ep.004 フェルデンの街へ
洞窟前のちょっとしたスペースで、朝のストレッチをする。
ぐっぐっぐ。
嵐は過ぎ去って、柔らかな朝日が降り注いでいる。
洞窟は小高い丘の斜面にあり、下の方の景色が一望できた。
森の中に立ち込める薄いもやが、陽光を反射して黄金色にきらめく。
森はさほど広くなく、遠くの方に街道らしきものが見える。
目を凝らせば、人が歩いているようにも、見える。
雨上がり特有の湿った土の匂いが、濃厚だ。
大自然!って感じがする。
さらに小鳥のさえずりがヒーリングミュージックだ。
最高のストレッチ・シチュエーションである。
うん、バリバリ打撲の痕が痛い。
でも、稽古の方がもっときついから全然ダイジョウブ(虚勢)
「なんじゃ、随分気合が入っておるな」
お、分かるかね?
「そりゃあね。姉貴がこの世界にいるって確信できたしね」
実際に手がかりを得ることでより実感する。
「それに、彼女もきっとフェルデンって街にいる」
昨日出会った、黒装束の女性。
本当に真夜中に出ていったようで、俺が起きた時にはもういなかった。
「ほう、どうしてそう思うんじゃ?」
「いや、あんまり根拠はないけど」
まぁ……
もしかしたらって思っている事はあるっちゃある。
それよりも。
「なぁタマちゃん。俺は彼女に大事な事を聞き忘れた」
「ほう、それは一体?」
「この世界でも、太陽が東から昇るのか……ってことだ」
「お、おお……確かにそれは盲点じゃ」
つまり、西ってどっち?って話だ。
太陽が昇る方向が地球と同じく東なら、太陽に背を向けて進めばいいのだが。
「つまり、結局どっちに進めばいいか分からないって事だよ!!」
「したり顔で言われてものう……」
呆れられた。
めちゃくちゃ大事な気づきだと思うんだけど。
「あちらの街道が見える方角が、元の世界でいえば丁度西にはなりそうじゃな」
「とりあえずは街道に向かってみるのが一番ではないか?」
「まぁ、そうなるよな」
もしかしたら遠回りになるかもしれないが、街道に出るのが一番確実だ。
何も手がかりがなかった昨日と比べたら格段の進歩だ。
「では、さっそく出発するか?」
「あ、ちょっと待って」
練習着はしっかり乾いていたし、準備する荷物はないんだけど。
彼女が俺にかけてくれたケープ、あれは持っていきたい。
回収せずに残してくれていた。
もしかしたら、彼女に繋がる手がかりになるかもしれない。
折りたたんで懐にしまっておく。
「よし、いこう」
今度は踏み外さないようにしっかりと斜面を降りていき、森に入る。
太陽の暖かさを背中に感じながら進めば、西(仮定)から進路がずれる心配はない。
さっき上から見た感じだと、このまま進んでいけば森を抜けて街道に出る。
地面はぬかるんでいたものの、明るいだけでずいぶんと楽だ。
とはいえ、森を抜けるのに30~40分はかかってしまった。
「お、見えてきた!」
たぶん街道だ。
人がまばらに歩いている。
馬車っぽい何かも幾つか行き交う様子が見える。
「ひとまず街道に入ると良いじゃろうな」
「おし」
街道に近づくに連れて、辺りの様子も見渡しやすくなってきた。
丘陵地の斜面に果樹園が点々と広がり、そのふもとには麦畑が整然と並んでいる。
さらに遠くには、草原の牧草地が風に波打ち、キラキラと輝いていた。
ざあっと風が通るたび、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。
草木のざわめきが耳に心地良い。
そして。
大きな石壁に囲まれた街並みが遠くに見える。
街道が街に向かって伸びていく。
あれがきっと、フェルデンという名前の街。
全体的に淡い黄褐色で、石造りの街だという事が分かる。
ここからでも、色彩豊かな屋根が連なる様子が見える。
ところどころ、飛び出た尖塔のような建物もあった。
少なくとも現代日本ではまったく見られない光景だ。
異世界らしい光景に、思わず足を止めて見入ってしまう。
「おお……ファンタジーだ」
「うむ、美しい」
しばし、タマちゃんと一緒に眺める。
ちょっと気がついた事があったので、タマちゃんに訪ねてみる。
「なぁタマちゃん。ああいう街って普通に入れるのかな?」
「うーむ、あれ程しっかりした街なら検問はあるじゃろうな」
「だよねぇ……」
外壁を登るか?
いやー、どう見てもめちゃくちゃ高い。
「ひとまず、街に近づいてみない事にはな」
「同意」
街道を街に向かって進んでいく俺たち。
門に近づくにつれ、なんだか騒がしくなってくる。
行き違う旅人や荷馬車が、妙に急ぎ足で去っていく。
なんだか様子がおかしいぞ……?
「なぁタマちゃん」
「うむ、もう少し近づいてみるとしよう」
門のあたりで人や馬車が混雑している様子が見えてきた。
門番だろうか、兵士も駆け回っている。
門の前では何台かの荷馬車が止められて、兵士たちからチェックを受けていた。
あちこちで怒号が飛び交い、騒然とした様子だ。
「これは……」
「なにか騒ぎがあったのかもしれぬな」
困ったな……これじゃあ余計に街に入れない。
どうすべきか……
しばし様子を観察していると、兵士同士の会話が聞こえてくる。
「……犯人は見つからないか」
「ああ……仕事を増やしやがって、クソッタレが」
「そういうな、街中の捜索隊のほうがキツい仕事だぜ」
「違いないな」
……犯人?
街中で何かあったのか?
改めて門の様子を見直す。
そうか。
「なぁあれって、“出て行く人”を調べてないか?」
よく見てみると、入ろうとする連中はそこまで厳しく取り締まられていない。
中には通行証か何かを見せている人もいるが。
忙しさゆえか、荷物のチェックはかなりおざなりだ。
「なにかの事件があって……街から犯人を逃がしたくないのかも」
「きっとそこそこデカい事件で、街から逃げようって人も多くなってる」
「それで手一杯ゆえ、来訪者の取り調べが雑になっておる訳か」
ひらめいた。
これは、お約束の出番だ。
あの馬車が丁度いいかもしれない。
「おい響、どこへ行くつもりじゃ?」
門の近くで雑貨を積み直している荷馬車に近づく。
……あの荷物の隙間にすべり込めそうだな。
商人らしき人物の隙を見つつ、抜き足差し足で馬車の影に隠れる。
商人が荷台から目線を外した瞬間、荷台の中にさっと潜り込む。
よし。商人にも、行者にも気づかれなかったみたいだ。
「おぬし……妙に慣れておらぬか?」
首を振り、今は喋れません、という体で追求を逃れておく。
ゴトゴトと馬車が動き出す。
程なくして、商人と兵士が何やらやり取りをする気配が伝わってくる。
ガサガサと荷物をまさぐられた時はヒヤリとしたが、やっぱり雑なチェックだ。
そして、そう時間もかからずに馬車が動き出した。
たぶん成功だ。
ガヤガヤと喧騒が大きくなってくる。
街の中心に近づいているようだ。
多くの人が行き交うような場所で、こそっと抜け出すのがいいだろう。
いよいよ、異世界の街を目の当たりにする時がきた。
彼女は、どうしているだろうか――
期待と不安が入り交じる、不思議な高揚感が身体を包んでいた。
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