第12話 セルスナ・ラーグは憧れの兄①

「でも、シュリップ兄さんは闇属性魔術を使えないでしょう?」


 あの決闘場にはいなかった俺と一番歳の近い兄、セルスナ・ラーグにそう言われて、あの時最後まで戦おうとしなかったシュリップ・ラーグはこう言ったのだった。


「そんなの他の属性魔術で代用して戦えばいいだろう?」


「いえ、剣での決闘だったのですから、最低でも剣のかたちをした何かで攻撃しなくては相手も納得しませんよ! でも剣を出現させることができる魔術は闇属性魔術だけ。つまり、闇属性魔術を使えないシュリップ兄さんには勝ち目はありません。だって剣術ではノア皇子を上回れないでしょう?」


「剣のかたちをした何かじゃないと駄目って、そんなのはセルスナ、君の勝手な考えだろう?」


「・・・・・・いえ、事実、ノア皇子は納得して負けをお認めになったのでしょう? それが何よりの証拠じゃないですか! 他の魔術で負かされたのならそうはならなかったはずです!」


 そう言って、ついにシュリップ・ラーグを黙らせてしまうと、


「・・・・・・・聞いたぞ、ベルベ! ノア皇子と随分仲良くなったそうじゃないか! まったくうまくやったもんだ! このオレがいない隙に!」


 と、セルスナ・ラーグは俺に満面の笑みを向けて話し掛けてきた。


 この日、きょうだいいちのお洒落さんで知られている彼は王都に母と新しい服を買いに出掛けていたのだ。


「しかし、ベルベッチア、オマエが闇属性魔術を使えるとはな! しかもそんな歳であの伝説級の闇属性魔術、闇長剣ダーク・ロングソードまで使えるなんて、ひょっとして魔族の血でも継いでるんじゃないのか?」


 セルスナ・ラーグのその言葉に母の顔色がほんの少し青ざめる。


 もちろん彼は冗談で言っているのだろうが、それでも俺も内心かなりヒヤリとしていた。


 だから、俺は話を逸らそうとこんなことを言ったのだ。


「ねぇ、それより王都はどうだったんです? 何かいいもの見つかりました?」


「いいもの? いいものはあまり見つからなかったけど、ついにオレは英雄学園に行ってきたぞ! 在校生と剣の手合わせをしたら飛び級で今からでも入らないかって言われちゃったよ! もちろんおべんちゃら半分だろうけど」 


 セルスナ・ラーグは剣術の天才だ。


 その才はおそらく父親から引き継いだものだろう。


 その証拠に、金髪 碧眼へきがんでその見た目は一番父に似ている。


 しかし、その才は確実に父以上だと言っていいだろう。


 サーザント英雄学園は15歳になる年に入学できるのだが、冗談抜きでこの父にそっくりな12歳は今からでも学園に入れる実力を十分に持っている。


 それに魔術だってサーシャン・ラーグほどの才能はないが、年上に交じっても遜色ないくらいの力はすでに備えているはずだった。


 だが、それでも俺の知っているセルスナ・ラーグは生涯英雄学園に入学することはなかったのだった。


 なぜなら、彼はこの数日後に謎の失踪を遂げてしまうからだ。


 これがラーグ侯爵家に起こる第二の悲劇。


 そして、この頃からラーグ侯爵家は、悲劇の一家、死にとり憑かれた一族と呼ばれるようになるのだ。


 しかし、それは母が殺された後に起きたことで、母の死が回避されたことで、もしかしたらこのセルスナ・ラーグの謎の失踪もなかったことになるのかもしれない。


 いや、それはあまりに都合の良すぎる考え方か?


 でも、正直言ってセルスナ・ラーグは、この先も健在ならこの家の次期当主を狙っている俺の最大の障害になりえる男だ。


 だから、本当なら原作ゲーム通り失踪してくれるのが一番ありがたいはずなのだが、この兄と話しているとできることならもっと一緒にいたいという思いがなぜか生まれてきてしまうのだ。


「なんだよ、ベルベッチア! オレの顔をそんなにまじまじ見て! そんなにオレのことが恋しかったのか? いつからそんな甘えん坊になったんだよ?」


 このセルスナ・ラーグという男は相当な人たらしなのだと思う。


 それに、前世できょうだいがいなかった俺は、こんな優秀で人当たりのいい兄が欲しいとずっと心のどこかで思っていたのかもしれない。


 この家の当主には、今日のような活躍を続けていれば、うまくすればなれるんじゃないだろうか。


 父はあんなに俺に激甘なんだし。


 それならば誰も殺さずに済むし、誰の死も願わずに済む。


 やはり、俺はこの人当たりのいい剣術の天才、セルスナ・ラーグとまだ別れたくないらしい。


 そう自分の考えを整理してから、俺はこう言ったのである。


「・・・・・セルスナ兄さん、俺に剣術を教えてくれませんか?」



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