負けヒロインの天使様が一人泣いていたのでハンカチを貸した
テル
第一話 泣いている天使様にハンカチを貸した
「なあなあ、このクラスで一番可愛いの誰だと思う?」
放課後の帰り道、仲の良い友人二人と一緒に帰っていると一人が突然そんなことを言い出す。
クラスで可愛い子か、と
しかし可愛いと思える子が思い浮かばない。
そもそも女子との関わりが少ない。
故に可愛いと思う子がいないのではなく知らないのだ。
「やっぱり
「たしかに、今の俺の彼女にしたいランキングナンバー二だわ」
「絢瀬……な。あんまり関わりないんだよな」
「お前、俺らとしかほぼつるんでないもんな。じゃあ雪也は顔のみで可愛いと思う子とかいんの?」
「うーん、整ってるなとは思っても可愛いとはまず思ったことないな」
雪也はそもそも恋愛自体に興味がない。
あの子可愛いなとか、あの子タイプだなとかいう理由で恋愛に必死になれない。
だから整っているとは思っても可愛いとは思わない。
今は友人である
「ふーん、相変わらずだな。俺らとは大違い。雪也の恋バナとか聞いたことねえな」
「二人がいるだけで十分だしな」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、この野郎」
友人二人にいきなり肩を組まれて、体が重くなる。
そんな状況に雪也は口角を上げた。
今はやはりこの友人二人と絡むだけでいい。
別に何かに必死になろうとも思えない。
「あ、俺の彼女にしたいランキング一位だ」
他愛もない会話を続けていると、曲がり角を曲がった先で友人の一人が前を指差す。
その指の先には『学年のアイドル』こと
唯香は高一全体で一、二を争う容姿をしている。
髪はショートカットでストレート、さらさらである。
身長は平均くらいだがスタイルが良く、瞳はパッチリとしていて潤んでいる。
美しいというよりは可愛い系の女子だ。
性格も明るく、気さくで愛嬌があるので男女ともに人気者なのだ。
「なんとなくお前の好みがわかった気がする」
「でも唯香ちゃんにはいい感じの人いるからなあ。勝てねえよ、あんなの」
唯香の横にいるのは何せ『学年の王子様』こと
高身長のクール系のイケメンだ。
しかしその雰囲気からは優しさが漂っていて大勢の女子の心を射止めている。
サッカー部のエースになると期待されるくらいで運動神経もいい。
成績も優秀なので非の打ちどころのない人物だ。
「雅之か、でも雅之自身が好きじゃなかったらチャンスはある!」
「透には無理じゃね。雅之といえど唯香ちゃんのあの美貌だし唯香ちゃん自身が攻めてるし」
「だな、永戸の言う通りだ」
「おうおう、だいぶ言ってくれるな」
話も盛り上がりながら三人で歩道を並んで歩いていく。
すると雪也の横を甘い香りを残して雪也でも見覚えのある人物が通り過ぎていった。
「……ちょっと声を抑えた方が良かったかもな」
二人は元気に話していたのにも関わらず、急に気まずそうに静かになる。
なぜ急に静かになるのだろう。
先ほど通り過ぎた『学年の天使様』こと
美鈴は前にいる唯香に引けを取らない容姿をしている。
少し茶色がかった長い髪に加えて、思わず見惚れてしまう美しい瞳。
可愛い系ではなく美しい系だ。
成績優秀でかなり真面目、普段はふんわりとして穏やかな人だそうだ。
とはいえなぜか友達が少ないらしく、いつも一人でいる。
「急に黙ってどうしたんだ?」
「雪也、知らないのか? 天使様のこと」
「特に耳にはしてないが……」
「最初、雅之と天使様で仲が良くて天使様が雅之のこと好きだったらしいんだ。けど段々と雅之が唯香の方と絡むようになって……終いには一ヶ月前に天使様が雅之と唯香のデート現場に遭遇しちゃう始末」
「……何それ、辛すぎだろ」
