第九話 かくしごと

「雪也さん……?」


 病院の屋上、なぜかここにいる美鈴は雪也の名前を呼ぶ。

 

 美鈴は病衣を着ていて、雪也は受け入れるのに少々時間がかかった。

 プレゼントを一緒に選びに行って以降、連絡がつかなかった美鈴が患者の格好で病院にいるのだ。

 

 学校も一週間くらい来ていない理由は病気、なのだろうか。


「天春だよな……なんでここに……」

「それはこっちのセリフですよ。できれば雪也さんには……こんな姿見せたくなかったんですけどね」


 側にいた雪乃は「お姉ちゃんだ!」と美鈴の方へ走って、抱きついた。

 そんな雪乃の頭を美鈴は優しく撫でる。


「一週間も学校来てなかったよな。病気か?」

「ええ、家で倒れそうになっちゃって」

「重い病気……なのか?」

「……いえ、心配なさらなくて大丈夫ですよ。たしかに病気ですけど体調も良くなってきてるのでもうすぐ退院できるかと」


 美鈴は愛想笑いをして雪也に笑顔を向ける。

 ただ、心配するのが普通だろう。

 連絡もつかず、入院するほどの病気だったということだ。


「そりゃあ心配するだろ、メール送っても返信どころか既読もつかないし」

「それは……ごめんなさい。返信する暇がなかったので」

「いつから入院してるんだ?」

「クリスマスの日くらいからです、年越しもクリスマスも病室ですよ。参っちゃいます」


 美鈴の顔色は前と同じくらいか、前より少し明るい。

 ということは美鈴の言うとおりもう治りかけているのだろうか。

 

 雪也の心配も徐々に薄くなっていく。


 それにしても不運なものだ。

 帰省すると言っていたのに病で倒れて冬休みは大半病院。


「お姉ちゃん大丈夫なの……?」

「うん、大丈夫、また遊ぼうね」


 美鈴と話したいことはかなりある。

 けれど今は熱がある雪乃を家に連れて行かなければならない。


「雪乃、そろそろ行くぞ。そんなにくっついて風邪うつしたらダメだろ」

「うん、わかった。お姉ちゃんばいばい」


 雪乃は美鈴から離れて雪也の方に戻った。

 

 今度は見舞いにでも行かせてもらおう。


「明日、日曜日だし見舞い行っていいか?」

「いらないですよ。そこまで大きな病気でもないですし」

「……プレゼントで喜ぶ雪乃が見たくないと」

「っ……そ、それは見たいのでメールで送っといてください」

「嫌だな、俺のメールを未読無視したからメールでは送らない」

「……わかりました、いいですよ。この棟の三◯五号室です。時間はいつでも大丈夫ですから」


 美鈴は渋々自身の病室を教える。

 

 そうして雪也は雪乃を連れて自身の家に戻った。


 ***


「……どうも、本当に来たんですね」


 日曜日の午前中、雪也は美鈴の病室へ足を運んでいた。


 無論、美鈴の様子を見に行くためで暇だったからだ。


 病室は個室で誰もいなかった。

 

 加えて美鈴の状態を誰も知らなかったので、おそらく家族以外に見舞いに来ている人はいない。

 それは寂しいだろうな、と思った雪也の余計なお世話でもある。


「当たり前だろ、まず雪乃の動画見たいって言ったの天春だし」

「それもそうですね」

「お見舞いって何持ってたらいいかとかわからなかったから、適当にりんご持ってきたんだけど食べるか?」

「ベタですね、もらいます」

「どうぞ、コンビニで買ってきたカットりんご」

「ありがとうございます」


 美鈴は雪也が渡したカットリンゴを「いただきます」と言って早速食べ始めた。

 リンゴを食べつつ、美鈴はクリスマスの時の雪乃の動画を欲する。


「早く雪乃ちゃんの動画見せてくださいよ」

「わかった……えーっと、これだな」


 雪也は動画を再生して美鈴にスマホを渡す。

 

