第6話

放課後、凛子が空手部の練習を見学したいと言うので道場まて案内する事になった。正直なところ綾瀬先輩に凛子を合わせるのは気が引けたが、凛子に押し切られた感じであった。俺は教室で空手着に着替えていた。


「京介様!」何時になく強い口調である。


「はい!?何でしょう?」突然、キツい口調で名を呼ばれて驚く。


「何故、大塚さんは、京介様の事を京介と呼び捨てされるのですか?」少し怒っているように見える。大塚とは、ずっと中学生の頃から、それが普通だったので考えた事がなかった。


「私には、人前で京介様って呼ぶなって言われたのに、大塚さんだけズルいです。何か特別なご関係でもあるのでは…」妙なところで焼き餅を焼いている。人前だけと言った覚えは無いし、そもそも様と呼び捨ては違うような気がするが。


「大塚とは中学生の時からの顔なじみで、特別感情は俺も彼女も無いよ。何なら凛子さんも、俺の事を呼び捨てしてもらってもいいよ。親戚ならそれも不自然ではないだろうしね」親族であるなら、呼び捨てで呼び合う事は不自然ではないであろう。


「えっ、私が京介様を呼び捨てで呼んでも良いのですか?」驚いた顔を見せる。


「いいよ」別に気にはならない。ぶっちゃけ、京介様よりそちらのほうが良いかもしれない。


「それでは、きょ、京介…、ぶっ!」俺の名前を呼ぶとその場にへたり込んだ。「む、無理れす…、呼べましぇん…」顔を真っ赤にしている。


「どうして?」なんだか面白い。


「京介様の事を、呼び捨てにするには、私は修行がたりません。大塚さんは凄い方です」何に感心しているのかは全く理解出来ない。


「ここだ」校庭の隅にある空手部の道場到着した。西高の空手部は昔から強く好成績を残している為、特別に練習の為の道場を与えられている。


「立派な道場ですね」凛子は道場の外観を見て感想を述べた。


「京介君!」背後から聞き覚えのある声。既に空手着を着用している綾瀬先輩の声。彼女は黒帯の二段だ。道着姿が素晴らしく凛々しい。


「押忍。こんにちは、綾瀬先輩」


「押忍。そちらは?」綾瀬先輩は凛子に目を向けた。なんだか興味がある様子だ。


「間宮凛子と申します。本日、こちらの学校に転校して参りました。可能であれば京介…君の空手を見学させて頂こうと思いまして、駄目でしょうか?」凛子は丁寧にお辞儀をした。


「二人はどういう関係?」綾瀬先輩は、少しニヤけている。


「親戚です!遠い遠い、いとこです!決してやましい者ではございません!」俺は訳の解らん事を口走る。


「なに、それ?京介君はいつも面白いね!」綾瀬先輩は爆笑する。凛子は不服そうにそれを見ている。「間宮さん、どうぞ。宜しかったら体験も出来るけど、どうする?」綾瀬先輩が軽くウインクをする。


「でも、私、道着がありません」白いセーラー服のままである。


「私の予備の道着があるから使っていいよ。帯は白帯があったから、申し訳ないけれど、それを使ってね」


「はい、白帯で結構です。それではお言葉に甘えて」凛子は頭を下げると、綾瀬先輩から道着を受け取り、更衣室に向かった。


「彼女、何かやってるよね?」綾瀬先輩が俺に聞いてくる。


「えっ!?」まさか忍者である事がバレているのかと驚いた。


「まるで隙がない。あれは武道の達人の動きだ。」綾瀬先輩は、真剣な顔で更衣室の方に視線を送る。


しばらくすると空手道着を着用した凛子が姿を現した。見事な着こなしに、道場内に響めきが走る。綾瀬先輩の言うとおり、白帯の出で立ちではなかった。


「よろしくお願い致します」凛子は、礼をする。


「そこは始めに押忍と、言ってから挨拶をしてね。押忍!よろしくお願いします!」綾瀬先輩が見本を見せる。


「押忍!よろしくお願い致します!」凛子は同じように挨拶をする。その後、基本動作、ミット練習、組手へと毎日行う練習メニューが始まる。


西高の空手部は、フルコンタクト空手である。

手による顔面攻撃は反則であるが、基本的に直接打撃による組手を行う。


ミット練習、俺が凛子の蹴りを受ける。とても素人の蹴りではなかった。少し空手のものとは軌道が異なるが見事な回し蹴りである。


「それは、三日月蹴りだね」綾瀬先輩が感心したように凛子の蹴りを見る。


「三日月蹴り?」俺はその技を知らなかった。


「今の空手を回し蹴りを脛で蹴るのだけれど、昔の空手は足の指を曲げて足先で蹴っていたそうなの。怪我はしやすいけれど修練を、積めばピンポイントで当たるから、飽いてのダメージは多いのよ。間宮さんは、何処かで空手をやっていたの?」綾瀬先輩が興味津々で質問する。


「空手ではなく、忍…、いいえ、護身術を父に習っておりました」上手く誤魔化している。


「そうなんだ、一つ、私と組手をしてみない?」綾瀬先輩が、悪戯っ子のような目で誘ってくる。


「はい、是非!」凛子は嬉しそうであった。


対人する二人。

腰を落として両手を構える綾瀬先輩。対して、凛子は両手をダラリと下げ、いわゆる棒立ちである。


「なんなんだ、あれ」二人の組手を見ている部員から失笑が起きる。


「部外者は、黙って見ていなさい!」綾瀬先輩は凛子から目を離さず構えたままである。審判役の俺は始めの合図する。


睨みあったままの二人、最初に攻撃したのは綾瀬先輩だった。右左の突きから下段、上段の回し蹴り、セオリー通りの華麗な動き。凛子は、受ける事なくその攻撃を見切る。先ほどまで笑っていた部員達の目が見開いている。


「やはりね。只者ではないわね。攻撃をしてみてよ」綾瀬先輩が挑発する。凛子は、肩を動かしたかと思うと身を翻し後ろ回し蹴りを放つ。


「くっ!」辛うじて、綾瀬先輩はその攻撃をかわす。凛子の足が床に着いた瞬間、反対の足で後ろ蹴り。綾瀬先輩の腹部に入る。しかし、察知した先輩は半歩後ろに下がり衝撃を吸収した。


「凄いです!私の技を見切るなんて!」凛子はよほど嬉しかったようで、満面の笑みを見せる。


「見切れてないわ。降参よ。私の負けだわ」綾瀬先輩は握手を求めてくる。凛子も笑顔でそれに答える。


「あなたは強いです。私は勝ったと思いません」凛子は、楽しそうに答える。


「よく言うわ。あのまま続けていたら、部員達の前で無様な姿をさらしていたわ」負けたと言いながら綾瀬先輩も嬉しそうである。そのまま、凛子の体を強く抱きしめた。


「あ、あの」凛子は少し途惑っているようである。


「私、強い人が大好きなの」綾瀬先輩は、凛子にしか聞こえない位の小さな声で呟いた。ただ、審判をしていた俺にはその声が聞こえた。俺の心にモヤモヤが起きる。何これ、嫉妬か?綾瀬先輩に、それとも…。自分でもよく解らなかった。







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