第23話

店の外に品物を並べていたおじじは、男と話したいらしく、我はその間に、店の品物を眺めさせてもらうことにした。

まだ客もいない店内なら、うろちょろしても構わないだろう。

狸擬きも付いてくる。

やたらめったら所狭しと天井近くまで品物が置かれ多いのは、在庫も兼ねているのだろうか。

色々あるし、どれも丈夫そうだけれど、華はない。

こう、

(職人の仕事の道具、調理人が選ぶものよの……)

それらにあまり惹かれないのは。

我は、どうやら少し愛らしいものを好むらしい。

それでも、目新しい道具も多く、少しばかり華やかな茶漉しを見付けて吟味していると、話が終わったのか、男が狭い通路から顔を覗かせてきた。

そして、腰のポケットから紙の束を出し、さらさらと文字を書き始める。

「これから石を換金できる場所に連れて行くけれど、あの石は自分が持っていたことにさせて欲しい。

あれには結構な金額が付く。

換金の時は一緒にいてもらうから、くすねるような真似はしない」

と。

そんなことは全く疑っていないし、男の思う通り、男の物として出した方が信用、信頼度からして違うだろう。

馬車は置いていけばいいというおじじに甘え、男と手を繋いで街を歩く。

(石畳は洒落ておるのに歩きやすいの)

狸擬きは行き先が飯屋ではないと知った途端に、おじじの店の奥の部屋で丸くなってしまった。

街中は、少しだけ厚着をした男たちが多く、大柄で、

(硬派……無骨……?)

な者たちが多く見られる。

見た目も、格好も。

あの旅の始めに到着した温泉のある街で、親切にしてくれた狼と、相棒の坊っちゃん坊っちゃんした狩人、あの若者がだいぶ異質だったのだと気づかされる。

歩いているものは、我の手を繋ぐ男も含め皆、目的があり、あてもなくふらふらしている人間がいない。

街の中心部が居住区で、内側を覆うように外側が問屋街になり、仕事の人間ばかりだからだろう。

石と紙幣の描かれた看板が置いてある店が同じ通りにあり、けれど、金物屋の半分もない大きさ。

縦に長く、どうやら上が住居っぽい。

店主は意外にもふくよかな若い女性で、中は薄暗く、石たちは小さな座布団に置かれいる。

(厚待遇されておるの……)

男が小さな皮の袋に入れ換えた石を見せると、女は目をすがめてかから、手の平に布を広げて石を受けとった。

表情には出さないものの、若さ故か、瞳は正直で、キラキラと輝いている。

ここらへんでは珍しいと思われる、店の端の猫足の椅子に、同じく猫足の低い机に案内され交渉が始まったけれど、何を話しているのかは、当然全く聞き取れない。

それでも解るのは、男は当然切羽詰まった用件ではないため、容易には首を振らず、焦りや苦々しい空気を漂わせるのは店主のみ。

待つのも段々飽きて来て、男の膝に頭を乗せてテーブルの側面に彫られた柄を眺めていると、女が憤慨するように、膝に置いていた手を強く握り声を上げ、男がやっと頷いた。

顔を上げると、男がこちらを見下ろし、またニッと笑う。

だいぶ困らせたのでは?と呆れた顔をして見せたけれど、女店主は、

「これはどうしても自分で欲しい」

と言ったため、特に問題はないと紙に書いて答えられた。

(それは、問題はないのかの……?)

女店主が奥に姿を消し、少しして思ったより遥かに太い札の束と硬貨を持ってきた。

男が数え、確かにと頷き、札とコインを袋に詰めると、女はふっと力を抜いて初めて素の笑みで、こちらに何か話しかけてきた。

「?」

言葉はわからぬ。

男の言葉に、女店主はあらそうと言うようにあっさり頷くと、また奥に戻り、薄い布に包んだビスケットをくれた。

「のの、ありがとうの」

ここは良い店だ。

礼を伝えて店を出る。

紙幣とコインはおじじに預かってもらうと手振り身振りで伝えられ、どうやらだいぶ信用のおけるおじじらしい。

店の中で、狸擬きにも、薄い砂糖が少しまぶされたビスケットを与え。

「ぬん」

(これはとてもさくさくしてるの……ふぬ、美味、美味)

狸擬きも気に入ったのか、ぬっと前足を伸ばしてくる。

「のの、もう一枚だけの」

上から見下ろしていた街を、少し見て回りたいと男にせがみ、狸擬きはやはり興味がないのか店から動かず、換金屋の方向とは逆に歩き、切り立った岩に囲まれた店や街中を眺めていく。

人も多く動きはあれど、落ち着いた商人の街。


男に手を引かれながら街を眺めていると、馬車が通る道には、足の太めの馬だけでなく、ロバに似た大きな獣が一頭で逞しく荷車を牽いていたりする。

移動中にはとんと見ない獣。

(長旅向きではないのかの)

