#5

「ク~~~ッフッフッフッフッフ~ッ‼」

 何人をも寄せ付けぬ荒々しく禍々しく、何より神々しい高笑いと共に、私は古びた洋館の玄関ドアを蹴破った。

「我が名は数多の闇より這い出でし世界の覇者‼ 麗しき終末の堕天使、エルストリア・ディ・グランハウザー‼ 貴様ら醜き欲望の化身たる人の子を今一度灰塵に帰す為、遥々深淵の彼方より舞い戻ってみせたわ‼」

 背中のマントを翻し、左手は目元に、右手は前方に突き出す。

 う〜ん……決まった‼︎

 溢れる格好よさが止まらないな、今の私。これぞ堕天使たる者の闇に彩られし禁断のポーズだ‼

「……な、なんだ、あいつ? 佳賀里、お前の知り合いか?」

「はあ? そんなわけないでしょ、あんな変な子知らないわよ」

 現に見てみろ、ほら?

 長く続いた廊下の先、部屋の前にたむろする四人の男女も私の格好よさに思わず見惚れちゃってるくらいだ。私が格好よすぎて開いた口が塞がらないか。うんうん、まあ当然の反応だな。

 だけど、私は憚らない。溢れる格好よさを押し留めたりはしない。

「喜べ、人の子よ‼ 我が禁断のラビリンスをこの地上に築く為、手始めに貴様らから下僕としてくれようぞ‼ 我に最初に征服される栄誉、有難く受け取るがよいわ‼」

 クフフッ……もしかしたらすでに心は私の魅力に征服されちゃってるかもだけど。

「な、何つうか……言ってることが紫電みてぇな奴だな?」

「い、いや、初見の痛々しさは紫電以上でしょ?」

「……き、君ら馬鹿にしてる? ねえ、ボクのこと馬鹿にしてるの? ボクを……ボクを……」

 金髪の男と赤髪の女の発言に、眉をひくひくとさせたピンク髪の男(か女かよく分からん奴)。彼の全身の毛は、何やら一度脈打ったかと思えば、

「ボクを馬鹿にするなァア‼」

「きゃ、きゃあァアアアア♡ おおお、落ち着いて落ち着いて、シー様~~~♡ でで、でも、もっと~~~♡」

 お、おおっ……堕天使もびっくりな不条理っぷり⁉

 あろうことか皮膚を流れる高電圧の雷を、宥めに掛かる黒髪の女が全身で受け止めた。おかげで他への被害はゼロに……。

「あ、アヘッ……アヘヘッ♡ あ、ありがとうございましゅありがとうごじゃいます、ご主人様~~~♡」

 そして、そのまま恍惚の笑みで口元から涎を垂らした黒髪の女は床に倒れ込んだ……。

 な、何なのだ、この女。もしかして、耐堕天使用に開発された最終兵器か? 流石の私もこんな変態は征服したくないんだが。

「ねえ、君……? もう一度だけチャンスをあげるよ。ボクの前で発言することを許可してあげる。君は何をしに来たの? 事務所の客……ってわけでもないよね? 返答によっては……」

 一度言葉を切ったピンク髪の男は、パチンと指を鳴らしてみせる。そこにはわずかな火花が流され、高圧的な視線と共に見る者を委縮させた。

「……この可愛いボクが自ら裁きを降してあげるよ」

 ひ、ひぃっ⁉

 こ、怖いぞ、この男。顔は可愛いのに怖いぞ。

 だけど、ちょっと格好いいかも、その指パッチンからの流れるような恐怖の演出……今度真似してみるとしよう。

「ふふ、ふんっ‼ こ、この妖気……貴様ただの人間ではあるまい? ら、雷獣……けだものの類か?」

「……け、獣だって?」

 不遜にも射殺すような視線を向けてくるピンク髪の男。

 だけど、私にだって堕天使としての意地ってものがある、負けるもんか。

「け、獣でなければ何だと言うのだ? 小動物か、うん? 我の築きし禁断のラビリンスに貴様如き矮小な存在なぞ不要よ‼」

「しょ、小動物……矮小……へ~っ、君、よっぽど命がいらないんだね?」

「ちょ⁉ だ、駄目よ、紫電⁉ 抑えなさい‼ あとでサモーナで憂さ晴らしすればいいでしょ? たとえ、相手が征服とか言ってる痛い子でも、仮にも幼い女の子なのよ⁉」

 おおっ、早速下僕一号の誕生か? 鼻息荒く私に歩み寄ろうとするピンク髪の男を、赤髪の女が、どうどう、と押さえ付けてくれた。

「せ、征服……? そう言やぁお前、「我に最初に征服される栄誉」とか言ってたよな?」

「う、うむ? その通りだが?」

 次に口を開いたのは、それまで無言を貫いてきた金髪の男だった。

 私の頷きを確認するや否や、にやりと不気味に口元を吊り上げた金髪の男は、

「だったら、これも正当防衛ってことで通るよなァア‼」

「ちょ、ちょっと銀河⁉」

 うおっ⁉ あ、あろうことか、腰のホルスターから素早く銃を抜き放ち、私目掛けて乱射してきおった。制止する赤髪の女の言葉にも耳を貸さず。

「ちょちょ⁉ ちょっと待て待て待てぇえい⁉ ななな、何をするか、貴様ァア⁉」

 問答無用……突然の銃弾の嵐に私は成す術もなく逃げ惑うしかなかった。幾ら私が神族で堕天使だからと言って、痛みを感じないわけじゃないんだぞ? 豆鉄砲だって喰らえば痛いんだ。

