第2話

寝る前にかけたスマホの目覚ましが鳴り目が覚めた。台所のほうから何だか美味しそうな匂いがする。

ベッドから体を起こすと大きな欠伸が出た。目を擦りながら伸びをして、部屋着から学生服に着替え、授業と部活の準備をしてから、部屋の扉を開けてリビングに出た。


トントントンと包丁でまな板をリズムよく叩く音がした。キッチンに立つ見慣れない女性の後ろ姿にドキリとする。


「京介様、おはようございます」和装にたすき掛けをした凛子がキッチンで軽くも会釈した。そうだ彼女の事をスッカリ忘れていた。彼女のその姿が凛々しくて少し魅とれてしまう。


「朝から何をしているの?」


「えっ?、京介様の朝食を作っております」料理をしている事は解っている。俺の聞きたい事はそこでは無い。


「そうじゃなくて…、母さんは?」そう、どうして母さんではなくて、凛子が朝食の用意をしているのか気になったのだ。


「ああ、昨晩、お母様達は遅くまで私とお話しをされてましたので、今朝はお疲れのようで、まだお眠りのようです。ちなみにお父様は先に会社に行かれました」言いながらテキパキと茶碗にご飯をついでいる。あの後、三人で今後の事について色々と話をしたようだ。俺も参加するべきであったのだろうが昨晩は、そんなこと全くなく考えも至らなかったし、そんな気分では無かった。


「あの後、父さん達と、なんの話をしたんだい?」少し気になったので聞いてみた。


「京介様と私の今後について…、あっ、そこにお座りください」俺は蚊帳の外のようであった。彼女に即されるまま、毎朝座る場所に腰掛ける。凛子は、慣れた手つきでご飯、味噌汁、おかずを俺の目の前に並べていく。


「何これ、凛子さんが全部一人で作ったの?」俺は毎朝、食パンと牛乳で済ませてきたが、いつもの朝食とはレベルが違いすぎる。


「ええ、そうですよ。京介様、今朝は部活があるのでしょう?早く召し上がってください」凛子は、可愛い笑顔で微笑んだ。


「あ、ああ、いただきます」ゆっくりと味噌汁を口に注ぐ。温かくて美味しい。今まで食べた味噌汁の中で一番かもしれない。


「お口に合いますか?」少し自信なさげな表情に見えた。


「美味しいよ、とても…」おかずに手をつける。朝からこんな手の込んだものを、作れるなんて仕込みも朝早くから始めたのだろう。


「良かった!」満面の笑み。悔しいが可愛いと思ってしまった。いやいや、俺には綾瀬先輩がいるんだと言い聞かせる。


「これから、凛子さんは、どうするの?」答えは解っているような気がしたが一応聞いてみた。


「京介様のお宅でお世話になります。良い妻になれるように修行させて頂きます」


「…って、君は俺の事は何も知らないだろ。どうして、そんな風に考えられるの?好きな男の子とかいないのかい?」言いながら彼女の作った料理をを堪能している。


「別の殿方を好きになった事はありません。幼き頃より京介様の妻になる事が私の宿命でしたから」宿命という言葉を聞いて重いと思った。


「凛子さんは本当にそれでいいのか?君も高校生だろ?学校はどうするの?」質問だらけになってしまう。そして多分、答えは決まっている。


「私は京介様といられるならそれで幸せです。それと昨晩、お父様とお母様が私も京介様と同じ学校に行った方が良いと仰ってくださって、本日、転校の手続きをしてくださるそうです。」何だか妙に積極的な両親に怒りが沸いてくる。


「そうか、それじゃあ一つだけ約束してくれないか?」


「はい」素直そうな返答に少し躊躇しそうになる。


「学校では婚約とか結婚の話はしないでくれ」出来るだけ真剣な目で凛子の瞳を見つめる。


「どうして婚約の話をしては行けないのですか?」彼女は少し不服そうな顔を見せる。口を尖らせているようにも見える。


「綾瀬…、いや、皆に知られると面倒くさいので、お願いだ」手を合わせて懇願する。


「…、解りました。京介様が嫌なら皆さんの前では言いません」口を軽く尖らせたまま、彼女は答えた。


「それと、もう一つなんだけど、その京介様ってやめてもらえないか」これは昨日の夜から気になっていた。


「えっ、ではなんとお呼びすれば、まさか…あ・な・た、ですか!?きゃ!」顔を真っ赤に染めて両手で隠した。


「いやいや!…、それはやめてくれ!!…、そうた、京介君なんてどうかな?」


「そんな、京介君なんて…、京介君」何故が恥ずかしそうに上目遣いで俺の名前を呼んだ。なんだかこそばゆい。


「ありがとう…なんだか色々とごめんね。あっ、ご馳走さま。凄く美味しかったよ」そう言い残して食器を運ぼうとした。


「ありがとうございます。後片付けは、私がしておきますので部活に行ってください…。京介君」恥ずかしそうに俯き、頬を赤く染めて微笑んだ。 


「それじゃ、行ってきます。」こちらも釣られて少し恥ずかしくなった。







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