終わりに響くRe:sonance

アカネイロ

武御雷の宣託と、異世界

『われ武御雷たけみかづちが縁者、ひびきよ。その覚悟、しかと受け取った』


――こんな神々しい声、リアルじゃ絶対聞かないよな。

なのに、まるで耳元でささやかれてるみたいに、ハッキリ聞こえる。


目を閉じているのか開いているのかも分からない。

暗闇の中で、俺は誰かに呼ばれている感覚だけがある。


『この剣は餞別だ』

『お主がこれより赴くは、魔が跋扈するくらき異世界』


『この剣が、お主の道を共に斬り拓いてくれるじゃろう』


まばゆい閃光が意識の底で炸裂したかと思うと、全身を雷が走ったようなビリビリが襲う。

俺は思わず歯を食いしばり、声にならない声を上げた。


「え、ちょ――痛え……!?」


「さぁ――魔を討ち祓い、みごと姉を取り戻してまいれ――」


その言葉を最後に、感覚が“世界”から切り離された気がした。


俺の名前は、空街そらまちひびき

ごく普通の男子高校生だ。


たしかに、武御雷様に縁のある剣術を習ってはいたけど。


いつもの神社で、稽古の後のいつもの瞑想中に、武御雷様が突然“現れた”。


異世界に囚われた姉貴、かなでを救いに向かう覚悟はあるか、と。


夢か幻かも分からない中で、姉貴を救えるならと応えた。

異世界転移とか本当かよ、と思っていたけど……


雷鳴とともに視界が開けた瞬間。



――ごおおぉっ……!



一気に強烈な風と雨が叩きつけてくる。


どこだここ!?  さっきまで稽古場にいたよな?


激しい雨粒が肌を突き刺し、眼も開いていられない。

上空では、稲光いなびかりがひっきりなしに轟いている。


「ちょ、ええぇっ!?」


ひと際大きくドカンと雷光が走り、地面を震わせる轟音が響く。

よろけた体を起こそうとした瞬間――


空からの稲光をさえぎるように、巨大な影が眼の前をふさぐ。


そいつは2メートル以上はありそうな体躯で。

頭は闇に溶け込んでいてよく見えない……が、低い唸り声を上げている。


どう考えても“普通”の存在じゃない。


――刹那、影が腕を振り上げるのが見えた。


反射で腰を引くと、俺の腰には“剣”がいつの間にか収まっていた。

柄を握ると自然と手に馴染む。


これがまさか、武御雷様が与えてくれた――



ズシャアッ!!



身体が勝手に動き、剣を横に薙ぐ。


捉えた――!

が、異様な感覚が手に残る。


刃の軌跡に沿うように、影の体が引きちぎられ、爆散した。


「……嘘だろ、こんな一太刀で?」


ただ斬ったんじゃない……“焼き”斬った……?


一瞬呆けかけた頭を、横に振る。

すぐ傍から、別の化け物の唸り声が近づいてくるのに気づいた。


「まだいんのかよっ!?」


またたく雷光に照らされ、巨大な体躯であることはぼんやり分かる。

震えそうになる足を踏みしめる。


単なる突進だ。大丈夫……やれる!


突進を避けながら返した刃を、相手の肩から背中に向けて振り下ろす――が。


しまった、びびって間合いを開けすぎた……!?


……だが、切っ先がかすめたのか。

巨大な影は肩口を中心にあっけなく爆散する。


「……………………」


まるでゲームみたいな光景に絶句してしまう。

辺りにはもう妙な気配はない。残ったのは激しい雨音だけ。


まだ心臓がバクバクするけど、ひとまず危機は去ったみたいだ。


手に持った剣を掲げてみる。やたらと刀身が長く細い。

今まで扱ったことがある真剣や模造刀と比べて重みはあるが――それだけだ。


剣としては普通なのに、あの尋常でない破壊力。

何か特別な力が働いているのは明らかだった。


「エグい剣だなぁ、これ……」


呟いた言葉に、やけに偉そうな声が剣から返ってきた。


「エグい剣とは失礼な。ワシには韴霊剣ふつのみたまのつるぎという名前がある」


「いや喋るんかいっ!」


思わず手から落としそうになる。


「当然じゃ。ワシ程の神格ともなれば人語など容易たやすいもの」


「当然ではなくない……?」


神様の世界では当たり前なのか?

事ここに及んでは、いちいちビックリしていたらキリがないのかもしれない。


「しかし響よ、初陣にしては上出来じゃったな。普段の稽古の成果が出ているようじゃ」


韴霊剣といえば、日本神話上、武御雷神の佩剣とされているものだ。

そしてそれは、稽古でお世話になっている神社に祀られている。


「えー、じゃあ、いつも見られてたってこと?」


「うむ、武御雷様と共にいつも見ておったぞ」

「先にあった祭事の演武も見事なものじゃった。その若さでよくやっておる」


たしかに今年から、武御雷様に奉納する剣舞を任せてもらっていた。


……だけど多分、こと化け物相手に関してはVRゲームをやり込んだお陰だろうな。

言わないけど。


それにしても……


「本当に神様って居たんだなぁ、すげえなぁ」


「フフッ、そうじゃろう。敬うがよいぞ」


なんか調子がいいぞ、こいつ。


「それじゃあ、武御雷様ともう一度話せたりする?」


「我が主は元の世界に留まられておる。ここでお言葉を頂くことは無理じゃな」


「そうかぁ……」


「コラ、ワシが居るじゃろう。露骨に残念がるんじゃない」


本当に武御雷様だと知っていたら、もうちょっと色々話したかったな。

でも自分を選んでくれた事を思うと、少し誇らしい気持ちにもなる。


ともあれ。


「なぁここって、本当に異世界なわけ?」


「左様。先ほどの怪物が恐らく、“魔”なのであろうな」


魔、ね……

姿かたちをハッキリと見たわけじゃないが、たしかに普通じゃない異様な気配を持っていた。


「武御雷様は、この世界のどこかに姉貴がいるって、そう言ってるんだよな?」


「左様。おぬしが、この世界に蔓延はびこる魔を討ち祓う先で……」

「姉君を取り戻す道に繋がっていると、我が主はお考えのようじゃ」


「そっか」


これだけ現実離れしたことが起きれば、疑う余地はないんだけど。

現実なんだと認めたことで、今更ながら実感が湧いてくる。


本当に姉貴を取り戻せるのかもしれない。


姉貴がいなくなってから、ギターに向き合う事ができなくなって……

何となく手持ち無沙汰で、近所で習える剣術を始めた、ただそれだけだったけど。


こんな道に繋がっていたなんて。


異世界。

姉貴は今、どこで何をしているんだろう。

ただただ、生きていてほしい。


夜が明けたら、きっと俺の人生は一変している。

姉貴を救うためなら、どんな道だって踏み越えてやる――

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