第7話
空中へ跳躍したアッシュは、落下の速度を乗せてレイナの腕を肘のあたりで切り落とした。金属が摺れる不協和音が砂漠に響き渡る。続けざまに、彼女を絡め取っていた触手を切り裂く。
「ぎゃあああぁぁぁ!」
レイナは絶叫をほとばしらせて地面に落下した。
切り落とされた腕から、剥き出しになった配線が無惨に火花を散らしていた。
「アッシュ、どうして……まさか、精神支配? それとも、奴に感化されて……裏切ったの!?」
レイナは、鋭いナイフのような視線でアッシュを睨みつけた。彼女の瞳には、怒りと失望が交錯していた。
「ブースターを臨界まで上げておけ。クリスタルの取り出しは、俺がやる」
アッシュは冷静に言葉を紡いだ。
そして、右腕の剣で自身の左腕を切り落とした。続いて、切断面から伸びた配線を、ゴリアテに突き刺さったままのレイナの腕と接合させた。
「何を考えているの!!」
レイナはアッシュの奇行に声を荒げた。
「生きるべきは、君なんだよ……」
レイナは言葉の意味を飲み込めず、その場に立ち尽くす。
「俺の機械化率は97%。残されたのは脳と脊髄だけだ。この顔も、昔の写真から再現したに過ぎない……俺は、カオス・ゴリアテと同じだ。人間とは呼べない」
その声には、自嘲するような響きが混ざっていた。彼の体の大半は、生き残るために機械に置き換えられていた。
「……私も同じよ! 私だって、機械化しているのよ!」
レイナは腕を大きく広げた。
「君の機械化率は40%。手足は機械化しているが、そのスリムな体も……その美しい顔も、君自身のものだ。生殖機能だって……健在じゃないか。君は、人間として生きられるんだよ」
アッシュの声には、優しさと哀しみが入り混じっていた。口を開くが、言葉が出てこなかった。レイナはただ、彼を見つめるしかできなかった。
「これ以上の反論は、受け付けない。作業に集中する」
レイナは、ほんの数秒間だが時が止まったように感じた。その間に様々な思考が脳裏を巡る。
コンソールで残り時間を確認したレイナは「よし」とつぶやいた。地面を蹴り跳躍すると、健在な左腕をハートビート・クリスタルの脇に突き立てた。
「レイナ、何をするんだ!」
「手伝うわ。理由は2つ。1つ目、あなた一人でクリスタルを取り出すには、時間が足りない。2つ目、私のブースターは、片方が破損してしまった。空中への脱出は困難。でも、協力すればあるいは……2人で生き残るのよ。反論は受け付けないわ」
レイナの目には、強い意志が宿っていた。
アッシュの動揺を気にする様子なく、彼女は取り出し作業を開始していた。左腕が、ハートビート・クリスタルの周囲を切り開いていく。
「背反事象を満足させる唯一の方法か。いいだろう。タスクを同期させよう。互いの思考が丸見えだが仕方ない」
2人の思考がシンクロし、驚くほど効率的に処理を進めていった。
最後の制御信号が切り離され、電源を切り替えた瞬間、両腕に抱えられるほどのクリスタルが、取り外し可能な状態となった。
「壊すなよ」
「言われなくても」
2人はクリスタルを腕で挟み、地面に降り立った。
「……停止が解除される」
レイナが言い終わる前に、宿敵は再起動した。
「ぎぎぎ、ぎざまら、よぐも。全て、見ていたぞ。吹き飛ばしてくれる。人類ごと、全てを!!」
カオス・ゴリアテの全身が強烈な光を放ち始めた。巨体が急速に膨張し始める。
――ブースター、全開!!
アッシュは両腕を広げ、レイナとハートビート・クリスタルをしっかりと抱え込んだ。次の瞬間、2人の足から高温の噴煙が立ち昇り、大空へと向かって急上昇した。
眼下が閃光に包まれた。
巨大な光の柱が天へと伸び、砂漠を照らす。2人の視界が白く染まった。耳をつんざく轟音が響き、激しい衝撃波が彼らを襲った。
アッシュは、レイナを強く抱きしめた。
人工筋肉が軋む音が聞こえ、身体の異常を示す警告がうるさく鳴っていた――。
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