#7

 山奥の事務所から電車でおよそ三十分——。

 八王島の中央部に位置する住宅街の一角に、我が金剛院家はあった。

「ほう……ここが貴様の屋敷か? 随分と小さなあばら家よのう」

 我が家を見上げたメイは、開口一番、礼儀知らずにもそんなことを言い出す始末。

 言っておくが、そこまで小さなあばら家と言うわけでもないぞ? 一家五人暮らし、築数年……この辺の家じゃむしろ大きいくらいだ。

 そりゃまあ、こいつの暮らしてた城と比べたら小さいことは否めない……って言うか、城と比べるな、城と‼ どんな屋敷も小さく見えるだろうが‼

 紆余曲折を経た末、結果的に《エスペランサ》で雇用(と言う名の監視)が決まったメイ。

 しかし、その後が大変だった。

 メイの居候先の話が出るや否や、紫電(とついでにサモーナ)は「ボクには関係のないことだよ」とさっさと帰ってしまい、二鶴木のおっさんはおっさんで「年の近い者通しで話し合え」とのこと。……逃げたな、おっさん。

 残った俺と佳賀里で厄介者を押し付け合った結果、百回にも及ぶあいこの末に百一回目のじゃんけんで敗北。あの時、グーを出した自分をそのまま殴り付けてやりたい気分だ。

 それはそれとして、俺には一つ疑問があった。

 《白騎士十二神将》が神界を追放されたのが、今から五百年くらい前……七百歳を超える二鶴木のおっさんと知り合いってことは……、

「……おい、メイ?」

「うん? どうした、人の子よ?」

「……お前、今歳幾つだ?」

「ふんっ、無粋な奴よ。堕天使たる我に歳を尋ねるなぞ礼儀がなっておらんとみえるわ。……まあ、よい。そんなに知りたくば特別に教えてやろうではないか。この我、数多の闇より這い出でし世界の……」

「……設定年齢はどうでもいい。聞いてるのは実年齢の方な?」

「設定とか言うなァア‼」

 いや、だって設定だろ、どう考えても? 百歳とか千歳とか言うつもりだろ、お前?

 そんな馬鹿げた年数生きる奴が……あっ、いるのか、そう言えば。

「まあ、いい。実年齢は十五歳だ。お前達と同じ高校生だな、一応」

 十五歳……なるほど、そう来たか。

 外見から言えば(ついでに性格から言っても)、もう少し幼いのかと思ってたが、俺達四人と同い年とは……。

「でも、それっておかしくねぇか? 《白騎士十二神将》が人間界に追放されたのって今から五百年前なんだろ?」

「……あら、そんな簡単なことも分からないのかしら? 思考を放棄した頭なんて、ただのお荷物に過ぎないと思うけれど? ああっ、逆に軽くて楽なのかしらね、脳みそスカスカだと?」

 俺とメイの会話に突如として乱入してくるや否や、当たり構わず暴言を吐き散らす女性。

 腰まで届く黒髪と切れ長な瞳……見るからにSっ気溢れる人物は、何を隠そう俺の姉貴、金剛院真金まかねだった。身長はあまり高くなく、体付きも幼さを残してはいるが、ファンにとってはそこがまたいいらしい。

 何気に「白神学園のクイーン」とか呼ばれてる人で、「踏まれたい女子」、「罵られたい女子」、「ペットになりたい女子」のランキングで堂々の三冠を達成していたりもする。

「……それからお勤めご苦労様?」

「えっ……お、おう……」

 い、いきなり労われた……? 不気味なんだが、姉貴に労われると。

「本当に勤勉よね? 誰も通さないようにしっかり門を守っているんでしょう? ここがゲームの世界なら、きっといいCPUになれるわよ、あなた達?」

 ……と思ったら、まったく労われていなかった。

 つまり、姉貴が言いたいのは、「門の前に呆然と立ち尽くすな、この無能な暇人共が‼」と言うことらしい。

 毒舌と皮肉……二つを絶妙に使い分け、相手に確実に精神的ダメージを与えてくるんだから、サモーナがペットになりたがる気持ちも……うん、分からないな。

「なんだ、貴様? この数多の闇より這い出でし世界の覇者‼ 麗しき終末の堕天使、エルストリア・ディ・グランハウザーを前に随分と不遜な奴よな? 図が高い‼ 控えよ、人の子よ‼」

 ……どうでもいいが、メイよ。

 お前はいちいちその長たらしい名前を名乗らないと気が済まんのか?

