第3話 悲しみの虹

 カズキが学校から帰宅したある日のこと。家に入ると、お母さんが困ったような顔をして玄関で待っていた。


 「カズキ、ちょっと…大事な話があるの。」

 お母さんの声を聞いて、何か良くないことが起きたのだとすぐに分かった。




 カズキが恐る恐るリビングに入ると、そこには金魚のモモがいつもと違う場所で横たわっていた。

 「モモが…死んじゃったのよ。」

 お母さんの言葉に、カズキの心は真っ白になった。


 モモはカズキが幼稚園のころから飼っていた金魚だった。大きな黒い目でじっとこちらを見たり、エサを待って水面にパシャパシャする姿が大好きだった。モモはカズキにとって特別な友達だったのだ。


 「どうして…どうしてモモが死んじゃうの?」

 涙が止まらなかった。カズキは泣きながら叫んだ。

 「僕、もっと早くエサをあげればよかった。ちゃんと水槽を掃除すればよかったのに…」


 お母さんは黙ってカズキを抱きしめてくれたが、悲しみはどうしようもなかった。

 その夜、カズキは布団の中で、モモのことを思い出してまた泣いた。

 「もう金魚なんて絶対に飼わない…」




 その晩、ポケットに入れていた魔法石がふわりと光を放ち、柔らかな声で語りかけてきた。

 「カズキくん、今日はとても悲しい日だね。」


 カズキは涙を拭いながら魔法石に向かって話した。

 「モモが死んじゃったんだ…僕、どうしたらいいの?」


 魔法石は少し黙った後、静かに話し始めた。

 「悲しいときには、『涙で虹を描く』ことばが大切なんだよ。」


 カズキは首をかしげた。「涙で虹を描く? どういう意味?」


 「悲しいときは、涙を流していいんだ。でもね、その涙をただの悲しみで終わらせないで、心の中に楽しい思い出を描くんだよ。それが、君の心に虹をかける力になる。」


カズキは魔法石の言葉を聞いても、まだよく分からなかった。でも、魔法石が優しい声でこう言った。

「モモとの楽しい思い出を描いてみよう。悲しい涙も、いつか温かい気持ちに変わるから。」


涙を流す

次の日、カズキは学校をお休みした。ずっとモモのことばかり考えていた。朝ごはんも食べられず、外を見る気にもなれなかった。


 お母さんはカズキのそばに座り、そっと背中をさすりながら言った。

 「カズキ、泣きたいときは泣いていいのよ。モモはきっと、カズキにたくさんの楽しい思い出をくれたでしょう?」


 その言葉を聞いたカズキは、声を上げて泣き始めた。

 「モモ、ありがとう…もっと一緒に遊びたかった…!」

 カズキはお母さんにしがみつきながら、何度もそう叫んだ。




 涙を流しきった後、カズキは少しだけ気持ちが落ち着いてきた。そして、魔法石の言葉を思い出した。

 「モモとの楽しい思い出を描くってどういうことだろう?」


 そのとき、お母さんが机の上にスケッチブックとクレヨンを置いてくれた。

 「カズキ、モモとの思い出を絵に描いてみたらどう?」


 カズキは最初、ためらった。でも、クレヨンを手に取ると、自然とモモとの思い出が頭の中に浮かんできた。


 モモが水槽の中を泳いでいる姿。エサをあげるときのピョンピョンとした動き。小さな泡がぽこぽこと上がるのを眺めながら、モモと一緒におしゃべりをしたこと。

 「そうだ、あのときモモと一緒に遊んだな…」


 カズキは夢中になって絵を描いた。色とりどりのクレヨンで、モモが元気いっぱいに泳ぐ姿や、エサを食べている様子を描いているうちに、不思議と心が温かくなっていった。




 カズキが絵を完成させたとき、空が晴れて、窓から差し込む陽射しが絵を優しく照らした。カズキはスケッチブックを抱えながら、魔法石に話しかけた。


 「魔法石、僕、分かったよ。モモがいなくなったのはすごく悲しいけど、楽しい思い出があるから大丈夫だって思える。」


 魔法石は優しく光りながら言った。

 「それが『涙で虹を描く』っていうことなんだよ。涙を流して悲しみを受け止めて、そのあとに楽しい思い出を心に描く。そうすると、君の心に虹がかかるんだ。」


 カズキはスケッチブックを見つめながら笑った。悲しみが完全に消えたわけではないけれど、モモへの感謝の気持ちとともに、新しい一歩を踏み出す勇気が湧いてきた。



 夕方、カズキとお母さんは庭にモモを埋めて、小さなお墓を作った。お母さんが植えてくれた花の隣にスケッチブックの絵を立てかけ、カズキは静かにお別れをした。


 「モモ、ありがとう。楽しい思い出をたくさんくれて、本当にありがとう。また会おうね。」




 

 その日の夜、カズキは魔法石を握りしめながら布団に入った。モモとの別れは悲しかったけれど、絵を描いたことで少しだけ前向きな気持ちになれた。


 「魔法石、ありがとう。君のおかげで、モモとの思い出を大切にできたよ。」


 魔法石は静かに光りながら、カズキに語りかけた。

 「悲しみを感じた分だけ、心は強くなれる。そして、その分だけ君は優しくなれるんだよ。」


 カズキは目を閉じながら、モモが元気に泳ぐ姿を思い浮かべた。そして、明日は学校に行こうと心に決めた。


 カズキの心には、モモとの思い出という美しい虹がかかっていた。

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