第六話 プレゼント選び
「お兄ちゃん、だらだらしてないで何かしろって朝にお母さんが言ってたのです!」
平日の午後、昼食も食べ終えてリビングでだらけていると、妹にそんなことを言われる。
期末テストが終わって、念願の冬休み、雪也はまだ特に何もしていない。
課題すらする気が起きず、昨日から休みになった保育所の妹の面倒を見ている。
母はまだ仕事で、仕事が休みの祖父母も腰を痛めているので雪也しか妹と遊べないのである。
「だから私と遊んで欲しいのです!」
「ちょっと疲れたから休憩……眠い」
「えー、お兄ちゃんと遊びたいー!」
「わかったわかった、じゃあちょっとだけな」
「やったー!」
雪也は動く気が起きなかったが、雪乃に半強制的に遊びに付き合わされる。
しかしテンションの高い雪乃と遊ぶこと三十分、雪乃は寝落ちしてしまった。
昼食後で眠気が襲ってきたのだろう。
ソファに妹を寝かせて、雪也はリビングのテレビをつけた。
冬休みに入って、こんな日々が続いている。
クリスマスは透と永戸の三人で遊ぶつもりだが、それ以外はこのままだらけた冬休みを送ることになるだろう。
「なあ雪也、ちょっとは体を動かしてきたらどうだ? 若いうちに鍛えておかないとおじいちゃんみたいになるぞ」
「わかってるんだけど、体が動かない。外寒いし」
「はは、軟弱者め。気持ちはわかるがな」
朝からずっと家にいる祖父は豪快に笑うと、机に置いてあった酒を飲み干す。
昼から酒とはどれだけ酒好きなんだ、この人は。
「雪也、お前彼女おらんのだろう? このひ弱め。だから己を鍛える必要があるんだ」
「あなた、別にいいじゃないですか。冬休みくらいだらけてしまうものですよ」
祖父は椅子から立ち上がると雪也の背中を何回か叩く。
母には祖父の面影が強く、祖母の面影はあまりない。
どちらかと言うと母は祖父の遺伝子の方が引き継いでいる気がする。
酔うと調子乗って豪快になる上に割と大胆な性格をしている。
そう考えると、ふと美鈴に言われたことが思い出される。
「……母さん譲りってわけか」
もし雪也の性格が母譲りになっているなら嬉しい。
雪也は昔のことを思い浮かべる。
母と父が食卓を共にしていた頃のことだ。
けれどやはり嫌な記憶しか蘇らない。
だから父の性格と似なくてよかったと安堵している。
父は厳格な人で昔から教育熱心だった。
だからずっと勉強を強制されてきて、そうして生きてきた。
勉強は雪也にとって父とのトラウマでもある。
「それに運動でなくてもいい。学生なのだから勉強も……」
「勉強……そうだよな、いつまで引きずってんだか」
「雪也? どうした?」
「何でもない。ちょっと出かけてくる。雪乃見といて」
「あ、ああ、わかったぞ」
雪也は財布を持って、家ばかりいてもと気分転換に外に出た。
これ以上、祖父の言葉を聞きたくなかったというのもある。
母は事情を重々わかっているから雪也に勉強しろと強制はしない。
課題は終わったのか聞いてくる程度。
しかし母と父が別れた直接的な原因しか知らない祖父母はそうもいかない。
勉強しろとたまに口出してくる。
事実、勉強は大切なので自主的には勉強する。
けれど父のおかげで些細な言葉が引き金になる。
「……なんであいつのせいでこんなに苦しまなきゃいけねえんだよ」
今の雪也はまだ一つ一つの父の言動がトラウマになっている。
勉強しろと強制されそうになるだけであの頃の記憶が掘り起こされる。
昔から強制されて生きてきたから自分から必死になれることを見つけられない。
見つけられないから過去に縛られてしまうのだろう。
父から散々言われた「お前の存在意義は勉強だけ」という言葉。
その言葉を真っ向から否定したい。
けれど強制されることで必死になっていた自分の存在意義を見つけるのは不可能に等しかった。
「あの、雪也さん、どうされました?」
「え? あ、天春?」
雪也が公園のベンチに座って黄昏ていると、まさかの美鈴に話しかけられる。
この状況にどこか既視感を覚える。
あの時とは完全に立場が逆だが、美鈴と接点を持ったのはここだ。
「気分がすぐれないんですか?」
「い、いや、そういう訳ではない。ずっと家だったから気分転換に外へ行こうかと思っただけだ」
「冬休みと言ってもいざ始まると暇ですよね」
美鈴は「隣失礼します」と一言添えて、雪也の隣に座る。
私服でおしゃれをしている様子なので、どこか出かけていたのだろうか。
「天春、どっか行ってたのか?」
「いえ、行く途中でした」
「なるほど、ちなみにどこへ?」
「……えーっと、雪也さんの家です」
美鈴は目を逸らしながら恥ずかしそうに言う。
特に連絡もなかったので雪也も少々驚く。
「雪也さんにそもそも用事があったので」
「俺に用事?」
「はい……その、もうすぐ……っていうか明後日クリスマスじゃないですか。だから最後に雪也さんに……」
美鈴はそう言ったところで、言葉を止める。
なぜか美鈴の顔は段々と赤くなっていき、両手の拳をキュッと握った。
言った箇所だけ切り取れば、まるで別れのセリフのようだなと思ってしまう。
無論、そんな可能性はないだろうが、そう聞こえる。
「いえ……雪也さんに雪乃ちゃんの好きそうなプレゼント教えて欲しいなって」
「あー、別にわざわざいいのに」
「私が渡したいだけですから。な、なので今からデパートについてきてくれませんか?」
クリスマスイブの前日のこと、雪也は女子にデートに誘われた。
さらにその相手は美鈴だった。
雪乃へのプレゼント選びについて行くだけで、デートでは決してないのはわかっている。
しかしそもそも一定の好感度がなければ誘われないのも事実。
つまりある程度認められたということだろうか。
「いいよ、別に暇だし、雪乃へのプレゼント選びってことなら喜んで付き合う」
雪也は二つ返事で了承した。
なるべく平然を装っているつもりだった。
けれど喜びが隠しきれない自分がいた。
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