第14話

朝、知らない鳥の鳴き声で目が覚めた。

中型、いや大型を思わせる鳥の声。

意思のあるもので、隣で寝ていた男が起き上がり、裸のままドアへ向かい、身体を起こすとドアが開き、鷲(わし)くらいの大きさの鳥がドアの前に着地した。

トットッと跳ねながら中に入ってくると、男が鳥の足の金具を丁寧に外して、丸い筒の中身を取り出す。

手紙らしい。

手紙をテーブルに置くと、もう1枚同封されているまっさらな紙に何か文字を書き、多分どこかの国の貨幣の札と共にまた筒に戻して鳥の足に留めている。

それから、冷たい石の入った木箱から、昨日焼かなかった兎の肉を皿に乗せ鳥の前に置くと、鳥は器用に啄み食んでいる。

どこから来て、どうやってこの場を知ったのか。

夜通し飛んできたのか。

色々と大変興味深いが、鳥の興味は足許の兎の肉にしかないしく、無心で貪っている。

その間にベッドの足許の低い棚に置いていた巫女装束を纏っていると、兎の肉を食べ終わった鳥がじっとこちらを見つめてきた。

(……?)

しかし、何も言わずにトントンと軽快に跳ねつつ外へ出ていくため、草履を突っ掛け、手紙を広げている男の脇を通りすぎて外へ出ると、鳥は小屋のすぐ外で、こちらを向いていた。

「……話は、できるかの?」

『えぇ、ご同胞』

同胞。

「お主には我は仲間に見えているのかの?」

『いいえ、人間の、まだとても小さな小さな、幼き少女に見えますね』

「なら、なぜ話ができると」

『あの生き物と一緒にいるからです』

「狸擬きか」

『えぇ』

聞きたいことは山ほどあるけれど、

「そちらは我に何用かの?」

きっと用があるから呼んだのだろう。

『大変不躾で恐縮なのですか、甘いものがあれば少々恵んで頂けないかと』

甘いもの。

『私たちは飛ぶためにあまり身体を重くしてはならないのです。それでも、私は甘味が大好物でありまして』

ほほぅ。

嗜好は人も獣もそれぞれ。

「木の実では駄目なのかの?」

甘くて美味なものも多い。

『人間の作る甘味が美味なのです』

まぁ、気持ちは解る。

「分けてもよいが、戻った時にそちらの雇い主に咎められることはないのかの?』

『この距離でしたら、問題ないかと』

やはりだいぶ遠くから来たらしい。

「ちょっと待っておれの」

小屋に戻ると、手紙を片手に男が、また目を見開いてこちらを見てくる。

今は構わずに鞄から、

(どれが好みかの……)

3つ程手に取ると、菓子の袋の音に、ぐーすか寝ていた狸擬きがパチリと目を覚ます。

「……」

「お主には後での」

言い置いて、待機している鳥に、ぱうんどけーき、ビスケット的、卵白らしいものに砂糖を混ぜて泡立てて焼いたと思われる、とても軽くさくりとしためれんげ菓子。

好きなものを選ばせようとしたが、鳥は長考に長考を重ねた上、

『いつか、いつか必ずご恩を返します、なのでどうかどうか』

どうしても選べません、と羽を広げ頭を低く下げる鳥的な土下座をされた。

「のの、街に出ればまた手に入るだろうからいいのだけれども」

量的に雇い主に咎められることはないのだろうか。

『いえ、届け先の人間からの好意で頂けたものは、1日の量は決められますが、良い仕事の成果として喜ばれます』

なるほどの。

その場で袋を開いてやると、鳥は中の1つずつを大事そうに食べては、堪らないと言った様に足をタシタシしている。

そんな姿は見ていて楽しい。

食べ終えると鳥は満足気にその場で回転し、残りは言われたとおりに布に包み、首に下げてやる。

足は依頼の物、足以外は鳥達の私物扱いになっているらしい。

「重くないかの?」

『全く』

とても嬉しそうにほばりんぐを始めた鳥は、

『すぐには無理ですが、いつか必ず……』

朝の陽の光に、大きな翼を美しく照らしながら舞い上がっていく。

「のの、次に会える時までお主が息災でいたらそれで良いの」

手を振ると、

『あぁ、あぁ、感謝します。小さく、そして麗しい人型の子』

そんな言葉を残してあっという間に飛び立って風に乗り行ってしまった。

まるで風の化身だ。

そして。

(鳥にも甘党がいるのだの)

