンター奥のマスターに向いた。


「いえ、まだです。それどころか傭兵登録もまだでしょう」


「あ、傭兵登録……?」


そんな手続きが必要だったの?


「不思議な子だな、君は」


副団長が苦笑する。


「ここでさっと登録できるよ。興味があるなら」


副団長の目線がマスターに向く。

マスターは頷き、ゴソゴソと棚から何かを取り出す。


マスターが取り出したものがカウンターに広げられた。

書類とペンだ。


これが傭兵登録用の書類、か。

ここが名前で、ここが出身地。そしてサインと。


たしかに難しくなさそうだ。


名前と出身地を、日本語で元の世界のものを書く。

異世界の文字をぱっと書くのは難しいみたいだ。


サインは何となくローマ字で書いておく。


それをマスターに渡すと、さらっと確認してすぐさま何やら印を押す。

そしてそのまま、カウンターまでやって来た副団長に差し出した。


副団長はじっと書類を見つめる。


何か確認が済んだのか、隣の副官(?)から印を受け取り、その場で押印する。


「これで手続き完了だ」


本当に爆速だった。


「はぁ、こんな非常識な傭兵登録は初めてだぜ……」


マスターがため息をついている。

本来ならきっと、書類は然るべきルートで騎士団に届くのだろう。


「ほら、私が直接来て良かったろ?」


隣の副官を見ながら得意げに言う。副官は複雑そうな表情だ。

……苦労しているのかもしれない。


「さて……」


副団長の表情が引き締まる。


「任務の内容だが、要人の警護だ。詳しいことは言えないが……」


彼は一瞬言葉を切り、


「命を賭けることになるかもしれない。それでもいいかな?」


と、冷酷さを滲ませる眼で問うてきた。

もちろん、俺は迷わず頷く。


「ええ、そのつもりです」


「決意は分かった。だが……」


副団長は首を傾げる。


「君の剣は?」


あ……そうか。

でもここでは、タマちゃんは見せられない。


「……あの、貸していただけないでしょうか?」


ぐううぅぅぅ……


そして腹の音が盛大に響き渡る。

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