第八話 病院で会った天使様

「おい、雪也、話聞いてるか?」


 昼休み、ぼーっと考え事をしていると透に現実世界に引き戻される。


 冬休みもあっという間に終えて、三学期に入った。

 三学期に入って一週間、特に何も変わらない日々が続いたのだが引っかかることがある。

 

 美鈴となぜか連絡がつかないということだ。

 

 新年を迎えたので『あけましておめでとう』とメールで送っても未読。

 帰省していただけかと思い、休み明けの日に『今日妹が天春と遊びたいらしいから遊べる?』と送っても未読。


 ただ見ていないだけということは考えにくい。

 携帯を買い換えたのだろうか。

 

「え? ああ、悪い、聞いてなかった」

「今日のお前、ぼーっとしすぎじゃね?」

「妹が風邪ひき始めたからな。不安にもなる」

「結構寒いからなあ。熱出たのか?」

「いや、軽く咳き込んでるだけ」

「それぐらいなら別に大丈夫だろ。ぼーっとするほど不安にならなくても」


 雪也は透と駄弁っていると、時計の時間が目に入る。

 すると昼休みも終わりかけで五分後にはチャイムがなろうとしていた。


 連絡取れないのも不安だし、そろそろ美鈴に直接話しかけに行った方がいい。


 そう思い、雪也は席から立ち上がる。


「どうした? トイレならついてくぞー」

「ちょっと他クラス行ってくる。用事ある人いるから」

「おう、わかった」


 雪也はそうして教室を離れて、美鈴のいる教室まで向かう。

 

 正直、美鈴のいるクラスには足を踏み入れたくなかった。

 整った容姿をしている美鈴は天使様と呼ばれるくらいには人気だ。

 故に美鈴が雪也と話しているところを他の人に見られればお互いに損しかない。


 変に美鈴にあだ名をつけるくらいなのだから根も葉もない噂を流されるのがオチだ。


 とはいえ用があるから話しかけているだけ。

 一度くらい会話をしてもそれほど影響はないはずだ。


 クラスの前に着くと、雪也はクラス内をドアの入り口から覗く。

 しかしクラス内に美鈴の姿は見当たらなあかった。


「どうしたの? 見ない顔だけど誰か探してるの?」


 雪也がクラス内を再度見渡していると、後ろから声をかけられる。

 振り向けば、雪也に話しかけた人物は王子様こと雅之だった。


 そういえば美鈴と同じクラスだ。


「天春探してるんだけど……いる?」

「今日はいないよ。休み明けてから一回も来てないね」

「休み明けて一回も? ……ってことは一週間ずっと休みか」

「何か天春さんに用事? よければ伝えておくよ」


 雅之はニコッと微笑む。

 王子様という名前だけあって笑顔がとても眩しい。

 物腰が柔らかい上に雰囲気も穏やかだ。


「いや、大丈夫……」

「雅之! ドアの前で突っ立ってどうしたの……って、ああ、ごめん、お話中だった?」


 雪也が感謝の言葉を述べて、立ち去ろうとした時、明るい声が雅之に話しかける。

 雅之の隣に来たのは学年のアイドルこと唯香だった。


 やはりテンションが高い人物のようだ。

 ずっとニコニコとしている。


「って君、見ない顔だけど……まさくんの友達?」

「ううん、けど天春さんに用事があるみたいだったから」

「そうなの? でも美鈴はいないよー」

「わかった、ありがとう」

「って美鈴に用事……もしかして美鈴に気がある人?」

「いや、そういうわけでは……」

「やめた方がいいよー。美鈴ガード硬いから狙うなら接点持ってからじゃないと! しかも一回警戒されたら……」

「だ、大丈夫だ、別に天春に気があるわけじゃない。単に用事があってきただけだ」

「そうなの? 何か早とちりしちゃった、ごめんねー。美鈴、モテるからまたそういう人なのかなって思って」


 ずっと明るく喋ってくる唯香に対して、雪也は少々ついていけない。

 雪也とはまるで性格が違う。


 ただ、唯香もまた、その喋り方や口調、雰囲気から良い人であるとわかる。


 王子様とアイドルの二人、随分と似合っている。

 

 前に美鈴の言った「友達でいることすら邪魔」という言葉。

 話してみてわかったが二人は間違いなく性格がいい。


 だから余計に胸が痛くなるのだ。

 