人型とも言われた。

(まぁ、確かにの)

こちらからは何も聞けなかったが、向こうは仕事中だ、仕方がない。

改めて小屋へ戻ると、男は驚き飽きたのか、それでも何か聞きたそうな顔をしているし、狸擬きは布団の上で四つん這いになり、不満そうにペシペシと短い前足で布団を叩いている。

3つ全て渡すとはと、大層ご不満極まれり、なのだろう。

悪かったと謝罪してから、

「我の歩みだと、次の街までは当分着かぬと思っていたけれど、馬車なら何倍も早く次の街に着くはずの。

そしたら、菓子も食い尽くす前には辿り着くはずだから、堪忍してくれの」

「……」

スンと鼻を慣らし、渋々折れてやると言った面持ちに、朝からだけれど、ぱうんどけーき的なものを1切れ、小さな肉球に持たせてやる。

フンフンとご機嫌になり、単純で良かったと思う。

炊飯器に小豆を載せてスイッチを押すと、服を着ていた男が両手を広げて鳥の真似をした後に、唇に指を当てる。

話せるのかと聞きたいのだろう。

頷くと、好奇心一杯の瞳が緩やかに輝く。

ベッドに座ると、画板でまずは手紙の話を聞く。

半分はきっとこう言っているのだろうとこちらの憶測でしかないけれど。

あの手紙は行商人や冒険者や旅人に組合所から届けられる。

ここら辺の道や森の注意する場所、変化があった街の事などを教えてくれる。

数ヵ月か半年に一度の定期郵便だと。

あの鳥達は視力だけでなく鼻も良く、記憶力も凄まじい。

旅人たちは手紙を受け取ると、今居る場所とこれから向かう大体の予定地や日付などを書き、相応の金額を包みまた送る。

もちろん、これは誰でもでなく強制でもない。

組合に登録していない者もいるし、そういう人間も珍しくもない。

個人的にの情報網をもっている者もいるし、本人自身が情報網だったりする場合もある。

組合に登録した者には、返ってきた手紙を元に、組合が大体の目安を付けてまた時期が来れば鳥を飛ばすと。

(ほほうの)

男の悪戯っ子のような瞳で見つめられ、今度はそちらの番だと眉をちらと上げて促される。

拙い文字で、鳥が人間の作る菓子をねだったから渡したと書くと、男は低い天井を仰ぎ額を押さえる。

(なんぞ)

