#6
《閃光将軍》——。
かつて、唯一存在していたらしい。
術士の家系でも何でもない純粋な人間でありながら、二振りの刀と光の如き速度で、《白騎士十二神将》の一角に数えられた男が。「人類最強にして最速の男」とまで謳われた伝説の男が。
まさか、そんな凄い人がこんな身近に……しかも、上司だったなんて誰が予想し得ようか。少なくともあたしはまったく予想もしていなかった。
「おじ様~ァ♡ 会いたかったですぅ、刀次郎おじ様~ァ♡」
「こ、こら、やめんか、馬鹿者‼ 離れろ、メイ‼ 五分で離れろ‼」
何よりあそこまで中二病丸出しの痛々しい娘が二鶴木さんにここまでぞっこんだなんて……うん、予想もしてなかったわ、少なくともあたしはね?
二鶴木さんの膝に座った少女は、おじ様~、と甘えた声を上げつつ、そのふくよかなお腹に愛おし気に頬擦りする。……こうして見てると何だか小動物みたいな娘ね。
ううん、まあ確かにこの娘の豹変ぶりには驚いたけれど、何より……、
「……ほ、本当なんですか? 二鶴木さんが《白騎士十二神将》の一角って話?」
「う、うぅむ……まあ、何だ……昔の話だ」
そう、何より二鶴木さんが今から五百年も前に伝説を築いた《白騎士十二神将》の一角ってことの方が驚きだ。
……と言うか、今二鶴木さんって幾つくらいなのかしら? 外見から勝手に四十代前半頃だと思ってたけれど……。
「う、嘘……おっちゃんが……ううん、このお方があの有名な……」
「へ~っ……こんな豚みたいなおっさんにもあるんだな、意外な過去が」
「しし、失礼だよ、銀河⁉ 《閃光将軍》様は凄いお方なんだからね‼」
……おっと、ここにも豹変人間が。
二鶴木さんの正体が分かるや否や、紫電はキラキラと目を輝かせる始末。いつも通りの銀河の悪態を慌てて咎める始末だ。
一応言っておくけれど、あんたよね。つい十分前まで二鶴木さんのことを一番馬鹿にしてたのって。
「今までの数々の無礼、本当にすみませんでしたァア、《閃光将軍》様‼ 知らなかったこととは言え、
「え、えぇい、やめんか、馬鹿者‼ お前に頭を下げられると鳥肌が立ってくるわ‼ 仮にも魔界の次期国王ならば軽々しくこんな老兵に頭を垂れるでないわ‼」
きっちり九十度、腰を折って潔いまでの謝罪を決める紫電。
そんな彼に二鶴木さんは照れ臭さからかガシガシと後頭部を掻き毟る。
「あ、ああっ、なんて器の大きなお言葉‼ 流石かつての英雄は懐が深いんですね、《閃光将軍》様‼」
「だから、所長と呼べと言っておろうが、所長と‼ 二度と《閃光将軍》なぞと呼ぶな、忌々しい‼ あと「様」付けも止めよ‼」
……ど、どうでもいいけれど、紫電キャラ変わり過ぎじゃない? こんな澄んだ瞳見たことないわよ。普段、キラキラした羨望の眼差しは受ける側よね、サモーナから?