「いひっ……いひひっ……い~~~ひゃひゃひゃひゃひゃ~~~っ♡ いいぜいいぜいいぜ~~~、お前‼ 侵略なり征服なりどんどんウェルカムだぜェエ? 正当防衛ってことでぶっ放し放題じゃねぇか‼ マジテンション爆上がりじゃねぇか、そんなの~~~♡」

 なんだ、その狂気丸出しの発言は⁉ この事務所にはろくな人間がいないのか⁉

「え、えぇい、かくなる上は‼」

 私だって神族だ。ただのか弱い人間じゃない。

「我に手向かったこと、あの世で悔いるがいいわァア‼」

 両肩の先、ぞわぞわと波打った私の肌には、見る見る内に白い獣の毛がびっしりと生え揃っていく。それは指先まで至ると、爪までも鋭く野性的に研ぎ澄ませ、手の平には肉球を描き出した。

 これぞ神族……父上から受け継いだ白虎としての能力だ。目の前の男も特別な能力を受け継ぐ家系出身らしいが、一介の人間に後れを取る程軟じゃない。

「せぇえい‼」

 気合の雄叫びと共に一息で距離を詰めた私は、金髪の男目掛けて乱暴に右手の爪を振り下ろす。

 鋭く空を切った爪だが、しかし、金髪の男を捉えるには至らない。爪の軌道を一瞬で見極めたらしい金髪の男は、すぐさま軌道の外に逃れることによって私の攻撃を事も無げに回避してみせた。

「このこのこのっ‼ い、いい加減当たれぇえ⁉」

「や、やめなさい⁉ やめなさいよ、二人共⁉」

 右肩、左腰、首筋、左脇腹、右膝……。

 両腕の爪を交互に入れ替えて、私は的確に注意を欠いた部位を狙っていく。

 しかし、金髪の男は攻撃が熾烈を極める程に喜色と狂気を増幅させていく性格らしい。私の一撃一撃が益々金髪の男をヒートアップさせてしまう結果に。

「はんっ、面白ぇ‼ やっぱこうでなきゃな‼ もっと‼ もっともっともっとだ‼ もっと激しく行こうぜ、ええおいっ‼」

「くっ⁉」

 私の攻撃の継ぎ目を見逃さず繰り出される数発の銃弾。近距離での銃撃は私に避ける暇すら与えず、虎と化した腕で受け止めるのが精一杯だった。

 銃を得物として選んだ相手には、距離を与えず攻め立てるのが鉄則だろう。だけど、彼は違うらしい。こちらが素早く重ねる攻撃を難なく躱してみせるのだ。ゼロ距離となった銃程殺傷力が高い武器もない。

「ほ、本当に何なのだ、貴様はァア⁉」

 大きく後ろに跳躍して金髪の男と距離を開けた私は、心の底から恨み言を吐き捨てずにはいられなかった。

 このまま戦いが長引けばまずいな、どう考えても。私も彼もまだまだ全力じゃないからいいようなものの、もしもこれ以上戦いが長引けばどうなるか……。

 普段から「世界征服」と豪語している私だが、別に無駄な破壊が好きなわけじゃない。下手をすれば、ここら一帯は焼け野原……そんなこと私は望まない。

 こうなったら仕方がない、か。

「やかましいぞ、お前達‼ さっきから何を騒いでおる‼ 五分で黙らんかァア‼」

 ……と、そこで洋館の一室の扉を開き、外に出てきたお鬚が素敵なおじさんが。

 ちょうどいい。

 無防備なその姿に、私はターゲットを彼一人に絞った。

「そこを動くなぁあ‼」

 暴れ狂う金髪の男に対する人質を取るべく、私はおじさん目掛けて疾駆していく。自慢じゃないが、素早さにおいては誰にも……いいや、「あのお方」ただ一人を除いて誰にも負けない自信があった。

「あ、危ない、二鶴木さん⁉」

 声を荒げる赤髪の女の心配を他所に、

「所長と呼べ、所長と」

「なっ⁉」

 さも当然とばかりにおじさんは私の背後へと回り込んでみせた。それも私ですら目視不可能な速度で、だ。まるで時空を飛び越えたかの如き、最初からそこに存在していたかの如き超人的な速度で、だ。

「ふ、二鶴木ってまさか……」

「まったく……」

 凄まじいまでのスピードに聞き覚えのある名前、聞き覚えのある「五分」のフレーズ……そして何より忘れもしないの面影……。

 頭の中で結び付いたそれらの情報に、咄嗟におじさんを振り返ろうとした私の頭には軽い拳骨が。

「……他人様の事務所でお前は何をやっておるか、メイ」

「お、おじ様……と、刀次郎、おじ様……」

 ま、間違いない。このおじ様は……このおじ様は……。

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