「……銀河。何なの、この娘?」

「あ~っ……いや、その~……」

「喜べ、人の子よ‼ 世界征服の足掛かりとして、まずはこのあばら家を我が手中に収めてくれるわ‼ 真っ先に我が下僕となれること存分に誇るがよいぞ‼」

 俺が何と説明したものか散々頭を悩ませている傍ら、メイは胸を張って、ふふんっ、とふんぞり返ってみせる。人の気も知らないで話をややこしくするな。

「あら……残念だけれど、あなた如きにわたくしは征服できないわよ? だって、わたくしはすでに征服されているもの」

「えっ……?」

「そう‼ わたくしの心はすでに征服されているの。年端も行かない幼気いたいけな少年……十二歳以下の男の子の魅力にね♡」

「んなっ⁉」

 こちらも負けずと薄い胸を張ってのドヤ顔……。

 思いも寄らないカミングアウトに、流石のメイもちょっと(いや、かなりか?)引き気味だ。

「ハァハァハァ……♡ だ、だって最高じゃない? あの柔らかく包み込むようなもち肌♡ 眠っている時の無防備な口元♡ 泥だらけになってはしゃぐ無邪気な笑顔♡ まさに天使よ‼ この世に天使が存在するのだとすれば、きっと少年の姿に違いないわ‼ いいえ、そうでなければ、わたくしは天使と認めないわ‼」

「ぎ、銀河ァア……な、何なんだ、この人? あ、頭大丈夫か?」

 メイよ、そんな本気で心配そうな瞳で俺を巻き込むな。変人は変人通し仲良くしてればいいと思う。

「あら、失礼ね? 至って正常よ‼ むしろ、神の産み落としし至宝にして最高傑作たる少年を愛でないあなた達の方が異常なんじゃないかしら? だいたいね、堕天使だの魔女だの中二病を患っていいのは可愛らしい少年だけなのよ‼ あなたみたいな中途半端な幼女がそう言うの語らないでくれるかしら? どこに向けた需要を狙っているのよ?」

「いや、需要とか狙ってないんだが⁉ あくまで格好いい……ん、んんっ‼ 前世の記憶に従って行動しておるに過ぎぬわ‼」

「前世の記憶? あら、それならわたくしも持っているわよ? 前世では少年しか存在しない国で女王をやっていたに違いないわ‼ ええっ、きっとそうに違いないわ‼ だって、こんなにも少年を愛しているんだもの‼ それはもう博愛精神の塊なんだもの‼ ハァハァハァ……♡ あ、アイラブショタっ子なんだもの♡」

「……や、ヤバい……ヤバいぞ、銀河? こ、この人、絶対頭おかしいって? だ、だって前世の記憶とか本気で言い出してるんだぞ? 一度、病院に連れて行った方がいいな、絶対?」

「いつものことだ」

 ……と言うか、それ最初に言い出したのはお前だよな、メイ?

 俺の姉貴、金剛院真金は本当にどうしようもない程のショタコンだ。それはもう病的なまでのショタコンだ。

 だって、実の弟に熱くてねっとりとした視線を向けるか、普通? 俺は向けられたね、五年くらい前までは。

 着せ替え人形の如く服(しかも、女物も有)をとっかえひっかえされるは、骨が折れるかと思うくらいの馬鹿力で抱き締められるは、夜中に目が覚めたらベッドに忍び込んでハァハァ言ってるは……もうとにかく、変態エピソードには事欠かない人だ。

 そのお陰で未だに俺は姉貴のことがちょっとトラウマだったりする。

「あ、あぁん、前世を思い返していたら少年が恋しくなってきたわ♡ わたくし、ちょっと出かけてくるわね? 夕ご飯までには帰るから」

 それだけ残した姉貴は辛抱堪らんと言わんばかりに全力で駆け出した。向かう先は近くの幼稚園か? ……夕飯までに帰れるといいな、いろんな意味で?

「……ま、まさかとは思うが、銀河の家族や知り合いってあんな変態や変人ばかりじゃないよな? さ、サモーナや今の人みたいな連中ばかりじゃないよな?」

「……少なくとも、お前が簡単に征服できるレベルの連中じゃねぇことだけは確かだな?」

 つまり、一言で言っちまえば変な連中ばかりと言うことだ。

「く……くくっ……くくくっ……」

 俺の発言を受けて何を思ったか、メイは顔を手の平で覆って含み笑いを始める。

「ク~ッフッフッフッフッフ~ッ‼ 上等よ‼ 我が栄光へと続く禍々しき覇道が安易であろうはずもなし‼ さりとて‼ さりとて、我の歩み止めるには能わず‼ 必ずやこの世界を我が手中に収めてくれるわ‼ ク~ッフッフッフッフッフッフッフ~ッ‼」

 ……うん、まあ精々頑張ってくれ。

 だけど、今は頑張るな。買い物帰りの奥様方の視線が痛々しくて仕方ない。ただでさえ、「変わり者の一家」として近所での評判は微妙なのに……。

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