キーホルダー
@JULIA_JULIA
第1話
この世には異能力者が存在する、それは間違いない。なぜなら、俺もその一人だからだ。しかし異能力者の存在は明るみにはなっていない。そんなことが公に知れ渡れば、世界は大混乱に陥るかもしれない。とはいえ、極めて一部の人間は異能力者のことを既に知っている。そう、インターネットの最深部に巣食う人々は知っているのだ・・・。
高校二年生になって、暫くした頃のこと───つまりは、六月上旬の昼休みのこと。まだ異能力のことを知らなかった俺───
「司郎! お、驚くなよ!」
中庭に来るなり、なんだか鼻息が荒い康介。とてつもない悪事でも、とうとう働いたのだろうか。下着泥棒にでも成り下がったのだろうか。
「つ、ついにオレはやったぞ! やったんだぞ!」
興奮しきりの康介の顔を見て、俺は悟った。やはり、そうなのか───と。よって彼の肩に手を乗せ、静かに
「今なら、まだ間に合う。大人しく自首しろ」
「・・・は? 自首? なんのことだ?」
「
「そんなことするかよ! ・・・いや、チャンスがあればするけどさ」
チャンスがあってもするなよ・・・。
しかしまぁ、どうやら康介は下着泥棒を働いたのではなさそうだ。では、一体なにをしたというのだろうか。
「オ、オレは、異能に目覚めたんだ!」
「・・・・・・・」
言葉が出なかった。まさか康介が、高校二年生にもなって中二病を発症するとは思わなかったからだ。彼は漫画やアニメを見るが、深く入り込んだりはしていなかった。だから、まさか中二病を患うことになるなんて思わなかったのだ。
「ど、どうだ? 驚いたか?」
「・・・あぁ、驚いた。それも、かなり・・・」
「おいおい、『驚くな』って言っただろ」
そう言いつつ、康介はなんだか得意満面。俺を驚かせて満足しているようだ。
「まさかオマエが、中二病になるなんて・・・」
「中二病? いやいや、違う違う! オレは本当に異能力を手に入れたんだよ!」
「はいはい、分かったよ。でも、そういう遊びは高校を卒業するまでにしとけよ?」
「だからマジなんだって!!」
その後、頑なに言い張る康介は、その異能力とやらを俺に見せると言い出した。そうして呼び出されたのは、俺たちと程々に仲の良い女子───
「なに、古屋?」
スマホのメッセージアプリによって呼び出された天堂は不機嫌そうな顔をして、康介に詰め寄っている。康介は俺の悪友である。つまり彼は、しょっちゅう下らない悪巧みをしている。更には、中々の変態でもある。そして、それらのことは天堂も承知している。だから彼女は不機嫌そうなのだ。なにかイヤな目に遭うかもしれないと警戒しているのだ。
「いや、実はだな・・・」
康介が右手で頭を掻いた。天堂に詰め寄られて焦っているようにも見える。しかし実際には、そうではない。それは俺への合図なのだ。俺は天堂から距離を取りつつ、彼女の背後へと回る。そして、天堂のブラジャーを凝視した。
既に六月へと入っていたため、高校の制服は夏服に衣替え。よって俺たち三人はブレザーを着用していない。白シャツから透ける天堂のブラジャーは、どうやら白色。細かな刺繍などは確認できないが、ブラジャーの存在は確認できた。
別に俺は天堂のブラジャーに興味はない。いや、正確にいえば興味はあるが、『天堂のブラジャーに』というよりも、『世の中の女性全般のブラジャー』に興味があるのだ。なぜなら、思春期だから。
まぁともかく、今わざわざ天堂のブラジャーを凝視したのは、康介からの指示によってだ。天堂を呼び出す前、康介は言っていた。「オレが合図したら、天堂のブラジャーを後ろからシッカリ見とけよ」と。その言い付けどおりに、俺は天堂のブラジャーを凝視しているワケだ。
「あ、そうだ!」