 美鈴の言った通り、ただただ諦めて二人の恋の行方を応援することしかできない。

 そのまま美鈴は自分の気持ちを隠して、静かに恋を終えるだけ。


「天春がいないなら仕方ないな。教えてくれてありがとう」

「あ、ちょっと待って、君の名前だけ教えてくれたら天春さんが学校来た時に言っておくよ」

「広谷 雪也だ」

「わかった、じゃあ学校来た時に言っておくね」

「ありがとう」


 雪也はそうして美鈴の教室を去った。


 しかし一週間も来ていないとは、一体どうしたのだろうか。

 風邪でもかかったのか、怪我でもしたのか。

 何にせよ心配はする。


 結局美鈴と話せないまま、教室に戻った頃には昼休み終了の予鈴が鳴り響いていた。


 ***


「雪乃、本当に熱あるのか?」


 土曜日の午前、雪也は雪乃と市民病院へと足を運んでいた。

 雪乃がとうとう熱を出してし待ったからである。


 ただ、なぜか当の本人は朝と打って変わってピンピンとしている。


「ほら、熱あります」

「三十八度三分……がっつり熱あるな。頭は痛い?」

「うーん、ちょっと痛いかも」

「咳、痰……そういえば昨日咳酷かったのに今何もないよな。でも一応、書いとくか」


 雪也は渡された問診票を書いていく。

 

 熱であるにも関わらず、雪乃は元気だ。

 病院に来るまでもなかった気もするが、子供なので何があるかわからない。


 けれどさほど心配はする必要ないだろう。


「……うーん、ただの風邪ですね。解熱鎮痛剤出しておきますから体を温めて安静にしてください」


 医者に診てもらった結果、案の定ただの風邪だったらしい。

 元気でも当分は熱が収まるまで安静にさせるようにとのことだ。


「よかったな、ただの風邪だって」

「もう帰れる?」

「ああ、家帰って薬飲んで安静にするんだぞ」

「えー、遊びたいー」


 熱なのによく動けるものだ。

 やがてエレベーターがやってきて一階に降りようとする。

 しかし雪乃がエレベーターの五階を指差した。


「お兄ちゃん、屋上だって! 外だって! 行きたい行きたい!」

「雪乃、風邪だろ? 移したらどうするんだ?」

「でも行きたいのです!」


 雪乃とそんなやり取りをしていると、エレベーターは一階に着く。

 流石にやめた方がいいと思い、雪也が「行くぞ」と言っても雪乃は降りようとしない。


「嫌だ、屋上行くの!」

「……咳してないし、ちょっとだけならいいか」


 雪乃は咳もしてない上、マスクをしている。

 さらに屋外なので人に過度に接触させなければ大丈夫だろう。


 それにしても屋上があるとは思っていなかった。

 入院している患者の気晴らしスペースといったような場所だろうか。


「こんなところあるんだな」

「お兄ちゃん、喉乾いたから後でジュース欲しいのです」

「ジュースはちょっとやめておこうな。喉乾いたなら温かいお茶とか買ってあげるから」


 五階は思ったよりもしっかりとした施設で、中と外で別れた構造になっていた。

 中は自販機や椅子はもちろん、子供が遊ぶ場所やテレビもある。

 休憩スペースといった様子でくつろいだり、談笑したりできるらしい。


 一方で、外の様子は全面が窓なので中から見ることができる。

 

 外には様々な色や形をした花が植えられており、外の空気をその中で堪能できる様子だった。

 無論、柵とフェンスで二重になっていて安全面も気にしなくていい。


 何人かの職員も外にある喫煙スペースの方でタバコを吸って休憩していた。


「外行ってみたいのです」

「そうだな、街の眺めとか綺麗そうだ」


 雪也は中からドアを開けて、屋上へと出る。

 ドアを開けた途端に冷たい空気が二人に吹きかける。


「この時期だとちょっと寒いな」

「うわあ、お花綺麗……見てみて、チューリップもある!」

「本当だな、いいところだ」


 この場所にいると自然と落ち着く。

 メンタルケアにはとてもいい場所になっている。


 雪也は外の雰囲気を実感したところで、眺めはどうなのだろうかと柵に近づく。

 

 ただ、柵に手を置いて眺めを見ている既視感のある背中が雪也の足を止める。


「……流石にそんなはずないよな」

「お兄ちゃん?」

「あ、別になんでもない」


 雪也が人違いだろうと足を動かした時だった。

 その人物は大きな風が吹くと同時に、柵から手を離して後ろを振り向いた。


 彼女を先ほどから見ていた雪也は目が合ってしまう。


「雪也さん……?」


 そう雪也の名前を呼ぶ彼女の正体は美鈴だった。

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