第22話
石の街も大きいと思っていたけれど、
「ののぅ、大きいの……」
岩山から降りつつ、岩の街を見下ろせた。
あの碁盤の目の様な整頓された街ではなく、徐々に無秩序に広がっていった様な街並み。
目を凝らすと、小さな屋根なしの馬車を様なものが道を走り、人が乗っている。
街の移動手段らしい。
(確かに、とても広いからの……)
岩山に囲まれている中でも、公園と言ったらいいのか、ちんまりした芝生のような広場もある。
建物に少し高さもあるのが、石の街とはまた違うところだ。
広いとはいえ岩場に囲まれ広さにも限界があるため、上に伸びるのだろう。
大きく大きくぐるりと岩の道を迂回しつつ街へ降りると、賑やかなざわめきと色々な音。
石の加工場もだいぶ離れた先にあり、音が少し届く。
大きく見渡せば、街は街だけれど、少し商売人が多いと言えばいいのか。
男の言葉だと問屋街でもあるらしく、なるほど、華やかさが少な目なのだ。
やはりここも、馬車の行き来もできる広い道。
男も、ここで卸すものがあると、迷う素振りもなく、人や馬車が行き交う道を進んでいく。
街の西側の建物の1つに、主に金物を扱う雑貨屋があり、その店の前に馬車が止まると、背中を向けて品物を並べていた小柄なおじじが振り返り、男に気付くと、驚きと笑みを浮かべる。
豊かな白髪を頭部に撫で付けた、オールバックの髪に、顎も見事な白髭。
我に気づくと、んん?と男と見比べ、
「お主の子供か?」
と言わんばかりのジェスチャーに、男が手を振り、違うと苦笑いで否定する。
男が馬車から降り、両手を伸ばしてきたため、ここでは邪魔なポンチョはベンチに落とし、おとなしく男に抱っこされると、おじじがやってきた。
すっと手を伸ばされ、握手を求められる。
男が身を屈め、男より小さく、しかし遥かに硬い手を握ると、正確には包まれると、おじじは嬉しそうに笑った。
男が、なにやら我の事を話しているらしいけれど、我のことを何と説明しているのか、そろそろ男に聞いてみたい。
男は、今朝は何も聞いて来ないままで、こちらも何も言わなかった。
狸擬きはキョロキョロしつつ、辺りをうろうろしている。
さすがに馬車に轢かれるような間抜けではないだろうから放っておくけれど。
荷卸しをする男に、我もその辺を散歩したいとせがむも、特に行商人が多いせいか、眉を寄せて渋られた。
すると店の中から、おじじがこいこいと手を振り、雑多な店の狭い通路を進む。
小さな、会計場を兼ねた、足の長い年期の入ったテーブルの上に、見慣れぬ焼き菓子が置かれた。
うろうろしていた狸擬きも、菓子の気配に目敏くトトトと店に入って来る。
ほぼ正方形の、柔らかくてふかふかした、卵と思われる味のするケーキ。
味は実際はそうなの分からないけれど「かすていら」に近いものだろうか。
それでも。
(のの、ふかふかも美味の)
ふかふかの癖に甘さが濃い。
3切れのうち、残りは狸擬きと半分にし、
(ぬん、この菓子はどこに売ってるのかの……)
指を舐めていると、店内の品物が目に留まる。
(なんでもあるの……)
あの燃える石の、色が少し違うものも売っている。
(の、そうの)
品物を眺めていたら思い出した。
(我は「ふらいぱん」が欲しいのの)
男が使っているのを見て、我も俄然、欲しくなっていた。
その前に、石を、拾ったキラキラした石を、紙幣やコインに換金しなければならない。
フライパンの積まれた奥の通路に向かうと、やはり、値札はもう知らない通貨の単位になっている。
(ぬぬん……)
どれくらい必要だろうかと考えていると、商品を卸し終わったのか、男がやってきた。
紙に、
「かんきんをしたい」
と書き、とりあえず、鞄から大きめの、桃色のキラキラ石を出すと、
「!?」
男が目を見開いた。
(……の?)
男は、 周りを見回しとりあえず仕舞えと鞄を指差し、我が鞄に仕舞うと、大きく息を吐いた。
「?」
朝に握り飯を食べたけれど、話はできない。
男が首を傾げるため、棚のフライパンを指差し、これが欲しいのだと身振り手振りで伝えると、男が、我が石の街で使ったコインを、ここらで使える紙幣と換えてくれた。
気持ち、でなくだいぶ多めに。
(ののぅ)
今は有り難く好意に甘え、フライパンを手に取ってみたものの。
「……」
ふと、昨夜の男の、
「君はどこまで行く」
の言葉が浮かび。
「……ぬ」
フライパンを手にしたまま、動きが止まってしまう。
そうだ。
(そうだったの……)
そのうち男と別れたら、そうそう荷物も持てない。
フライパンを持って歩けばいいけれども、やはり両手が塞がるし、蓋が厄介だ。
狸擬きだって、荷物持ちにも限界がある。
小さな手、小さな身体。
力はあれど、ただそれだけ。
(そうの……)
「……」
黙ってフライパンを元の場所に戻すと、品物を眺めていた男が、どうした的な事を口にしながら、こちらに向き直った。
「の……」
口にするか迷ったけれど、黙っていても仕方がない。
かと言って口にしても、伝わらないのだけれども。
「お主と」
「……」
「お主と別れたらの、荷物になるなと思ったら、買えなくなってしまったの」
外のざわめきと違い、ここは随分しん、としている。
まるで物たちが、じっと息を潜めているように。
聞き耳でも、立てているように。
唇から、小さく吐息が漏れると。
「なら、一緒にいよう」
男の低くも柔らかい声が落ちてきた。
「……の?」
言葉が通じていることもそうだけれど、その言葉の意味に。
「君がどこへ行くかは分からない。でも、目的地までは、俺も共に旅を続けよう」
顔を上げても、薄暗い店の中、男の顔は影になってよく見えない。
「……なぜの?」
我の心からの問いに、男はその場に片膝を付くと、
「勿論」
と、我を見つめ、
「君の、あの奇妙な食べ物が美味しいからだ」
と、真顔で、両手の指で三角を作って見せてきた。
(……な)
な。
「なんとっ、お主も赤飯おにぎり目当てかっ」
狸擬きに続き。
男は、ニッと笑い白い歯を見せてくる。
「んぬぅぅぅ……」
何とも複雑な気分で唇を尖らせると、
「おいで」
と、両手を伸ばした男に抱き上げられる。
「お主はすぐに我を抱っこするの……」
反射で手を伸ばす我も我だけれど。
「飛んで行かないようにしないといけない」
我は鳥か何かか。
鵜飼いの鵜か。
言っても通じないだろうから言わないけれど。
それでも。
(それでもの)
そう。
この男は。
まだ何も知らない、目的地すら分からない我と、一緒に居てくれると言うのだ。
(あぁ……)
瞼を閉じ。
「……ありがとうの」
心からの礼を伝えるけれど。
男は聞こえないふりか、もう聞こえないのか、その我の礼には、何も答えてくれなかった。
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