第9話

羽馬はばさんって、ほんとに彼のことが大好きなんだね。だけど、そんなに好きなのにどうして同じテニス部に入らなかったの?」


 窓際に並ぶように立つ先輩は、テニスコートと私へ交互に視線を投げる。


「ですよね。私もソフトテニス部入るつもりで仮入部はしたんですよ、ちゃんと」

「あ、さすが。美術部入る前にテニス部にはいたんだね」

「はい。より近くで拝める、最高の舞台が用意されたと思ったわけです」

「ふふ、そうだね」

「……二日目に気付きました。拝んでいる間、動けないじゃないですか。必死で網膜に焼き付けたいわけですよこっちは」

「うん」

「でも、部員になったら、球拾いやらラケット振る練習やら声出しやら、ずっと自分の体に意識させなきゃいけないんです。無理ですよね」

「なるほどね」


 先輩は楽しそうに何度も頷いてくれる。親友の美乃里ちゃんに訴えても「アホなの?」の一撃だったのに。なんで先輩はこんなに懐広いのだ。あ、これぞ年長者先輩っということなのか。


「あのー、ほんとに、円堂先輩には、感謝しきれないです。こんな、不謹慎な考えで、入部なんかしてしまってるというのに」

「あはは、そんなこと気にしてたの? 羽馬さんはちゃんと課題もこなしてるし、静かに過ごしてるし、なんの迷惑にもなってないから安心して」

「は、はあ。すみません。やめられそうになくて」

「僕も、一途に恋してる羽馬さんを観察するの、楽しい息抜きになるしね」

「え、それはそれで恥ずかしいなあ」

「あはは」


 ふたつ年上の先輩って、天と地の差があるくらい大きな境界線があるんだけど、目の前で楽しそうに笑う円堂先輩は、いつもの物静かでクールな佇まいからは雰囲気がかけ離れていて、なんだか不思議だ。

 こんなに優しいのに、なぜ言い寄られると拒否反応強いのだろうか、面白い人だ。

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