#4
白神島の外れの山の中……鬱蒼と緑の生い茂る森にひっそりと建つ一見の古びた洋館。自然のままに伸び放題となった蔦や草木に侵された建物の玄関には、こんな表札が。
人魔お悩み相談所《エスペランサ》……。
あたし達のアルバイト先は、一言で言ってしまえば便利屋。
だがしかし、その名前から分かる通り、ただの便利屋ではない。
『多くの妖怪や悪魔、天使や神族が仲良く手を取り合い暮らす楽園……白神島』
……と、確か役所のホームページの見出しにはそんな感じの紹介文が掲載されていたかしら。
あながち嘘ではないだろう。
島内は常に平和だし、これと言って争いが生まれることもない。まあ、個人的な小競り合い程度なら可愛いものね。大目に見ましょう。
しかし、その陰では異なる種族通しが「手を取り合う」為に奔走する存在がいた。
それこそまさしくあたし達、人魔お悩み相談所《エスペランサ》だ。
時に種族間の争いの仲裁に、時に逃げ出した凶悪なペットの捜索。時に繁殖した魔界生物の駆除に、時には魔界や神界の王侯貴族の護衛なんて仕事まで。
依頼さえあればなんでも引き受ける……それがあたし達の仕事だった。
もちろん、そんな場所に席を置くあたし達が、ただの非力な人間な訳がない。
我が焔城寺家は炎術士の家系だし、銀河の金剛院家は金術士の家系。獣ヶ原家は雷獣で、サモーナは召喚術を得意とする魔女だ。
この会社で純粋な人間なのは、彼ただ一人……、
「ええっ、それはもう‼ ……はい……はい、重々承知しております。申し訳ございません。私の方から厳しく言っておきますので、何卒平に‼ 平にご容赦頂ければと。……はい……はい、それでは失礼致します」
そこで通話は終わったのだろう。最奥の所長席に着く男は、堪った鬱憤をぶつけるように受話器を乱暴に叩き付ける。
「えぇい、まったく忌々しい‼ 何が「君達の事務所はゴミ溜めなのかね?」だ‼ 貴様らのような椅子にふんぞり返り偉ぶっておるだけの連中に現場の何が分かる‼」
電話中のペコペコした殊勝な態度からは一転。デスクに力任せな拳を振り下ろした彼の名は
そんな彼は、応接室の入り口に立つあたし達を指差して、なおも声を荒げる。
「だいたい、貴様らが仕事の度に無茶をするから上から毎回毎回お小言を頂戴するのだぞ‼ 少しは文句を言われる私の身にもなってみろ‼」
「ふんっ、偉そうに……このボクは獣ヶ原家の末裔だよ、おっちゃん? つまりは王族なんだよ。口の利き方には気を付けた方がいいと思うな?」
「きゃ、きゃあァアアアア♡ 流石シー様、本来なら問答無用で打ち首のところを見逃すなんて♡ 懐の広さにクラクラ来ちゃいます~~~ぅ♡」
「そうでしょそうかな偉いよね、ボク‼ あ~っはっはっはっはっは~っ‼」
腰に手を当てて、盛大な高笑いをする紫電。ついでにサモーナは目をハートにしてそんな彼を全力で褒め称える。
そう、厄介なことにこのナルシストは、魔界の一領地を治める王族の出身……王子様だった。
「な、何~~~ィイ……」
だからこそ、一層鬱憤を溜め込んだらしい二鶴木さんだけれど、強気には出られない。
「い、いつも言っておるが私のことは所長と呼べ、所長と‼ ……まあ、そんなことはどうでもいい。先日の妖花除草の件……あれはどういうことだ‼」
妖花除草? ……ああっ、依頼主の所有する山一面に咲いた魔界の花、妖花を除草してくれってあれね? 確かあの件は完了したはずだけど、結果的には……。
「依頼主は妖花を除草してくれと言ってきたのだぞ? 誰も山を更地に戻してくれなぞと依頼してきたわけではないわ‼」
や、やっぱりそうなるわよね、うん。
けれど、それならあたし達にだって言い分はある、仲間を助ける為よ。仕方なかったんだもの、あれは。
「その件に関する文句ならサモーナに言えよな、おっさん」
「だ、だから、所長と呼べと言うのが……え、えぇい、まったく‼ どういうことだ、金剛院?」
「どうもこうもねぇよ。妖花の大群の中に一人先走って突っ込んでいったサモーナが地面の中に引き摺り込まれて、それを助けようとした結果があれだ」
「えっ? 気色悪い触手の大群とか見たら突っ込んで行きたくなりませんか、普通?」
……うん、それはあんたみたいな変態だけよ。
「で、では、魔界との交信用電波塔の修復の件に関しては?」
「あれは思うように修復できない電波塔に腹立てた紫電が雷を落としたからだ」
「ふふんっ、可愛いボクの意に沿わないんだよ? あんな安物、消滅させて何が悪いのさ?」
……いや、流石に跡形もなく消滅させたらまずいでしょ?
