ep.002 まさかの衰弱死エンド?

「タマちゃぁあん!! さみいいぃぃってっ!!!」


転移で放り出されたのは、風雨をしのぐ事もできない木々の中。

なんの目印もない中で、もうずっと雨ざらしで彷徨っている。


稽古中に転移させられた事もあって、道着と袴の練習着の姿だ。

雨水を含んで重いし動きにくい。


ぬかるみに足を取られる度に体力を持っていかれる……


何よりも、寒い。


「もうちょっと天気がいいタイミングに転移しても良かったんじゃないの!?」


恨み節をしたくもなる。


「だからワシに言うんじゃない!」

「それにタマちゃんは止めろと何度言えば分かるんじゃ!」


いやだって、韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)は長いもん……


「あ、フッちゃんもアリか?」


「余計ダメじゃわ!」


ダメだった。


「その姿だったら、タマちゃんがベストマッチだと思うんだよな」


タマちゃんは剣から霊体化することができるらしい。

今はまるっこい子鹿のような姿を取って、フワフワ浮いている。かわいい。


なんでも霊体の方が剣の姿を取るより、俺の身体の負担が少ないそうだ。


「はぁ、もう何でもいいわい……」


お気に召していないらしい。

真面目に良いニックネームだと思うんだけどな。


なんて気を紛らわしてみるが、すぐにしんどさが戻って来る。


「とにかく、雨宿りできる場所を探す、だよな……」


タマちゃん曰く、体力を失って行き倒れるのが一番危険だと。

この嵐をやり過ごすのが最善らしい。


断続的に照らす雷光を頼りに、暗い木々の間を進む。


土壌など色々な状況から、山よりは丘っぽい地形らしいが。

まだ山の方が、巨木や地形のくぼみを使って雨宿りがしやすいそうだ。(タマちゃんが言ってた)


タマちゃんも俺の周囲を探索して回る。


「響、その倒木を過ぎてすぐ、少し段差になっておる。足元に注意を払うのじゃぞ」


「おー、さんきゅー……」


俺の身体からそう遠くには離れられないそうだが。

細かい情報を拾って来てくれるのは助かる。


「なぁ、ここで衰弱死エンドあり得ないか、これ……?」


もう1時間近くは雨に打たれ続けている。

手先や足先の感覚はとっくにない。


さすがにそろそろ、まずい気がする。


「むう……もう少しでも大きな木が見つかると良いのじゃが……」


頭がぼーっとしてきた。


「大丈夫か? 足取りがあやしいぞ。」


そうか? そうかもしれない。


なんかちょっと雨弱まったか?

静かになってきたよな。


眼の前の地面がぐねぐねしている。

これ、やばいやつでは?


「響、よいか? 一度立ち止まって、意識をしっかり持つんじゃ。」


いや、分かってる。分かってるよ。

こういう時は、意識を手放したら最後なんだ。


分かってるんだけど、だめだ、このままじゃ倒れ――



ドガアァン!!



つんざくような轟音が腹の底から頭にかけて貫く。

続いて、メキメキメキと何かが砕けていく音。


「な、何が起こった!?」


倒れそうになった身体を、何とか踏ん張る。


「落雷じゃな……相当近くに落ちたようじゃ」


あ、当たらなくて良かった……


いやむしろ、雷のお陰で意識を取り戻せた。

危ないところだったかもしれない。


「おい見ろ、響」


タマちゃんに促されて、進もうとしていた方向を見やる。


先ほど雷が落ちた場所なのか。

大木が他の木を巻き込んで倒れたようで、ぽっかりと空間ができていた。


「おお……一望できるじゃん」


ここから地形が緩やかに下っていたのか。

そのまま歩いていたら、転がり落ちてたかもしれないな……


だがそのお陰で、ある程度遠くまで一望することができる。


ん?


あれは……


「なぁタマちゃん、あれ!」


またたく雷の光に掻き消されて分かりにくいが……

露出した岩肌に、ほのかに明かりがあるように見える。


「ふむ、あれは洞窟――そこから漏れ出る明かりのようじゃな……」


「誰かがいるのかもしれない! 行ってみよう!」


洞窟と思わしき場所は、この斜面を下っていった途中にある。

最後の気力を振り絞り、ぬかるんだ足元を一歩一歩慎重に歩く。


「洞窟の中から漏れる明かり……荒事にならねばよいが……」


たしかに、異世界人との初めての遭遇になるかもしれない。


洞窟で焚き火をする山賊……という線だって十分ある。

安全である保証はなかった。


だけど、このまま雨に打たれ続けていても、命の危険は付きまとう。

ここまで来たら行くしかない。


「タマちゃん、危なくなったら頼むぜ」


「……その時は致し方ないな」


人との争いになるかもしれない。

その先の想像は、今はしたくなかった。


崖というほどではないが、3~4メートルほど急斜面が続く。

足を滑らせたら危険だ。


それにしても希望を見つけたからなのか、さっきより身体が軽い気がする。

ついつい歩くペースが上がるが大丈夫、一歩一歩確実にいけば――



ぬるり。


あっ……


岩の上を靴底がすべる感触。

早速やっちまったかもしれない。


重力に逆らえない——何も掴めないまま、視界がぐるりと反転した。


次の瞬間、俺の意識は今度こそ闇に落ちた。

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