「ふふんっ‼ みんな十分分かったみたいだな、刀次郎おじ様の凄さが? 何の特殊な能力もないのに、二振りの刀とその神速だけで《白騎士十二神将》の地位まで登りつめた人なんだぞ‼ 本当に凄いよな、私のおじ様は」
ようやく二鶴木さんの膝から立ち上がった少女が、薄い胸をふふんと張る。
確かに二鶴木さんの凄さはよく分かった。中二病を回復させ、ナルシスト全開な紫電に頭を下げさせる程だもの。ある意味、誰にも従いそうにない二人なのにね。
だけど、今はその話は置いておくとしよう。
「え、え~っと……そ、そろそろ聞いてもいいですか? そう言うあなたは一体何者なんですか? おじさんの知り合いみたいですけど?」
「私? そう言えばまだ自己紹介してなかったな?」
「ええっ、そうね。堕天使何とかって中二臭い名乗りは聞かされたけれど……」
「ふんっ‼ 中二だと? いかんな。これだから物事の道理を弁えぬ矮小なる人の子は好かぬわ」
やれやれと言わんばかりに首を左右に振ってみせた少女は、
「哀れな人の子に今一度我の秘められし真名、聞かせてくれようぞ‼ 我が名は数多の闇より這い出でし世界の覇者‼ 麗しき終末の堕天使、エルストリア・ディ・グランハウザー‼ 貴様ら人の子を今より我が下僕としてくれようぞ‼」
背中のマントを翻し、盛大にふんぞり返ってみせた。
……格好いいと思ってるのかしら、そのポーズ? きっと本人は思ってるんでしょうね、可哀そうに。
「……で、本当のところは何者なのさ、君?」
「はぁ……こやつは白明明。五分で説明すると泰然殿……現白帝の娘だ」
なるほど、五分どころか一言で終わったわね。
「その通りよ‼ どうだ、驚いたか、ええっ? 我は神界の中国を治める四大勢力の一つ、白帝が娘……つまりは次期女皇なのだ‼ 深淵より来る我を盛大に持て囃すがよいわ‼ ク~ッフッフッフッフッフ~ッ‼」
確かに凄い肩書であることは間違いないのだろう。
けれど、室内の空気はメイの予想とは大きく異なり、シーンと静まり返るだけだった。
そのあまりの平然とした態度には、むしろメイの方が困惑を覚えるばかり。
「あ、あれ? どうしたんだ、みんな? も、もしかして、驚き過ぎて言葉も出ないのか?」
「い、いえその~……だって……ね、ねえ?」
困ったような笑顔で同意を求めてくるサモーナに、あたしは、ええっ、とだけ返しておく。こういった場合、敢えて何も言わないのも優しさよね、うん。
「次期国王ならすでに仲間に一人いるしな? っつうか、インパクトに欠けんだよ、インパクトに? 直属の上司が伝説に名高い《白騎士十二神将》ってことに驚き過ぎて、お前がどこの誰であろうとそこまで驚かねぇよ」
「何より閃光……二鶴木さんの過去を知ってるんだもん。容易く予想くらい付くでしょ、普通? 自分自身の実力で成り上がった二鶴木さんと、ただ父親の威を借るだけの君では比べるまでもないよ」
「うっ……うぅ……そ、そんな言い方……」
そんなあたし達の気遣いがどうやら男達には分からないらしい。銀河と紫電の言葉が重ねられる度にメイは大きく項垂れていく。
順番が違えば多少は……ええっ、多少は驚いたかもしれないのに、哀れね。
「ん、んんっ……まあ、そのようなことよりメイ、お前は一体何をしに人間界に来た? 単なる観光なぞと言うわけでもあるまい?」
「あっ……そ、そうでした」
二鶴木さんに肩を叩かれたメイは、思い出したように顔を上げる。懐をガサゴソと探り一枚の手紙を取り出すと、それを二鶴木さんに手渡した。
「うん? なんだ、これは?」
「母上からの書状です。現地の責任者の方に渡すようにと……」
「うっ⁉ り、凛風殿から……」
受け取った手紙の前後をよくよく確認した二鶴木さんは、「母上」の単語を聞くと共にあからさまに眉を顰めた。
そんなに強烈な人なのかしら、この娘の母親って? ……まあ、娘が娘なんだもの。親が親でも仕方ないのかもだけれど。
「何々……」
カイゼル髭を一撫で二撫でしつつ、手紙を開いた二鶴木さんは、
「はぁ……凛風殿も相変わらずのようだな」
呆れたように呟いて、すぐさま手紙をデスクの上に放り出す。
「何だよ、おっさん? 何が書いてあんだ?」
怪訝気に呟いた銀河が、放り出された手紙を代表して摘まみ上げた。
大丈夫なの、あんたみたいな馬鹿で? 相手は仮にも神界の住人。神界の言葉で書かれてるんだとすれば……、
「え~っと……なんて書いてあるんだ、これ?」
「あたしに分かるわけないでしょ、そんなもの?」
ほら、見なさい。銀河が回してきた手紙には、びっしりと謎の文字や記号が並ぶ。
知らないことは知らないんだもの、最初から挑戦しない方が無難よね。
「紫電、あんた読める?」
「どれどれ、貸してみなよ」
そう言って、あたしから受け取った手紙を、しばらく無言でじっと眺める紫電。手紙を読み進める程に、彼の額には油汗が流れ、口元をもごもごさせ始めた。
「な、なるほどね……イウェルカスタ語か? ううん、これはメドゥイーロ語かな?」
「……ラハジェロフ語だ」
「いや、どこの言葉だよ、それ⁉ っつうか、結局お前も読めねぇのか‼」
銀河のツッコミに、紫電はムスッとする。
それと同時に彼の皮膚にはバチバチと雷が走った。
「う、うるさいよ、銀河‼ ふんっ、従者の力は主の力も同じ‼ サーちゃん、ボクに恥を掻かせればどうなるか……分かってるよね?」
「えっ、わわ、私⁉ ……そ、そんなこと言われると……無性に読みたくなくなっちゃいます~ぅ♡」
そして、手紙はサモーナへと流れ着く。魔女である彼女は様々な言語に明るいのよね。彼女ならきっと……、
「え~っと何々……っっ⁉ こ、これは⁉」
手紙を読み終えたらしいサモーナの顔色は、一瞬で驚愕へと染まる。この反応……きっと何か凄いことが書かれてるのね?