 動画の内容は雪乃が美鈴からのプレゼントをもらって喜んでいるところと、感謝を伝えているものだ。


 再生し終わったところで、美鈴が雪也にスマホを返す。


「ありがとうございます。雪乃さんの笑顔が見れてよかったです」

「改めて雪乃のプレゼント、ありがとな」

「感謝される筋合いはないんですけどね、雪也さんに」

「雪乃の兄としての感謝だよ、誰々がいつもお世話になっておりますっていうだろ」

「それもそうですね」


 美鈴は少し冷たい言葉を雪也に投げかける。

 

 いつも思うがどう反応すればいいかわからない。

 たまにネタなのか本音なのかわからないことがあるので困る。


「もう帰っていただいて結構ですよ。雪乃ちゃんの動画も見れましたし」

「……ちょっとひどくない?」

「私としては雪乃ちゃんの動画が見れたので目的達成です」


 美鈴はそうキッパリと言い切る。

 別にいいのだが少々心にくるものがある。


「明日からは来ないでください、少々忙しいので」

「……それもそうだな、わかった」


 雪也は荷物を持って、帰ることにした。

 美鈴の言う通りでもある。

 友人でもない人物が頻繁に来られたって嬉しくはないだろう。

 

 相手も相手で治療やリハビリで忙しいかもしれない。

 にも関わらず毎日見舞いに来ては迷惑というもの。


「退院したらまた雪乃と遊んでやってくれ。遊びたがってる」

「……もちろんです」

「じゃあお大事に」

「……ええ、さようなら」


 雪也は美鈴の病室から出る。

 そしてドアを閉めた後、小さくため息をついた。


 今日の美鈴は少し冷たかった。

 お見舞いに行くなどお節介が過ぎただろうか。


 美鈴との距離の取り方がわからない。

 一緒に出掛けたから少しは距離が縮まったと勘違いしていた。

 

 ただ、美鈴的にはそうは思っていない。


 雪也はあくまでも雪乃の兄でそれ以上でも以下でもない。


 美鈴とどうしてこうも友人になりたいと思ってしまうのだろう。

 雪乃と遊んでいるときのあの純粋な笑顔に惹かれたからだろうか。

 

 けれど美鈴が距離を近づけたくない、そう思う以上はこれ以上余計なことはしないほうがいい。


「……帰るか」


 雪也は考え事をしながら病棟内を歩いていく。


 しかし「美鈴ちゃんが……」と話す人の声が雪也の足を止めた。


 その声は子どもたちが遊ぶ部屋であるキッズルームの近くから聞こえてきていた。


 立ち止まり、雪也はその会話に耳を傾ける。


「本当にね、かわいそうにね。あの年で重い病気かかって」

「うちの息子、先週手術だったんだけどね。手術前泣いてたんだけど慰めてくれて……本当に優しい子」

「美鈴ちゃんも来週手術だったわよね。手術、上手くいくといいんだけどね」

「本当にね。美鈴ちゃんは簡単な手術らしいから心配なさらずって言ってたんだけど……実は私、お医者さんと美鈴ちゃんの会話聞いちゃって。上手くいくかわからない難しい手術だって」

「そう……美鈴ちゃんが苦労してるっていうのに、両親は……」


 雪也は全ての会話は聞かずにそこから去った。

 そしてすぐに美鈴の病室に戻ろうとする。


 嫌な単語が頭の中をよぎったからだ。


「はい、これ、どうぞ、手紙!」

「ふっちゃん、ありがとう、嬉しい!」

「か、帰って開けろよな」


 ただ、そんな会話が聞こえてきて、雪也はまた止まった。

 

 声のする方を見てみれば病室の前で年長くらいの男児が同じくらいの女児に手紙をあげていた。

 女児の方は退院するようで親同士で話し合っている。


 そんな光景からふと、デパートに行った時の帰りのことを思い出す。


 ***


「手紙? 何の手紙?」

「それ、預かっておいてください。見たらダメです」

「あ、見たらダメなんだ」

「年明け、私が学校にいたら返してください。それまでに見たら何でも一つ言うこと聞いてもらいます」

「わかった、見ないよ。預かる意味がわからないけど」

「でも......例えばの話ですが、年明けに私が死んでたら見ていいですよ」

「何だそれ」


 ***


「あの手紙……」


 美鈴はなぜかわからないが嘘をついている。

 その真実があの手紙に書かれているとしたら。


 雪也は踵を返して急いで家へと戻った。

 

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