第4話 ラーグ侯爵夫人殺人事件②

 五分も待っていると、アナシア・ダッシェンウルフはその植物学者を連れて帰ってきた。


「ベルベッチア様! 植物学者のヤーモフ・マルゲット様をお連れしました!」


「ご苦労! 二人だけで話したいからアナシアは外してくれるか?」


「承知いたしました。ベルベッチア様!」


 別に2対1になったところで、おそらくは何も問題はないのだが、これからも一緒に過ごすかもしれないアナシアにはできるだけ手の内を隠しておきたかったのだ。






          ◇





「実は、俺は父であるグレゴリード・ラーグ侯爵はくしゃくの実の息子ではないんだ。だがな、母の幻術によって父は俺のことを自分と母との子どもだと信じ込んでいるのだ。もちろん父だけでなく、きょうだい達も、使用人達もみんな母の幻術でそう信じている。母の幻術の腕は凄まじいんだ。息子の俺が誇りに思うくらいに・・・・・・」


 俺が突然そんな話を始めると、植物学者ヤーモフ・マルゲットはひどく驚いた表情になった。


「なぜそのような話をわたしなどになさるのです?」


 俺はその問いにこう答えた。


「なぜって・・・・・・お前はここで俺に殺されるからだよ!」


 俺がそう言い終わると、植物学者ヤーモフ・マルゲットの小さな体がビクビクと痙攣し始めた。


「なんだ、もう正体を現してくれるのか?」


 俺はそう言ってから、闇長剣ダーク・ロングソードと小さく唱え、灰色の長剣を出現させ、それを両手で握り、相手に向かって構えた。


 すると、植物学者ヤーモフ・マルゲットの体の痙攣はさらに激しくなり、すぐにその数倍の大きさのオークの姿になったのだった。


 「山賊オークってのは初めて見たが、やっぱり人殺しは醜い姿をしているんだな」


 オークとなったそいつは、もう人語を操ることもできないのか、


「グガァァアアアアアッ!」


 と、唸り声を上げながら俺に突進してきた。


 ひとつ間違っていれば、こんなやつに俺の母は殺されていたかも知れなかったのだ!


 俺は怒りを込めて、灰色の長剣を振り下ろし、その山賊オークを真っ二つにした(最初から凄まじい切れ味!)。


 すると、断末魔の叫びを上げながら、山賊オークは無数の小さな灰色の粒となって(この長剣でとどめをさされた相手は灰色の粒になるらしい)、最後には完全に消え去ってしまった。


 その直後、



 ――ガタッ!



 背後からそんな音が聞こえてきたので、俺は闇長剣ダーク・ロングソードを消してから(咄嗟に消えろと強く念じたら消えてくれたのだ!)、こう言ったのだ。


「・・・・・アナシアか?」


 すると、柱の向こうから燃えるように赤いロングウェービーヘアの女が姿を現した。


「・・・・・・見ていたのか?」


「・・・・・・はい」


「お前たちの作戦は失敗した。・・・・・・これで自決せずに済むな!」


 俺がそう言うと、アナシア・ダッシェンウルフはその美しい顔を驚きで歪めてこう言ったのである。


「・・・・・・ベルベッチア様。わたくしを殺してくださいませ!」


「断る!」


「なぜですか? わたくしはあなた様の母君を殺そうとしたのですよ? 憎くないのですか?」


「今見たことを秘密にし、俺に忠誠を誓えるなら生かしてやる。・・・・・・まだ言っていなかったが、俺はお前を気に入ってるんだ」


「・・・・・・気に入っている?」


「そうだ。俺はいい情報屋を飼っていてな。お前の企みは最初から知っていたんだ。だから、毎回のようにグヘヘヘヘと笑って愚かなふりをしてお前を油断させたのだ! 本当の俺は魔術と剣術の天才! それも努力を惜しまぬ天才だ! 俺がお前を気に入っているように、じきにお前も俺を気に入るようになる。自分で言うのもなんだが、俺はお前ほどの女が生涯かけて尽くすに値する男だ!」


「ならば、その天才的な魔術の腕で、わたくしに死の魔術をかけてくださいませ! わたくしが少しでもあなた様を裏切るようなことをしたら、すぐに死が訪れるような魔術をわたくしにかけてくださいませ!」


「・・・・・必要ない」


「なぜですか?」


「言っただろ? 俺はお前を気に入ってるんだ! 気に入ってる女にそんなことをする男はいないだろう?」


「・・・・・・ベルベッチア様」


「なんだ?」


「ベルベッチア様は本当に10歳になられたばかりなのですか?」


「そう見えないか?」


「いえ、10歳にしか見えません」


「そうだろう?」


「それが問題なのです!」


「何が問題なのだ?」


「・・・・・・そうなると、わたくしは10歳の子どもに恋をしてしまった愚かな女ということになりますから」


 推しキャラだった絶世の美女に熱い眼差しで見つめられながらそう告白されて、前世では陰キャぼっちゲーム廃人だった俺は思わず身震いしてしまっていた。


 この後、その推しキャラから衝撃の事実を聞かされるとも知らずに。

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