第十話 手紙
雪也さんへ
これを読んでいるということは手術がうまくいかず、私はもうこの世にいないということです。
雪也さんのことですので私が生きている間に読んだ、なんてことはないでしょう。
最初に、今まで病気のことを黙っててごめんなさい。
私は一年前から難病を患っていて生きるので精一杯でした。
最初は実感なんてなかったのですが、段々と悪化して半年後にはこのまま行けば余命半年。
そう宣告されてしまいました。
ただ、心配をかけたくなかったから言いませんでした。
友達になりたい、そう言ってくれたのに断ってごめんなさい。
でもとても嬉しかったです。
嫌いだから断ったとかそんな理由ではないです。
私も本当は雪也さんとは友達になりたかった。
けれど友達になって早々にその友達が死んだら悲しいでしょう?
雪也さんが泣いている私にハンカチを貸してくれてからの私の人生は色がついていました。
それまで絶望しかなくて、いっそのこと病気で死ぬ前に死んでもいい、そう思っていました。
ただ、雪也さんと出会って、雪也さんの優しさに触れて、雪乃ちゃんとも遊んで。
そんな放課後が私にとっての唯一の生き甲斐でした。
もし人生をやり直せるならもっと早くから雪也さんに出会いたい。
それで友達になって、他愛もない会話をしたり、一緒に帰って寄り道したり。
雪也さんとそんな青春が送りたかった、雪也さんのことをもっと知りたかった。
最後に、お元気で。
***
「……行きましたか」
彼が部屋を出た後、私は小さくため息をついた。
これでよかった、これでよかったんだ。
心の中でそう自分を納得させる。
ただ、いつの間にか右目から熱い雫が一滴落ちていく。
私はその涙を袖で拭って、唇を軽く噛んだ。
いつ死ぬかわからない身、だから友達などいらない。
もう高校生なのだから一人で生きて、一人で死ぬ。
そう思っていたはずなのに、彼といるともっと彼といたいと思ってしまう。
どうも調子が狂わされる。
「友達になりたい……そう言ってくれたのは雪也さんだけだったな」
来週に控えた手術、成功するかはわからない。
そして手術が成功しても今の病状が良くなるかもわからない。
ただ、手術をしなければ死期は早まる。
生きる術があるならそれに縋りたい。
けれど半ば生きることに諦めている自分がいる。
私がもし手術がうまく行って病状が良くなっても、完全には治らない。
寿命より先にいつかこの病気が悪化して死ぬ可能性が高い。
そんないつ死ぬかわからない状態で何もないような人生を生きても仕方ない。
「……このまま何も治療せずに生きればあなたは五年以内にほぼ間違いなく亡くなるでしょう。しかし早期発見ですので、薬で十分和らげることができ、治せるかもしれません」
一年前、医者にそう宣告された。
ちょうど両親に「義務教育が終わったら一人で生きろ」と突き放されて一人暮らしの準備をしていた時期だった。
学校の体育の時間中に鼓動がおかしくなったと思い、そのまま倒れた。
元々体力がなく、息切れをすぐにしてしまう私だったが倒れたのは初めてだった。
結果、心臓の病気でそこから薬での治療が始まった。
と言っても半年間は特に何もなく、体育の授業も普通に出ていた。
もしかしてもう治ったのではないのか、そう思っていたが医者に言われて薬を飲み続けていた。
「悪化していますね。薬を変えましょう」
ただ、段々と病状はひどくなり、体育すら参加できなくなった。
やがて両親に病気のことは言っていなかったが、言ったほうがいいだろうと思って実家に戻った。
流石に心配してくれるだろうか。
父と母は財閥同士の政略結婚で私は父の跡取りのために生まれた。
けれど女では跡を継げないらしく、両親からの愛を受けてこなかった。
両親も淡白とした関係で、そもそも愛を知らない。
しかし実の娘が死ぬかもしれないのだ。
少しくらい心配するような様子が見れるかもしれない。
そんなことを内心思っていた。
けれど実家に帰って、期待はことごとく打ち破られた。
「……何の用だ? 実家には帰らず一人で生きろと言っただろう。お金も十分送っている」
「あの、父様、報告に参りました」
「報告? ……いいだろう許可する。中に入りなさい」
私は通された客用の居間で病気について説明した。
父は黙って頷くだけで、何も言わなかった。
そして私が言い終えた後に言った言葉で私のことを他人と見ているのだとわかった。
「そうか、振り込むお金は増やしておく。足りなくなったらメールしろ。ただ、わざわざそんなことで報告に来るな」
「……死ぬかもしれないのですよ、実の娘が」
「だから私にどうしろと?」
「もう少し心配とかあっても! ……いえ、なんでもありません。失礼しました」
親に声を荒げたのはあれが初めてだった。
別館にいる母にも言う予定だったがどうせ同じ回答が返ってくるだけ。
私はポッカリと心に穴を開けて、その時は何も思わなかった。
しかし自分の家がもうすぐとなった時、どうしようもない涙が私に押し寄せた。
公園で泣いて、泣いて、泣いた。
彼の優しさに触れたせいで、余計に泣いた。
私の人生の中で、彼だけが私によくしてくれたと思う。
下心ありきの優しさじゃなくて、純粋な優しさからくるものだった。
心の綺麗な人だなと思って、最後に彼に会いたかった。
「どうぞ、クリスマスプレゼントです」
だからクリスマスイブの前日に彼に手紙とプレゼントを渡した。
手紙は私が高い確率で死ぬだろうと思ったから書いたものだ。
実際、自分で見ると羞恥が込み上げてくるが、ありのままの本心を綴った。
そしてこれが最後、あとは孤独に死のう。
私はそう思っていたのに、彼と病院で会ってしまった。
彼が見舞いにくると言って嬉しくなった私は病室を教えてしまった。
平気だと嘘をつくべきだった。
だから今日は冷たく彼を突き放してしまった。
これ以上深く関わったら優しい彼を傷つけてしまう。
そう思って、空回りしてしまった。
やはりコミュニケーションは苦手だ。
彼に嫌われただろうか。
けれど嫌われたなら嫌われたで、私の死で彼を傷つけることはないだろう。
「雪也……さん……」
彼のことを考えれば考えるほど胸が痛くなって、熱いものが込み上げてくる。
私はまた袖で、自身の涙を拭い始めた。
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