第27話

そのまま男に抱かれたまま街を歩くと、馬車は入れない街の中心地の狭めの路地に、小さい肉屋や野菜、牛などの乳やチーズなどが売っている店が並んでおり、

(のの……)

どの店も大層ちんまりしているものの、目には新しい。

特に肉屋。

何の肉かは分からないけれど、どれもこれも目移りする。

男が数種類の肉を買い、やはり知らぬ野菜も買い込み、一度宿へ戻ると、こちらの物音で起きたのか、狸擬きがよろよろと寝床から出てきた。

そして、

「フンフン」

と鼻を鳴らし、

「水、水」

とうるさい。

水を注いで手渡せば床に座り込み、浴びるようにコップの水を飲む狸擬きに、

「これから昨日の甘味屋へ行くの」

と伝えると、

「♪」

尻尾を振ってトテトテ付いてきた。

今日は数人の客がいたものの、店主はこちらに気づくと、あの迫力のある笑顔を見せて、歓迎してくれる。

男を介し、今日は別の果物のタルトレットだと教えられ、迷うことなくそれにすると、男は別の種類のチーズケーキを頼んでいる。

狸擬きは昨日と同じ焼き菓子。

客はこの街の人間らしい女性客と、行商人と思われる男が数客いたけれど、どうやら狸擬きが珍しいらしく、視線を感じる。

その狸擬きは、男が店主に頼み貰った水をまた一気に飲み干し、ぐてりと背凭れに身体を預ける。

その姿はまるで。

「お主……もしや相当な老体の?」

半日以上寝て、やっとこさ回復半ばとは。

「!?」

狸擬きは前足を振り回しフンフンと憤慨しながら、酒と言うのは飲めば皆ああなるものだと伝えてきた。

のの?

そうなのか。

「自分の肉体は、ある時より一切老いることはない」

ともプンスコしながら訴えてくる。

(ぬぬ、我と同じの……)

狸擬き曰く、わりと若いうちに身体の時は止まっていると。

「ほぅ?」

にわかには信じがたいが。

運ばれてきたタルトレットは、今日は円形のものを1ピースごとに切り分けたもの。

(林檎の……?)

薄く切られた林檎のようなものが、綺麗に重ねられ生地に収まっている。

表面に艶やかな蜜のようなものがまぶされ、ごくりと喉が鳴り、茶が運ばれるのを待てずにフォークを突き刺し切り分け口に運ぶと。

(ぬの?)

林檎よりも、やわこくて甘い。

酸味が少ないけれど、この柔さと甘味が、タルト生地によく合う。

店主が、お茶と共に、わざわざ元となった果物を盆に乗せてテーブルまで運び、見せてくれた。

瓢箪の括れを広げ、ぎゅっと上下を圧縮したような形のそれは。

「ぬぬん」

これは。

(あれの、多分『西洋梨』の)

こちらでの言語は分からぬ。

思ってると、男が、

「くびれなし」

と名前を書いて教えてくれる。

ほほぅ。

しかし西洋梨改め「くびれなし」とは、こんなに美味なのものかと、男に与えるもの忘れて食べていると。

(ぬ……?)

男は、皿に乗ったチーズケーキに手も付けもせず、頬杖を付いてこちらを見ていた。

「なんの?」

男は指を伸ばして、こちらの唇の端に付いていたらしい、タルトレットの欠片を払ってくれる。

(ぬぅ……我は自分の口の小ささを認識にしくいのだ)

男の口に、たるとれっとの一欠片を乗せたフォークを運ぶと、男は頬杖をやめて顔をこちらに寄せてくる。

伏せがちな瞳で。

(まぁ……)

確かに、いい男ではある。

夜の女だけでなく、一見の女が誘いを掛けてくる程度には。

こう、隙がないと言うべきか。

大変に美味なタルトレットを食べきると、男がチーズケーキを口に運んできた。

「あむ……ぬぬ?」

昨日のものよりどっしりと重く、チーズもより濃く感じる。

食感もだいぶ違うけれど。

(どちらも大変に美味)

なのは変わらない。

気に入ったのが分かったのか、男は自分でも数口は食べたものの、半分はこちらの口に運んできた。

食べ終わる頃に店主がやってくると、男は店主と共に煙草に火を点け、また何か楽しげに話している。

すると、狸擬きがこちらに小さなカゴを差し出してきた。

お一つどうぞといった所だろう。

「では、ありがたく頂くの」

小さなびすけっとを1枚拝借し、言葉の分からない男たちの話に耳を澄ませる。

話は分からなくとも、にゅあんすや表情でほんのりとは伝わる。

店主の少し遠い目は、男が旅先の話でもしているのだろう。

店を出ると、ポツリと水滴が鼻の頭に当たった。

「の、雨の……」

空を見上げると、

(そうの……っ)

