2話 男の子は難しい生き物だ

第8話

うちの学校の美術部は活動がゆるい。まず顧問の美術の先生が、あまり常駐していない。腰痛持ちのため、という残念な理由からだ。来年定年退職らしい。よって、開始の時に顔を出すだけだ。

 そしてもうひとつの理由、ユウレイ部員たちでほぼ構成されてしまっている、というのもある。もちろん真面目に打ち込む部員も、数人はいるけども。まあ、それには理由があるからなのだけど。


 今日もいつもどおり閑散としている美術室に、数人の筆を滑らせる音と雑談がほどよく漂っている。

 私も最初はスケッチブックに、持ち込んだ“道端ころりん猫写真集”からお気に入りページを模写して遊んでいたけれど、しばらくして窓際に立ってテニスコートを見おろす。


 梅雨の時期の珍しく朝から陽射しの強い日だ。テニスコートが眩しくて、目がくらむ。暑いなか、懸命にボールを追っている誠司くんの姿を、じっとり両手を握りしめて拝む。


 なんで誠司くんはあんなに眩いのだろうか。いつも真剣な面差しでボールに練習相手にと向き合って、まったく疲れたそぶりを見せない。オレンジ色の練習着にすら色負けしていない健康的な肌。太陽をしっかり跳ね返すサラサラ靡く髪の毛。止まることのないカモシカのような脚。いくらでも見ていられる。てか、眩しすぎて目が痛いな今日は。


「すごい険しい顔してるけど、大丈夫?」


 真横から柔らかな声がして向けば、おかしそうに笑みをこぼしている円堂えんどう先輩が立っていた。

 彼は三年生で、この美術部部長。ちなみにユウレイ部員が多いのは、この先輩のせいでもある。

 線が細くて背が高く、少し長めの髪の毛と整った顔立ち、物静かで落着いた佇まいから、先輩のファンが美術部に入りたがる。だけど、円堂先輩はそれを極端に嫌がるため、少しでも言い寄られると美術室に来ないようにと御達しが出されるのだ。

 よって、私のようにまったく先輩に興味のない者か、本当に絵が好きな部員数人しかここにいない。


「なんか今日、やけに眩しいんですよね。いつも輝いてはいるんですけどね」

「たぶん、テニスコートの照り返しがキツいだけだと思うよ」


 先輩は窓から顔を出して、私にならうようにテニスコートを覗いている。


「違います。誠司くんが、まばゆいんです」


 それは譲れないので、強く訂正させてもらう。


 先輩は振り返って、「そうだね」と楽しそうに応えてくれた。いつも優しい先輩である。私のよこしまな入部動機も、部活動中の半分は手が動いてないことも、なにも咎めることなく受け止めてくれるのだ。

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