第七話 メリークリスマス
「雪乃ちゃんってどういう物が好みなんですか?」
美鈴はデパート内を歩きながらそんなことを聞く。
午後二時ごろ、雪也と美鈴は隣市の大きなデパートにまで来ていた。
クリスマスイブの前日ということもあり、中は飾りが豪華でクリスマス仕様だ。
ただ、人の数は平日だからかそこまで多いというわけでもない。
「うーん、動物系の小物とかグッズ系は好きだな」
「おもちゃとかは使うんですか?」
「使わないな。多分、天春が雪乃と遊ぶ時も砂遊びとかおままごとだろ?」
「たしかにそうですね。おもちゃで遊んでいるところは見たことないです」
雪乃は基本的におもちゃを欲しがらない。
外で遊ぶのが好きで中で遊んでも大抵動かせられる。
ただ、可愛いものは積極的に集めているようで動物も好きだ。
「……悩みますね、プレゼント。雪也さんは何をあげるんですか?」
「俺はウサギ柄の手袋。手見てると寒そうなんだよな」
「いいですね、手袋ですか」
美鈴は「うーん」と深く考えて悩んでいる。
それだけ雪乃に喜んでもらえるようなプレゼントをあげたいのだろう。
兄としては嬉しい限りである。
「この階は結構、店揃ってるし、とりあえず見てたら何かあるんじゃないか?」
「それもそうですね」
雪也は美鈴の買い物にしばらく付き合った。
気になる店があったらそこに入って、ある程度見たら次の店に行く。
道中、期末テストの結果の話だったり、冬休みの話などの他愛もない会話もしていた。
そんな美鈴と過ごす時間は不思議なくらい時間が経つのが早く感じた。
「そろそろ来て一時間ですか……なかなか良いものが見つからないです」
「美鈴がくれるとは思ってないだろうし、あげるだけで喜ぶとは思うけどな」
「だからもっと喜ばせたいんですよ」
二人でそんな会話をしていると、美鈴は急に歩く足を止めた。
そして本屋の方を見つめる。
「絵本とかって読みますか?」
「ああ、結構読むぞ」
「じゃあ絵本とかでもいいと思いますか?」
「いいと思うぞ。絵本だったら物語系がいい」
「わかりました、ではこの本屋に行きましょう」
二人は本屋に入るとすぐに絵本コーナーに直行する。
絵本コーナーではいくつか持っている絵本もあるので、被りに気をつけなければならない。
「クリスマス関係の本の方がいいのかな……」
美鈴はボソッと呟きつつ、絵本を見ている。
ふと、そんな美鈴の真剣に考えている姿を見て、美鈴へのプレゼントはどうしようかと考える。
そもそも渡した方がいいのだろうか。
おそらく美鈴は雪也へのプレゼントは用意していない。
だから渡せば相手も返さなければならない流れになってしまう。
美鈴の性格なら尚更だろう。
渡して気まずくなるくらいなら最初から渡さなければいい。
しかし雪乃へのプレゼントに対して真剣に悩んでくれているのに、こちらが渡さないのも気が引ける。
「この中だと、これと……それとそれが持ってる本だな」
「そっか、すでに持ってる本もありますもんね」
「ああ、だから買う前に教えてくれ。俺はちょっと別のところ見てくるから。すぐ戻ってくるけど」
「わかりました。決めながら待ってますね」
雪也は何を買うか決めた後、本屋を抜け出した。
それほど価値のあるものを渡すつもりはない。
相手がお返しをしようと思っても、価値の軽いものであればその必要もない。
とはいえプレゼントに相応しい何気に使えるものを渡しておきたい。
ならハンドクリームがちょうどいいだろう。
手が乾燥しやすい今の時期にはぴったりのアイテムだ。
近くの店に行き、香りを選んだ後、雪也はその商品を買った。
無論、プレゼント包装もしてもらい、準備完了だ。
「お待たせ、決まった?」
「はい、決まりました。この絵本にしようかなと思います」
美鈴は選んだ絵本を手に取って、雪也に見せる。
どんな物語かはわからないが、動物がメインの本のようで雪乃が好きそうな絵本だ。
