第8話
「お弁当はどうなされたのですか?」昼休みに何も食べずにいる俺の様子を見て不審がっている。
「ごめん、朝に…、早弁してしまった」なんだか、あの猿渡という女子の説明をするのが面倒くさくなった。
「まあ、あれでは足りなかったのですね。
明日からはもう一つ用意いたしますね」言いながら彼女の弁当箱を俺の前に置く。
「いや、これじゃ、凛子さんの分が…」確かに腹は減っているが、それは彼女も同じだ。
「では、半分ずつにしましょう」凛子は微笑むと、弁当箱の蓋におかずと御飯を盛り付ける。「どうぞ」彩りが綺麗な弁当だ。
「いや、あの実は箸が…」弁当箱と一緒に箸も猿渡の渡したままであった。
「先にお使いください。私は後でいただきますので」言いながら赤い箸を差し出してきた。
「ありがとう…」って言ってから、この箸をいつも凛子が使っている物だと思うと少し意識してしまう。彼女にこの気持を悟られないように平静を装い卵焼きを一口食べる。美味い。「これ、めちゃくちゃ美味いよ!」
「ありがとうございます。でも、京介君のお弁当にも同じ物を入れましたが」そうだ、おれは既に彼女が作ってくれた弁当を食べた事になっていたのだ。
「いや、美味しいものは、何度食べても美味しいものだね」何とか誤魔化す。
「ありがとうございます、嬉しいです。」凛子は満面の笑みを返してきた。なんだか、申し分けにくい気持で一杯になる。
「あんた達何してるの?」俺達の様子を見て、大塚が訝しげに声をかけてくる。
「あ、これは、いや…」人に見られると、少し恥ずかしい光景であった。照れ隠し気味に、凛子の作った弁当を平らげてから、箸を彼女に渡す。「あっ、ごめん。洗わないと汚いよな」立ち上がり洗面所にむかう。
「あっ、京介君、大丈夫です。私が洗いますから…」彼女は俺から箸を奪い取ると、顔を赤くして、教室を出て行った。
「なんなんだ」まあ、どうでも良いことなのだが…。しばらくすると、凛子が帰ってきて弁当を食べた。
「なに、あんた達、弁当をシェアしてるの?」大塚は呆れ顔を見せた。
「おい!京介!」唐突に、名前を呼ばれる。振り返れば、空手部の男子部員だった。
「どうした?」彼の口調で何かあった事ご解る。
「綾瀬先輩が、足を怪我をしたみたいだ!」
「何だって!?綾瀬先輩は?」立ち上がると、男子生徒に詰め寄る。
「救急車を呼んだみたいだけど、まだ、保健室だ」それを聞いて、俺は慌てて教室を飛び出した。
「京介様!?」俺の後を凛子もついてくきた。
「綾瀬先輩!大丈夫ですか!?」保健室のドアを激しく開けた。
「ここは、保健室よ!静かにしなさい!!」保健の先生に怒られる。目の前のベッドに、綾瀬先輩が寝ている。何だか苦しそうである。
「綾瀬先輩は、大丈夫ですか?」少しトーンを下げる。
「解らないわ。一体何が原因なのか」保健の先生の範疇を超えているようだ。
「綾瀬先輩…」足の辺りを見ると、腫れているのが解る。とりあえず、氷で冷やしているようである。
「う、うう」苦痛で嗚咽を漏らしている。
「骨折や、捻挫にしては、苦しみ方がおかしいですね」凛子が、綾瀬先輩の足元を見る。「これは…」凛子は、何かを見つけたようである。
「どうかしたの?」保健の先生が、不思議そうな顔で凛子を見る。
「ここに小さな傷があります。何か針が刺さったような。先生、ピンセットはありますか?」凛子がテキパキと行動をするので、先生は言われるがままに、ピンセットを差し出した。凛子は受け取ると、綾瀬先輩の足から何かを抜き取った。
「それは!?」俺は目を見開く。凛子のピンセットの先には、髪の毛の先ほどの針が挟まれている。
「多分、この先に何らかの毒物が塗られていたのでしょう。何者かが綾瀬先輩を狙って…」凛子は真剣な顔で針を見つめている。
「そんな、なぜ先輩が!?」意味が解らなかった。
「とにかく何か紐で、足を縛って!それと毒を吸い出します!」凛子はスカートの内股から、何か刃物を取り出す。
「ちょっと、何をしているの!?救急車が来るまで待ちなさい!」保健の先生が慌ててい凛子を制止しようとする。
「静かに!救急車を待っていたら、手遅れになります!」凛子は髪を纏めていた組紐を抜き取ると、綾瀬先輩の足をキツく縛った。ポニーテールが解けて美しく長い髪が、姿を現す。凛子は棚にあった消毒液を、先輩の足と刃物に吹きつけてから、先輩の傷口と思われる部分に当てた。「痛いけど、我慢してください」
傷口を小さく切り裂き、髪を手で抑えながら、唇を当てて血を吸い出してから床に吐いた。この作業を数度繰り返すうちに、綾瀬先輩の顔が少しだけ穏やかになるのが解った。凛子は傷口を改めて消毒すると、包帯で手当てをした。
「きっと、これで大丈夫です。」凛子は、綾瀬先輩の頭に手を当てで、安堵の笑みを見せた。俺は、二人の様子を見て胸をなで下ろす。
「奇麗だ…」何故か、髪をおろして窓からの逆光で金色に輝く凛子の姿を見て、俺は自然と呟いてしまった。
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