第3話 ラーグ侯爵夫人殺人事件①

 誕生日パーティー当日、俺はパーティーを途中で抜け出して、生活魔術でライトアップされた噴水の前で佇んでいた。


 俺の読みではもうすぐあの女が来るはずだった。


「・・・・・・お坊っちゃま! 主役のお坊っちゃまにいなくなられては、せっかくのパーティーが盛り下がってしまいます! すぐにお戻りくださいませ!」


 ほら、来た!


「・・・・・・アナシア」


「はい! お坊っちゃま!」


「今から俺のことはベルベッチア様と呼べ」


 もちろん、最後にグヘヘヘヘはつけなかった。


 10歳になったと同時に、グヘヘヘヘは卒業しようと決めていたのだ。


 しかし、少し口調がクール系に変わりすぎていたのかもしれない。


 アナシア・ダッシェンウルフは少し驚いたような顔になって、こう言ったのだった。


「・・・・・・お坊っちゃま? どうされたのですか、突然――」


 俺はもうこのままいくしかないと、引き続きクール系の口調のままでこう言ったのだ。


「お坊っちゃまではなく、ベルベッチア様と呼べと言っているのだ!」


 すると、ようやくアナシア・ダッシェンウルフは俺の望んでいた答えを口にしたのだった。


「・・・・・・わかりました。今後はベルベッチア様とお呼びします」


 それから俺は少しの間わざと沈黙して、アナシア・ダッシェンウルフが俺の銀色の瞳から目が離せなくなっているのを確認してから、こう言った。


「・・・・・アナシア。今夜、お前がこの城に招き入れた魔物は誰に化けている?」


 すると、アナシア・ダッシェンウルフは虚ろな瞳でこう言ったのである。


「お答えします。ヤーモフ・マルゲットという植物学者に化けています。お花がお好きな奥様に近づきやすいと思いまして・・・・・・」


「その植物学者の外見は?」


「お答えします。黒髪オールバックに口ひげの非常に小柄な男です。その方が奥様が油断なさると思いまして・・・・・・」 


「その魔物はどんな魔物だ?」


「お答えします。魔物はオークです。オークの中でも人間に化けるのがうまい山賊オークです」


「よし! 質問は以上だ!」


 俺がそう言って、手をパンと鳴らすと、アナシア・ダッシェンウルフの時間は巻き戻っていき、再びこう言ったのだった。


「・・・・・・わかりました。今後はベルベッチア様とお呼びします」


 そんなアナシア・ダッシェンウルフに俺はこう言ったのである。


「・・・・・・アナシア。花の雑学を披露して母を驚かせたいのだ。今夜このパーティーに植物学者が来ているのだろう? 誰にも気づかれぬようにその者をここに連れてきてくれ」


「わかりました、ベルベッチア様! 少々お待ちくださいませ!」


 顔色ひとつ変えないのは立派だ。


 でも、俺が10歳の子どもだから連れてきたところで何もできないと思っているのだろうな。


 燃えるように赤いロングウェービーヘアに紅い瞳の超がつくほどの美人、そして細身のモデル体型とは不釣り合いな豊満すぎる胸、自決させるにはあまりにも惜しい。


 もうすぐオークと対決しなければならないというのに、前世では彼女いない歴=年齢(惜しいところまでいった経験はあり!)の冴えない陰キャぼっちゲーム廃人だった俺は、だった彼女の後ろ姿を見送りながらすっかり悪役貴族になりきってそんなことを思っていたのだった。

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