第3話

年頃の乙女である。結婚適齢期でもある。

 店主達は、そろそろ良い相手はいないのか、むしろ誰か貰ってやってくれ、気立てはいい子なんだ、たまに変な独り言は溢すけど、と近所やお客に面白おかしく言ってみせる。が、わりと本気であるのはリリアナしか気付いていない。


 酒場で、多種多様な男たちが毎日やってくる、出会いの場所としては恐ろしいほどのチャンスに恵まれているというのに、今まで一度も浮いた話にならなかった。


 愛嬌のある顔なのだが、無造作に結われたおさげと細い身体が、真面目にクルクルと飛び回って配膳しているので、皆和やかにそれを我が子、もしくは孫を見るような感じで見守る心理になるらしい。


 今夜もいつもと変わらず、夕食と酒を楽しみにきた仕事終わりの街の男や騎士にあふれた店内を、リリアナはせわしなく飛び回って配膳したり、足を止めて客の会話に程よく参加したりしていた。


「リリアナちゃん」


 呼ばれて振り返ると、常連客のひとりが手招きしていた。


「あ、ニコーロさんお疲れ様」


 彼は城勤めの騎士で、仕事終わりによくここを利用してくれる。感じもよくて紳士で、中年だがハキハキしていて、リリアナの中ではアリなのだ。だが残念なことに既婚者である。


「リリアナちゃん、この間、店主にも話したところなんだけどね。本人がオッケーならいいって言ってもらえてね」


 まさか、プロポーズだろうか。いや、既婚者。え、離婚したのだろうか。

 そう、深読みを楽しむ前にサクッと言われた。


「城内で、働いてみない?」

「……ん? え、ジョウナイって、城? え?」


 突拍子もない単語と動詞に、まん丸な瞳をニコーロに向けるが、彼はウンウンとにこやかに頷き返す。


「とある部署で真面目に働く女性を探しててね。なかなか適任がいないらしくって。難しい仕事らしいんだけど。リリアナちゃんがパッと浮かんでさ、推薦しといたんだ。他にも沢山の候補があったみたいだけど、リリアナちゃんには僕以外からの推薦も多数あってね。そしたら今日、採用ほぼ決定って言われたんだ」

「な、な、なんですかそりゃ!」


 ニコーロさんは楽観的な人なのだろうか、と疑うほどザックリした内容に、余計に頭がこんがらがってきていた。


「部署ってなんですか? それよりも、私みたいなド平民が、そんな簡単に城内で採用されて、いいんですか?」

「うーん、その辺の詳しいことは、僕にはわからないから、直接聞いてみて。あ、すごい給料いいらしいよ」


 すごく給料がいいのはすごく心惹かれるのだが、適任がなかなか城内で見つからない難しい仕事、というのが大変引っかかるところである。


「せっかくなんだから、行っておいでよ」


 揚げ物をこんもり盛った大皿を運びながら、通りすがりにカーラは口をはさんだ。

「城なんて、一生入れないところだよ。こんなチャンスないさねえ」

「まー、そーだけど。仕事内容が」

「行って見学して、聞いて駄目だったら見学して帰ってくればいいさ」

「見学がメインなのか」

「あとついでに、結婚相手も探しておいで」

「無茶な!」


 周囲のお客もまじって、カーラの笑い声は合唱のように店内を震わせた。


 この場にいる誰もが、リリアナ本人ですらまったく想像すらしていない。

 のちに彼女が、城内で本当に結婚相手を見つけてくるなんて。

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