「ちょっと見てもいいか?」
「はい、どうぞ」
雪也は美鈴から絵本を受け取って、パラパラとページを捲る。
大雑把だが内容を見る限り、やはり雪乃の好きそうな絵本である。
「いいと思う。この本持ってないしな」
「ではこれを買うことにします」
そうして無事に絵本も買い終えて、時刻は十六時過ぎ。
時間もちょうど良かったので二人は電車で家にまで戻る。
駅からは美鈴の家までの距離がそう長くなかったので、雪也はそのまま美鈴をマンションまで送った。
気づけば十七時になっていて、日は落ち始めていた。
「今日はありがとうございます。いいプレゼントが選べました」
「こちらこそ、久々に外出して楽しかった......ちなみにプレゼントはいつ渡すんだ?」
「そのことなんですが、その……このクリスマスプレゼント、雪乃ちゃんに届けてくれませんか?」
「……直接渡さないのか? 反応も見たいだろ?」
「明日から……実家に帰るんですよ。一人暮らしなのでみんなで……過ごそうって言われて。休み明けに直接渡してもいいんですが季節違いでしょう?」
美鈴は苦笑しながらそう話す。
直接渡したいのは山々なのだろうがそれなら仕方ない。
「じゃあわかった。俺から渡しとく。もらった時の反応、動画で撮って送った方がいいよな?」
「はい、そうしてもらえると助かります」
雪也は美鈴から買った絵本を受け取る。
それを包装を傷つけないよう慎重に自身のバッグにしまった。
「じゃあそろそろ帰るから。一日早いけどメリークリスマス」
雪也は美鈴にバッグから取り出したプレゼントをさっと渡す。
そして流れでそのまま踵を返した。
丁寧にプレゼントを渡すのには羞恥があった。
さらにまじまじと渡せばこちらが一方的に渡しているだけになり、相手側としても気まずい。
故に帰り際に自然な流れで渡してそのまま帰ることにした。
それであれば気まずくもならない上に羞恥もない。
ただ、美鈴は背を向けたそんな雪也の服の裾を引っ張って動きを止めた。
「あの、待ってください。プレゼントの置き逃げしないでくださいよ」
「置き逃げって......」
雪也は後ろを向いて美鈴の方を見た。
ただ、予想とは反対の出来事が視界に入ってしまう。
後ろを向くと、美鈴がプレゼント用の袋を持って立っていた。
「どうぞ、私からもクリスマスプレゼントです、メリークリスマス」
美鈴はそう言ってニコッと笑った。
今まで雪也に見せたことのない純粋な笑顔だった。
まさかクリスマスプレゼントを貰えるとは思わず、雪也は少し固まってしまう。
「いいの? もらって」
「もちろんですよ、雪也さんのために買いましたから。日頃のお礼も兼ねてです。帰ってから開けてください。」
「......ありがとう。まさかもらえると思ってなかった」
「これも......受け取ってください」
美鈴はバッグから手紙のようなものを取り出す。
それを受け取ったが、やはりどう見ても手紙である。
「手紙? 何の手紙?」
「それ、預かっておいてください。見たらダメです」
「あ、見たらダメなんだ」
「年明け、私が学校にいたら返してください。それまでに見たら何でも一つ言うこと聞いてもらいます」
「わかった、見ないよ。預かる意味がわからないけど」
「でも......例えばの話ですが、年明けに私が死んでたら見ていいですよ」
「何だそれ」
美鈴らしくない冗談だ。
これを預かる意味があるのかわからないが、とりあえず預かっておこう。
雪也は手紙を折れないように丁寧にバッグにしまった。
「じゃあまた三学期。休み明け、よかったら雪乃とまた遊んでやってくれ」
「......ええ、さようなら」
美鈴はまた微笑んだ。
しかしその笑顔にどこか元気がない様子だった。
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