「だから負けヒロインの天使様って呼ばれてるわけだ」
雪也は恋を経験したことがないので具体的な心情はわからない。
けれど流石にそれが辛いことは容易に想像できる。
「お前、唯香じゃなくて美鈴狙ったらいいんじゃね?」
「馬鹿野郎、流石に失恋したばかりの女子の隙を狙うほど腐ってないわ」
可哀想だとは思うが美鈴と関わりがないのでそこまでだ。
ただ、俺が美鈴の立場だったら泣くほど辛いだろうなとは思う。
そんなことを考えながら帰路についた。
***
「お兄ちゃん、自販機でジュース買いたいのです!」
夕方、雪也は保育所から帰ってきた妹である
わざわざ部屋にまで乗り込んできたので余程ジュースが欲しいらしい。
雪乃はなぜか右手を挙げてピシッとしている。
「母さん買ってくれなかったのか?」
「財布に小銭がなかったのです」
「じゃあ買いに行くか。上着着ろよ、もう外寒いぞ」
「はーい」
雪也は財布を持って外に出た。
外はもう暮れどきで妹に言っておきながら自分は半袖なので肌寒い。
財布の中は少ないが流石に妹のおねだりには負けてしまう。
妹はつたないが敬語を覚え始めているのでその成長を見守っているのだ。
「何のジュース買いたいんだ?」
「んーっとね、ブラックコーヒー!」
「お子様の雪乃には早いな。結構苦いぞ」
「えー、じゃあソーダ!」
「炭酸飲めるのか?」
「最近、飲めるようになったのです」
雪乃も来年は小学一年生、少しずつ成長している。
そんなことを考えていると、ふと公園の中から声が聞こえてくる。
「うぐっ……うっ、うう……」
耳を澄ましてみれば声的に比較的、若い女性が啜り泣いているのが聞こえる。
雪乃も気づいたらしく「どうしたのかな」と心配している。
人には人それぞれの事情がある。
気づいていないふりをしてそのまま通り過ぎよう。
「お兄ちゃん、行って慰めようよ」
「雪乃、こういうのはそっとしておくんだ」
「でも……」
「慰める必要はないし、誰だって思いっきり涙を流したい時がある。そんな時に知らない人が邪魔しちゃダメだろ?」
「……たしかに、そうかも」
「雪乃の優しさは友達が泣いている時に使うんだぞ」
「うん、わかった」
そっとしておくのが一番、頭ではわかっていた。
しかし公園の中をチラッと覗くと、そうもいかない自分がいた。
誰もいない寂しい公園の中、屋根のついたベンチに一人女子高生が佇んで啜り泣いている。
知らない女子高生というわけでもなく、彼女は天使様こと美鈴だった。
遠目で見ても顔はくしゃくしゃで袖で必死に涙を拭っている。
途端に帰りの話を思い出して胸が締め付けられる。
正直、今ここで美鈴にアクションを起こしても彼女にとって邪魔なだけ。
「お兄ちゃん……?」
「ごめん、ここで待ってて。すぐ戻るから」
頭ではわかっていた、けれど放っておくことができなかった。
なぜ一人、こんなところで泣いているのだろうか。
疑問に思うところはある。
しかしそんな理由など気にならないほど彼女の姿はあまりに寂しすぎた。
雪也はポケットから使っていなかったハンカチを取り出す。
そして公園の中に入って、美鈴のもとに歩み寄った。
美鈴は気配に気づいたのか泣きながらも顔を見上げる。
その顔は涙で崩れていたがそれでも綺麗な容姿を保っていた。
だからこそ余計に胸が痛む。
「使ってないから良かったら使ってくれ。別に返さなくてもいいから」
「っ……」
袖で拭いていたら顔も傷つく上に服も汚れる。
そんな考えで雪也は美鈴の膝下にハンカチをさっと置く。
少し野暮だっただろうか。
貸しておいて若干の羞恥を覚えながらも、公園の入り口付近で待つ妹のもとに戻った。
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