話は出来ぬかのと振り返って姿を追っていると、不意に、進んだその道はまだ先はあるのに、男がきゅっと足を止めた。

「の?」

つられて足を止め、更に男が不自然に道を変えようとするため、

「なんの?」

男を見上げると、また妙な顔をして我を見下ろすと、繋いでいた手を外され、代わりに抱き上げられ、強制的に進路を変えられた。

「んのっ?」

一体何事かの?と思っていると、少し奥の店から、酷く扇情的なドレスを身に纏った女がふらりと出てきた。

こちらに目を向け、我と目が合うと、艶かしく微笑み、ゆらりと手を振ってくれる。

我も手を振り返しつつ、

(ぬぬん、なるほどの……)

「そういう店」

の並びらしい。

まだ昼間だけれど、そこそこに客の姿はある。

(ほほぅ……)

まぁおとなしくしているかと、男に抱かれたまま、また立ち並ぶ店を眺めていると、男がまた足を止め、今度は店の中へ入っていく。

服屋と思われる。

ここも問屋に近いのか、人の残り香のある古着は置かれておらず、新品に近いものがすらりと並んでいる。

店の女に男が指を差したのは、飾られていた幼子用の赤い厚手のぽんちょ。

床に降ろされぽんちょを羽織らされ、頭巾を被らさせれると、男がうんうんと満足した様な顔をして、勝手に金を払っている。

鞄からコインを出そうとしたけれど、片手で止められた。

(まぁ……良いの)

殿方からの贈り物として、有り難く受け取っておくことにした。


街中をうろうろしていると、大爪鳥が旋回しながら降りてくるのが見えたのは昼時。

大爪鳥は、こちらとは反対側の西側に、鳥舎があり、組合もそちらにあると、男がわざわざ書いて教えてくれる。

昼時だと気付いたのは、そこいらの店から、なにやらいい匂いが漂い始めたため。

昼食はおじじにお使いを頼まれたらしく、美味しそうな匂いのするパン屋に立ち寄ると、パンを買い込み店へ戻る。

狸擬きはおじじに撫でられまくったらしく、酷く満足気に腹を見せて伸びている。

どうやらおじじは「てくにしゃん」らしい。

奥は小さな流しとコンロに小さな食器棚、靴を脱いで上がる、少し高めの段差のある6畳ほどの居間。

低い卓袱台(ちゃぶだい)に似た机があり、窓はないけれど、壁に取り付けられたランタンの、あの万能石のお陰で明るい。

万能石、は我が勝手に名付けただけだけれど。

そしてこの居間にも、店に置ききれない品物が端に積まれている。

おじじは、珈琲に似たものに牛の乳を注ぎ、濃い茶色い砂糖を混ぜたものを我と狸擬きに出してくれた。

男にはなにも足さない珈琲。

カップは全て薄く軽い金属製。

妙に馴染みと見覚えがあるのは、男が日々使わせてくれているものと同じだからだ。

卓袱台に広げられたパンを好き好きに手に取り、かぶり付く。

我が手に取ったのは、四角く薄いパンが揚げられ、そこにミルクを煮詰めたようなものを挟んだ揚げパン。

(ぬぬん……これは不味いわけがないの)

これは我でも再現できぬものか。

男が美味いか?と言った表情でこちらを見てきたため、

「の、一口食べるの」

と口許に運ぶと、目を細め、少し齧り付く。

男はうんうんと唇を舐めると、男が食べている野菜と厚い肉の挟まったパンを口に運ばれた。

「あむん」

(ぬぬ、あの兎に似た肉かの?いや、これはもう少し柔こいの……)

少し酸っぱいソースがまた良い。

狸擬きは、食パンの耳部分を揚げたものを前足で持ち、無心で齧っている。

(とても良心的な値段で売っていた、オマケみたいなものだったのだけれどの……)

狸擬きがいいなら良いのだが。

男は、楽しげにおじじと話している。

途中、男に頭を撫でられ、我のことが話題に出ているらしいけれど、さっぱり解らぬまま。

客が来たらしく、おじじが部屋から出ていくと、男は、

「午後は宿を取ろう」

と書いて見せてきた。

「にへや」

と書き、ドアを2つ描くと、

「?」

首を傾げられ、書かれた文字を理解していないのではなく、なぜ2部屋なのかと言う疑問符。

(一応、気を遣っておるのだれどの)

夜にでも部屋を出やすいように。

ああいう「大人の女」のいるお店へ行きやすい様に。

我は知っている。

人の、女はともかく、男は「女」がいないと駄目だと言うことを。

以前、本で読んだのだ。

その辺りは、世界が変わっても人の性質はそうそう変わらないものだろう。

コインと石を描いて、店の方向に指を差し、頷いた男に、反対のあの男等が喜ぶ店のあった方角を指差し、ドアを指でつつくと、

「……!?」

目を見開かれ、どうやら何とか理解されたのちに、

「……はぁぁぁぁ」

全身で大きく溜め息を吐かれた。

(ぬぬ、なぜ溜め息の)

男は苦笑いで、手でばってんを作る。

(そういえば、バツの印はこちらの世界も同じなのの)

しかし。

「行かぬのかの?」

男はこちらに顔を近づけ、我の額に額を当てると、目を閉じてかぶりを振る。

なぜの。

瞳で問うても、男も目を開き、じっと見つめてくるだけ。

言葉でも文字でも答えは教えて貰えず、おじじの戻る気配に、男が離れていく。

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