第二話 天使様という人間

「あ、そういえば、雅之と唯香、また週末デート行くらしいぜ」


 休み時間、次の授業の準備をしていると永戸、透の二人が雪也の席に寄ってくる。

 授業の準備をしつつ、雪也も会話に参加していく。


 ただ、会話の内容は雅之と唯香のデートの話。

 そのせいで昨日の出来事が頭によぎってしまい、会話に集中できない。


 なぜ美鈴は公園で一人泣いていたのだろう。


「まじか、もうラブラブじゃん。まだ付き合ってないんだろ?」

「そうみたいだぜ、でも流石に次のデートで告白するだろー。雅之も好きだろし、唯香のこと」

「だな、お似合いだし、出来たら推しカプだな」


 二人は笑いながらそんな会話を続けている。

 しかし雪也は二人のように笑うことができなかった。


 やはりどうしても昨日の彼女の顔が脳裏に思い浮かんでしまう。

 彼女は振られた、のだろうか。

 

「……雪也? お前なんか顔強張ってない?」

「え? ああ、すまん、ボーッとしてた」

「どうした? モテモテの雅之に嫉妬か?」

「い、いや、別にそういうわけじゃないんだが……」


 雪也は説明しようにもできずに口籠る。


 昨日のことは流石に話さない方がいいだろう。

 あまり堂々と言える内容ではない。


 それに故意ではないとはいえ、女子の涙を見てしまった。

 本人からしたら嫌悪も残っているだろう。


 もう昨日のことは頭から葬りさって忘れた方がいい。


「ちなみに美鈴って負けヒロインの天使様って呼ばれてるんだよな? ってことは告白とかしたのか?」

「え、いや、別にしてないけど。前言った通りデート現場に遭遇して諦めたってだけで」

「……なるほど」

「急にどうした? 天使様狙ってるのか?」

「そんなわけない。けど……いや、何でもない。可哀想だなと思っただけ」

「たしかになー、恋愛には酸っぱいも付きものだから仕方ないけども」


 透の言う通りである。

 誰かが報われると言うことは誰かが報われないこともある。


 とはいえ何かに必死になれるだけで雪也にとっては羨ましい。


「天使様……俺、あの人ちょっと苦手なんだよな」

「まじ? なんで?」

「みんなと一線置いてるっていうか……唯香とかはかなりフレンドリーだけど天使様は逆に人と仲良くなりたがらない感じするっていうか」

「透、天使様と話したことあるのか?」

「ちょっとだけな。けどずっと敬語だし、多分、人との関わりに一線置いてる」


 友達をそもそも作っていないらしい。

 であれば、恋愛において不利な部分は多いだろう。

 友人と協力して、などということもできない。


「噂によれば父方、母方の両方名のある家系らしいし、小さい頃から教育受けてきたんだろうな」

「高校生ながら大人びてるってわけか」

「そういうこと、だから俺は彼女にするなら唯香ちゃんみたいな明るい子がいいな。ってより唯香ちゃんがいいな。ああ、唯香ちゃん、可愛い……」

「前々から思ってたんだが透のちゃん付け、ちょっと生理的に無理だ」

「奇遇だな、雪也。俺もそう思ってた」

「たしかに、言われてみれば……唯香ちゃん可愛すぎてちょっと暴走してたわ」

「またちゃん付けしてるじゃん」


 雪也はそんなやり取りにクスッと笑ってしまう。

 

 ただ、楽しい会話は急に静まってしまった。

 

「あの、広谷雪也さんいますか?」


 雪也の名前を呼ぶ声に雪也含めて三人一斉に教室のドアの方を向く。

 そしてそこには雪也の名前を呼ぶ天使様が佇んでいた。


「えっと、広谷くんならこっちいるよ。案内しよっか?」

「ありがとうございます」


 そんな会話が聞こえてきてすぐにクラスの女子が美鈴を引き連れてくる。

 透と永戸はギョッとした顔をこちらに向けながら席から離れた。

 美鈴を連れてきたクラスの女子からも少し鋭い視線を向けられている。


「広谷さん……ですよね。ハンカチ貸してくれたの」

「あ、ああ、そうだけど……」

「洗って乾かしたので、返します。ありがとうございました」

「ちなみになんで俺ってわかったの?」

「名前が書かれていたので」

「あー、そっか」


 雪也は返さなくても良いと言った。

 

 相手からしたら名も、あの状況では顔も覚えていないので返せないだろうと思ったからだ。

 けれど見てみればハンカチの裏の白いラベルの部分に『広谷 雪也』と書かれている。

 雪也が書いた記憶はないので母が書いたのだろう。


「あ、あと......あのことは誰にも言わないでください」

「もちろんだ……その、見てごめん」

「別に謝罪の必要はないですよ。ただ、言わないでほしいだけです」

「わかった、言わない」

「よかったです。ありがとうございます」


 美鈴はペコっと頭を下げて、教室から出ていった。

 礼儀正しく、律儀な人だ。


 顔も晴れているとまではいかないが、落ち着いたのだろうか。

 ハンカチが役に立っていたのなら良かった。


 そんなことを思う暇もなく、二人が視界外にいてもわかる鋭い視線が雪也に向けられる。


「雪也? これはどういうことかお前は説明する義務があるよな?」

「やっぱりお前、失恋したばかりの天使様を……見損なったぞ」

「……何を思ってるか知らないが違う、二人の思ってるやつとは違うから」

「嘘つけ、どうせ、どしたん話聞こかってやったんやろ。白状せい!」


 誤解を解こう、そう思った矢先、授業開始の予鈴がなる。


 結局、二人には昼休みまで誤解されたままだった。

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