「な、何が書かれてるのよ、サモーナ?」
「……た……た……」
……た? 「た」から始まる不吉な言葉って言ったら……、
「達筆過ぎて読めません‼」
「余計な気を持たせるな、馬鹿ァアアアア‼」
「あ、あぁん♡ ありがとうございましゅ~~~♡」
……結局読めないらしい。ナイスツッコみ(もとい落雷)よ、紫電。
「はぁ……「しばらく我が娘をそちらで預かってくりゃれ」だそうだ」
「あぁん? 「くりゃれ」って……ってか、たったそれだけか?」
「ああっ、一言一句漏らさず伝えるとな? 五分で読めるわ」
「ふ~ん……たったそれだけの文章で十数行、か……やけに長ぇんだな。神界の言葉って?」
「何を言っておる? これは文字ではなくイラストだ。今回はおそらく……う、うむ、犬であろう。ほれ、この部分だけが文章となっておる」
「いや、イラスト⁉ しかも犬なのか、これ⁉ 意外と茶目っ気あんな、こいつの母親⁉」
大きく開いた口(だと思う)の中に、一行だけ書き込まれた文字(だと思う)。
うん……これは文字と言われた方が納得ね。どうやら、文字は達筆でも画力は壊滅的らしい。
「って、って言うか、この娘預かれって、また急ですね? 何かあったんですか?」
「私が知るわけあるまい。子細は書かれていないのだからな」
サモーナの疑問に二鶴木さんが首を左右に振って返したところで、
「うっ……か、かはっ⁉」
突如として胸を押さえたメイが床に片膝を付いた。
もちろん、血を吐いたりはしてないわよ、安心して?
「はぁ……はぁ……はぁ……ぐ、ぐうぅ……よ、寄るで、ない‼ 案ずるには……あ、案ずるには及ばぬ、ただの発作ぞ。……ぐ、ぐわァアアアア⁉」
……一人で何やってるのかしら、この娘は? 誰も近寄ってないし、心配する気すらない。あんたが中二病の発作を持ってることも知ってるわ。急に奇声を発しないでほしいわね。
ひとしきり、満足したのか震える足で立ち上がったメイは、別に汚れてもいない口元をわざわざ手の甲で拭ってみせる。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……あ、危ういところであったわ。我が身に宿りし滅びの力、溢れ出ればどうなるか……こ、この世界は‼ この世界だけは何としても我が手で守り抜いてくれようぞ‼」
固く拳を握っての宣誓……あんた、さっきまで「世界征服」とか言ってなかったっけ。
と言うか、あんたは一体この世界にどんな思い入れがあるのよ。
「こ、応えよ、人の子よ‼ 我が身に患いし呪いの力……この地ならば治むること敵うと申すは真か?」
「いや、知らんがな。誰だよ、そんな出鱈目お前に教えたの?」
「わ、我が血肉分けし魂の片鱗よ……。あやつめ、「おんしの病を治すには彼の地は何よりの良薬じゃ」なぞと抜かしおった」
我が血肉分けし魂の片鱗? ……ああっ、それってもしかしてこの娘の母親のことかしら?
「うん? ちょっと待てよ……そ、それってつまり……つまり、こいつの中二病を治してくれって依頼なんじゃ……?」
「「「「あっ……」」」」
銀河のふとした呟きに、室内の空気は一瞬で凍り付いた。
そりゃそうよね? だって、「中二病を治してくれ」なんて依頼、便利屋に頼むようなことじゃないもの。
何よりこの娘抱えてると……うん、何だか無性に疲れるような気がするわ。
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