第13話 セルスナ・ラーグは憧れの兄②

「・・・・・セルスナ兄さん、俺に剣術を教えてくれませんか?」


 今以上に親密になれば、あの謎の失踪のきっかけに事前に気づいて、この兄を救えるかもしれない。


 ああ、そうだった! 


 このセルスナ・ラーグの謎の失踪も後々は俺、ベルベッチア・ラーグの仕業ということにされてしまうのだ!

 

 一人の兄(グラハム・ラーグ)を殺したのだから、当然別の兄の失踪にも関与していたのだろうという無茶苦茶な論法で!


 やはり、身内の死は俺にとって破滅フラグである可能性が高い。


 だったら、やはり将来の自分のためにもこれからの数日間は、できる限りのこの兄の側にいる必要があるだろう。


「グラハム兄様! シュリップ兄さん! あのノア皇子おうじに認められて、ついにベルベは本気を出すようですよ! あの怠け者のベルベッチアが!」


 そう話し掛けられても、二人の兄の反応は鈍かった。


 おそらくはグラハム・ラーグはまだノア皇子との決闘のことを気にしていて、シュリップ・ラーグはついさっき弟に言い負かされたことで頭がいっぱいだったのだろう。


「本気だなんて・・・・・・そんなんじゃないですよ。ただ次、皇子と剣を交える時は闇属性魔術を使わずに勝ってみたいんです! 俺達は同い年ですからね、剣術でも負けたくはない!」


 別にシュリップ・ラーグに言われたからではなく、同い年の女の子に純粋な剣術で勝てないのはあまりに情けなすぎると思ったのだ。


 それに・・・・・・できることなら、彼女にもっと認めれたい。


 というより、推しキャラをがっかりさせたくないのだ!


「はははは! それを本気って言うんだよ、ベルベッチア! なんだ? 皇子、皇子ってまるでノア皇子に恋しちまったみたいじゃないか! ベルベ、お前にそんな趣味があるとは思わなかったぞ!」


 本当にこの兄は鋭い。


 もしかしたらこの鋭さで誰かの触れてはならない秘密に触れてしまって消されたのだろうか。


 ちらりと、女家庭教師、アナシア・ダッシェンウルフ(新人メイド、ローズ・ローベンツ)の方を見ると、わずかに嫉妬の感情が混じったような膨れっつらをしている。


 それで、もう一人の推しキャラにどう言い訳をしようかと考えていると、セルスナ・ラーグが俺にこう言ったのである。


「よし! ベルベッチア、オレがお前の剣術の師匠になってやろう! ・・・・・・たとえ、たっぷり鍛えてやるよ!」


 オレかいなくなっても?


 随分、意味深な台詞だな。


 まるで自分の失踪を予告しているみたいじゃないか!


 セルスナ・ラーグは少なくとも俺にとってはこれ以上ないほど魅力的な人間なのに、原作ゲームでは本編に一切登場しないだった。


 公式サイトや攻略本には、ラーグ侯爵家三男で、ベルベッチアが唯一尊敬しなついていた剣術の天才セルスナ・ラーグは、ラーグ侯爵夫人の死のわずか数日後に謎の失踪を遂げる、としか記されていない。


 俺はそれが不憫ふびんでならなかった。


 それに純粋に俺はこの人の将来を見てみたい。


 だから、俺はこう返事をしたのだ。


「お願いします、セルスナ兄さん! 俺の剣術の師匠になってください!」


 すると、セルスナ・ラーグは満面の笑みを浮かべてこう言ったのである。


「よし! じゃあ、食事を済ませたらすぐに決闘場に行こう!」





          ◇





 決闘場でのセルスナ・ラーグは人当たりのいい人間でもなんでもなく、ただの鬼だった。


「ベルベ! なんなの、その素振りは! そんなんじゃあ、いくらやっても意味ないよ! やめる? やめないの? じゃあ、ちゃんとやろうよ! こうやって一回一回いい音が出ないとやる意味ないから!」  


 そう言って、セルスナ・ラーグが見本の素振りを見せてくれる。


 

 ――シュンッ! シュンッ!



 セルスナ・ラーグが剣を振り下ろすたび、そんな耳をつん裂くような音が鳴る。


 だが、俺がやっても、



 ――スン! スン!



 と、なんとも情けない音しか鳴らないのだった。


「ベルベ! ほんとに本気でやってるの?」


「もちろん本気ですよ、セルスナ兄さん!」


「・・・・・・そんなんで、よくあのノア皇子に勝てたね! でも、それじゃあ、次会った時には嫌われちゃうかもな!」


 俺はそう言われて、カッとなって今までで一番力を込めて剣を振り抜いた。



 ――ビュンッ!



「あっ! ちょうど素振り1000回目で、ビュンが出たな!」


「数えてたんですか、ずっと?」


「暇だったからな! ビュンが出たらシュンまでもう少しだ!」


「ほんとですか!」


「ああ。・・・・・・そうだなぁ。あと1万回くらいやればシュンになるはずだ!」


「1万回? 冗談ですよね?」


「冗談なわけないだろ? ・・・・・・じゃあ、オレは王都で買った妖精の吐息が入った紅茶でも飲んで休憩してくるから、ベルベはサボらず1万回頑張るんだぞ! じゃあな!」





          ◆





 それから俺が5時間半掛けて、1万回近い素振りをこなすと、セルスナ・ラーグやっと長い休憩を終えて決闘場に戻ってきてくれたのだった。 


「まだビュンだねぇ! そろそろ1万回だろ? こっからさらに集中して100回! それでシュンにならなかったらオレはベルベの剣術の師匠を降りるから! ・・・・・・でも、もしこの100回のうちにシュンが出たら、ベルベッチア、キミにオレの剣の全てを教えてやろう・・・・・・なんてな!」


 俺はもう言葉を返す力も惜しんで何も言わずに素振りを続けた。


「88、89、90、あと10回! 勝負はここからだぞ。ベルベッチア! ・・・・・・91、92、93、94、95、96、97――」


その時だった。



 ――シュンッ!



 と、セルスナ・ラーグの素振りと同じ音が出たのは。


「やったじゃないか、ベルベ! 偉いぞ! それでこそオレの弟だ!」


 そう言ってセルスナ・ラーグに抱きしめられた瞬間、それまでの10年間ずっと怠け続けていた俺の体はついに悲鳴を上げて、気を失うように深い眠りに落ちてしまったらしい。


 

 そして、次に目を覚ました時、俺はそのことを泣き出したくなるくらいに後悔することになるのだった。



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第13話を最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


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