男は、獣と話せるのかと聞いてきた。

そこからか。

ごく一部の獣のみだと何とか伝える。

後ろで今は我の背凭れ代わりのクッションになっている狸擬きは声すら発しないけれど。

伝え方が難しく、外の馬を指差されたが、あやつらは無理だとかぶりを振って教える。

それでも、男は、

「凄いな」

と言いたそうな視線を向けてくれる。

森を抜けてから食事にしたいと絵で伝えられていたため、赤飯をおにぎりにしてから小屋から出発する。

男はやはりまた森の中の異変に視線を遠くに飛ばしては首を傾げていたが、何か諦めたように、もうこちらを見てくることはなく。

進みながら赤飯おにぎりを食べ、また兎を捕りつつ、今日は解体の仕方を教えてもらったが。

「のっ……?」

力を入れ過ぎて腹から背中まで貫通させてしまったり、巫女装束と足袋を血で汚したり。

「面目ない……」

男は気にするなと言わんばかりに寄り道をして湧き水場へ寄ってくれた。

血を洗い流すと、木に紐を張り、そこに着物を干してくれ、風魔法でふわふわと乾かしてくれる。

待っている間、男が敷いた敷物の上に足を伸ばしてぺたりと座り込んでいると、狸擬きは、そこいらをうろつきたいとフンフン鼻を鳴らしてきたため、

「気を付けるの」

送り出すとご機嫌でテンテコ森の中へ消えていく。

水場に飛んできた小鳥は当然、足に金具は付いていない。

囀りは囀りでしかなく、森の木々のざわめきもただそれだけ。

言葉の通じる獣はここにはいない。

多分、この森では久しい木漏れ日の中の、男の背中を見上げる。

男は視線に気づいたのかこちらを振り返り、ただ親しげな笑みを見せてくる。

どう返せばいいか分からず、ただ見つめ返していると、水辺を指差され、小豆を洗う動作をされたが、川ではないから特に惹かれない。

一応川でなくとも、小豆はザルから湧いてくることはするけれど。

そんなことをぼんやり考えていると、男は森を見回し、じっと目をすがめてから、ここにいても大丈夫だと判断したのだろう。

隣に座ると、ポケットからくしゃくゃになった紙の束をとりだし、指先の実際の動きで魔法のことを教えてくれた。

「魔法は、自分の知る限りは殆どの人間が持っている。

火、風、水、氷、土は珍しい。

全て持っているわけではなく、皆それぞれ。

そして空の魔法を持つ人間は滅多に見つからないし、存在するかすら謎。

魔法は、君くらいの年から使えるため、怪我などをしないように、

『言葉を覚えるより早く』

なんて言われたりもする。

意識を集中すると勝手に出てくる。

魔法は感覚で、歩く、話すと同じくらい自然なこと」

そんな事を絵と文字で説明してくれる。

「魔法とはいえ、威力はなく生活に少し役立つ程度のものだけれど。

1つの属性のみの者もいれば、複数持つものもいる、火が一番多く、次に風。この2つを持つ者は多い」

改めて知るけれど、

(凄いの……)

男は、新しい紙に変えると、

「土は物質を少し固めやすくできる。

空はやはりいなさすぎて、何が出来るのかは、俺も知らない」

空。

物を浮かせたり出来るのだろうか。

ぴんと張った紐に小鳥が留まると、男が立ち上がる。

今日の講義はここまでらしく、袴と足袋を持ってきてくれた。

「ありがとうの」

言葉は伝わずとも、それくらいなら互いに言っていることくらいはなんとなく解る。

巫女装束を身に付けると、そろそろ出発かと思ったけれど、男は荷台からコンロを持ってきて敷物の上で湯を沸かし始めた。

カップも3つ。

狸擬きも近くにいたのか、物音に気づいたのかスタコラ戻ってきた。

どうやら今日のてぃーたいむの時間らしい。

無論、異論はない。

香味紅茶を淹れて、メレンゲ菓子とビスケットを摘まむ。

ぺたりと座り込む狸擬きの頭に色あざやかな蝶々が留まり、男と共に笑ってしまう。

男の話だと、このまま森を抜けたら陽が沈むくらいの時間になる。

森を抜けた辺りで夜営したのち、明日の午後遅くには次の小さな、旅人用の小さな小さな村があり、そこに着くと言う。

小さな村だけれど、主に旅人などか立ち寄る場所のため組合の出張所もあるらしい。

ふぬ。

(どうやら甘い菓子は、期待できなさそうな所の……)

もし次の街まで間に合わなかったら、酒でも買って狸擬きの機嫌を取ろうか。

楽しいティータイムも終わり、片付けてから馬車の椅子に向かうと、

「んの……っ?」

不意に男に抱えられ、男がベンチに座り隣に座らされた。

(本当に、随分と甘やかすの)

狸は身軽に飛び乗ると、またぺたりと尻を着いて座る。

「……」

(まぁ)

甘やかされるのは。

(そんなには……)

悪くはないがの。

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