出掛ける前に、荷台で使っている布団を干しっぱなしだった事を思い出し、男も同じく思い出したらしい。

男は我を抱えると、駆け足で道を抜け、狸擬きも酒は抜けたのか、軽快にテーンテーンと付いてくる。

ポツリポツリと肌に当たる雨を感じながら景色が変わっていくのは何だかしゅーるでおかしく、つい笑ってしまうと、男も走りながら楽しげに、声を立てて笑っていた。


宿に戻り、男が布団を

ひとまずソファに避難させていると、馬たちも馬舎へ帰っていく姿が見られる。

狸擬きはまた寝室へ向かうと、ベッドにひっくり返り、再びの惰眠を貪り始めている。

煙る岩山の小雨の中、窓を閉めようとしたら、不意に小鳥が、

「ピチチチ、ピチチ」

と鳴きながらやってきた。

足に金具を付けている。

その小鳥は我の頭上に留まり、

(……ぬ?)

男は笑いながら我の頭上で筒を外し、中の手紙を広げている。

さっと目を通すと、男は返事を書くためと、鳥に礼を渡すために、水場のある部屋へ入って行く。

「我はお主の止まり木でなしの」

伝わらぬのは解ってはいるけれど、言わずにはおれない。

『失礼、止まり木として大変都合がよく』

「のっ?」

話せるのか。

大型でないどころか、小鳥も小鳥なのに。

『我ら種族は長命故少しばかり』

お手をと囁かれ、小鳥が留まれるように胸の前に腕を曲げると、腕の上に降りてきた。

『珍しいお召し物で』

「珍しいの?」

『そこそこに長く生き、色々と旅もしましたが、一度も見たことはありませぬ。しかしとても素敵なお召し物』

「おや、ありがとうの」

豪華絢爛な建物に、えらく肥えた神職のいる神社から拝借したものだ。

あれだけ儲けておれば1枚くらい問題なかろうてと。

しかし。

「何用かの」

『更に標高の上がる野原へ向かう先の岩の退避所に、馬車が停まっております』

「ふぬ」

『荷主は高齢のため老衰かと思われます、荷を引く馬が困っております故、人に伝えては下さらないかと』

それはそれは。

「承知したの」

鳥と共に、机に立ったまま向かい、手紙の返事を書いている男の向かいの椅子によじ登り椅子の上に立つと、

「正確な位置は分かるの?」

男がちょうど広げていた地図を指差す。

「んん……地図がだいぶ大まかですが、森の手前です」

鳥が嘴で地図の一角をつつく。

なるほど。

こちらも一方通行で、後から来た馬車がいたとしても、一回りして戻らなければならず、その馬車がいつ通るかも分からない。

自分たちも明日の出発になっている。

男が我と鳥とのやりとりを、筆を止めて見ているけれど、いい加減慣れてもらいたい所でもある。

買ったばかりの、飾り気のない方のメモ帳に、男に鳥の報告を箇条書きで伝え、地図を指差すと、男は眉を寄せ、手振りで少し出てくると、部屋から消えていく。

「これで良いかの?」

『ありがとうございます』

手紙を受け取るまで鳥は戻れないため、ぬるめの紅茶を出して小鳥と話をする。

この小鳥の話だと、小型でもそこそこの長距離に耐えられるものもいると言う。

『たまに弾丸の様に飛ぶため、普段から周りが避けてくれます』

「それは怖いの」

『殆どが緊急の用となるため』

時間との勝負と。

「左様でございます」

そうだ。

「お主も甘党かの?」

「それほどでも、わたくしめはチーズは好きです」

チーズか。

男が石を使って冷やしている箱に、買ってきたものが入っているはず。

鳥が喜んで啄んでいる姿を眺めていると、男が芝生から戻った来た。

どうやらここの宿の人間に伝えて来たらしいけれど、頭に手を当てて苦笑いしてきた。

どうして知ったのかを伝えるのに難儀したのだろう。

(少し悪いことをしたの……)

男が手紙の続きを書いたものを鳥に持たせると、

『よき旅路を』

鳥がふわりと飛んでいく。

男に、

「すまぬの」

謝ると、

「なぜ謝る?君は大事な事を教えてくれた」

不意に男の言葉が通じる。

「どうやって知ったと聞かれたろうの」

「いや、旅人も行商人も情報の伝は様々だ、その1つだと思われただけで済んでいる」

そうなのか。

男が座っている我を抱き上げてくる。

「の?」

「話せる時間は貴重だからな」

抱き上げる理由にはならない。

「これも大事な時間だ」

男は、曖昧な言葉を口にすることは少ない。

言葉も、眼差しも。

それがたまに、我には、少しでもなく、こそばゆく、気持ちが、落ち着かなく感じる。

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