「それだけではないわ‼ 研究棟の魔界生物集団脱走の件に関してもだ‼」
「それは全部銀河の馬鹿が射ち殺しました」
「あ~っ……あれは楽しかったなぁ……。久々にテンション爆上がりだったぜ?」
少しは悪びれなさいよ。……まあ、この戦闘狂なら「逃がす方が悪い」とか言いそうだけど。
「ま、まだまだあるぞ? 来月のイベントに使う予定の神鳥の捕獲に関しては?」
「うっ⁉ そ、それは~……」
「佳賀里の馬鹿が焼き鳥にしました」
「あ、あんたが直前に変な問題出してくるからでしょうが‼ 頭がパンクするかと思ったわよ、本当あの時は‼」
確か「一羽の神鳥を捕まえるのに一人でやるのと四人で掛かるの。さて、どちらの方が楽でしょうか?」だったかしら? ある意味、一人でやった方が楽だったわね、あの時は。
「っっ~~~⁉ き、貴様らと言う奴は‼ どいつもこいつもなんでこうも依頼内容を忠実にこなせんのだ‼ 貴様ら程の実力があれば、どれも容易い内容であろうが‼ 五分だ‼ 私が出れば五分で終わるぞ‼」
基本、現場に出ない二鶴木さんが言っても説得力ないわよ。
彼はある意味典型的な中間管理職と言った感じの人だ。上……つまりは亜人種管理協会(名前の通り、人間界に滞在する神族や妖怪、悪魔なんかを管理・監督する組織のことね)からは嫌味を言われ、使えない部下(あたし以外の三人)に頭を悩ませる。
上には従順にペコペコしてるくせに、あたし達に対しては声を荒げて怒鳴り付ける。
うん、典型的な中間管理職ね。
そのストレスが暴飲暴食に結び付いたのかは知らないけれど、お腹回りにたっぷりと油の乗った肥満体型をしていた。ワックスで固められた茶髪と、ちょっとお洒落なカイゼル髭が特徴的で、どことなく漫画やドラマに出てくる「無能なくせに権力を鼻に掛けて威張り散らす上司」を思わせる人だ。
でもまあ、悪い人でないのは確かね。上からのお叱りをひとえに引き受けてくれてるんだもの。問題ばかり起こしてる部下を首にすれば済む話だけど、見捨てようとはせずにね。その上、的確な説教はあっても言い過ぎることはないし、銀河や紫電の暴言は見逃す。
普段の態度からは想像も付かないけれど、相当懐の深い人と見たわ、二鶴木さんは。
……まあ、本人に対しては口が裂けても言わないけれど。
「ふんっ、済んだ話を蒸し返すなんて本当に器の小さい男だよね、おっちゃんは? 少しはあの伝説の《白騎士十二神将》が一人、《閃光将軍》様を見習ったら?」
「っっ⁉ せ、《閃光将軍》だと⁉︎ な、何故私が……」
見下すような視線を向ける紫電の言葉に、あからさまに二鶴木さんの顔色が変わった。
まあ、無理もない。《白騎士十二神将》が一人、《閃光将軍》に心酔してる紫電とは反対に、二鶴木さんは嫌ってるもの、その二つ名を。
《白騎士十二神将》……それは遡ること七百年程前、神界で起こったとされる『四神大戦』の折に、一騎当千の活躍を見せつけ、白帝を勝利に導いたとされる伝説の十二人の将軍のことだ。「大陸を動かした」や「天地をひっくり返した」などと嘘のような伝説も数多く残るけれど、その中で一つだけ確実な伝説があった。
曰く、「
しかし、いつの時代も過ぎた力は新たな戦乱を呼び兼ねない。青帝は残る二つの皇帝、
流石に百万の軍勢は壊滅させられても数千万となると話は別だった。
……いや、まあどっちも普通は不可能だけれど。
そこで白帝は民草の安寧の為、《白騎士十二神将》の能力を大幅に封印し、泣く泣く人間界に追放することを決めたそうだ。十二人の将軍それぞれに莫大な富と領地を与えて。
その時に白帝から与えられた領地がここ、白神島らしい。
まあ、四神対戦が終結したのは五百年も前の話だし、嘘か本当か知れたものじゃないわね。それに誰一人として《白騎士十二神将》の姿をその目で確認したことのある者はいないとされている。その存在自体、眉唾物だと一笑に付す者までいるくらいに。
かく言うあたしは半信半疑ってところかしら? 眉唾物とまでは思わないけれど、伝説のすべてを信じる程、純粋じゃない。
「君もあのお方を見習って、伝説の一つでも作ってみたら? そうすれば、幾らでも崇め奉ってあげるよ、おっちゃん? あ~っはっはっはっはっは~っ‼」
「さ、流石、シー様です♡ 尊敬に値する年長者と無駄に年だけ食ってる老害を見分けてるんですね♡ あぁん、人を見る目まであるなんて♡」
「なっ⁉ ろ、老害だと⁉」
い、いや、無駄に年だけ食ってる老害って……酷いこと言うわね、サモーナも。これは流石に怒ってもいいと思うわよ、二鶴木さん。
「え、えぇい、もうよい‼ 不愉快だ‼ 今日のところはさっさと帰れ‼」
自席にどっかりと腰を下ろした二鶴木さんは、鼻息荒く椅子ごと背を向ける。
「はあ? 俺らのこと呼び出したのあんたじゃねぇか、おっさん? 要件は何だったんだよ?」
「あ、ああっ、そう言えば……」
……わ、忘れてたのね、二鶴木さん。
「お前達に仕事の依頼が……」
と、本題を切り出し掛けた時だった。
「ク~~~ッフッフッフッフッフ~ッ‼」
紫電にも負けない盛大にして、どこか幼さを残す高笑いが玄関先から聞こえてきたのは……。
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