康介がわざとらしく手を叩いた。すると、なんとなんと、天堂のブラジャーのホックが外れた。そのことを、シャツ越しにでもシッカリと確認できた。
「えっ!? ちょっ!?」
驚くと同時に振り返った天堂。その目は俺のことを強く睨んでいる。どうやら俺がブラジャーのホックを外したと思ったのだろう。しかし、俺と天堂の距離は約二メートルも離れている。そのため、天堂は戸惑う。
「・・・あ、あれ?」
流石に二メートルも離れていては、俺が天堂のブラジャーに触れることなどできない。それを瞬時に悟った彼女は左右に首を振り、他に人がいないかを確かめた。
「ちょ、ちょっと待って、緊急事態」
「どうしたんだ、天堂?」
康介はニヤついている。そんな彼の相手をせず、天堂は俺たちから離れた。そうして背中を向けた状態でシャツの中へと両手を突っ込み、ゴゾゴソとしている。ブラジャーのホックを掛けているのだろう。その隙に、康介が俺の耳元で囁く。
「どうだ、見ただろ? これがオレの異能力だ」
康介はまたしても得意満面といった顔。彼は天堂を呼び出す前、「俺はブラジャーのホックを自由自在に外せるんだ」と意気揚々と言っていたのだ。その言葉を聞いたとき、俺は康介に対して随分と呆れていた。悪巧みと変態と中二病が合体すると、こんなバカなことを言い出すのか───と。しかし実際に天堂のブラホックは外れた。よって俺は、康介に問う。
「・・・天堂とグルになって、俺を騙すつもりなのか?」
異能力なんて、どうにも信じられない。となると、なんらかのタネがある筈だ。それも、ごく簡単なタネが。あまり大掛かりなタネや、複雑なタネではないだろう。そんなことは、できる筈がない。だったら俺が言ったように、『康介と天堂がグルになっている』と考えるのが自然だろう。
「
大声で叫んだ康介。よって、その声は天堂の耳にも届いた。
「異能力? なんの話?」
「いやいや、なんでもない!」
康介は慌てて否定し、「悪い悪い、オマエに言わなきゃなんないことがあったんだけど、忘れちまった」と言って、天堂をなんとか追い返した。
その後、やはり異能力なんて信じられない俺は、康介による『ブラホック外し』を三回も見せられた。犠牲者となったのは、中庭を行き交う女子たちだ。しかしそれでも尚、俺は信じなかった。
そもそも康介のいう異能力とは、なんなのか。『
「まだ信じられないのかよ?」
不満顔の康介はスマホを取り出し、なにやら操作を始めた。程なくすると、その画面を俺へと向ける。
「これ、見ろよ」
康介のスマホには、なんだか怪しげなサイトが映っていて、画面の中央には『みんなの異能力を教えてくりりん!』というカテゴリーがある。その、なんともふざけた名前のカテゴリーを選択した康介。すると、なんだかワケの分からない文言───というか、戯れ言が表示された。
「ほら、ここに書いてあるだろ?」
その戯れ言の内容は、『ババ抜きのときにババだけが透けて見える』、『三回ジャンケンをすれば、一回は勝てる』、『三日後の天気が分かる』などなど。それらは、どうやら異能力のことらしい。事の真偽は置いておいて、どれも大した能力ではないように思う。
「オレもコイツらと同じなんだよ」
勝ち誇ったかのような顔を見せた康介。この程度のことができたからといって、なんだというのだろう。しかしそこで、俺は康介の言葉を思い出す。『俺はブラジャーのホックを自由自在に外せるんだ』という言葉を。
「・・・え? もしかしてオマエの異能力って、『ブラジャーのホックを外せるだけ』なのか?」
「そうだ! スゴいだろ!」
・・・いや、スゴいのか?
康介からスマホを借り、映し出されているサイトを詳しく見てみる。するとそのサイトの中では、異能力者のことを『
う~ん、なんとも中二病くさい・・・。
・・・待てよ。ホントはもっとスゴい異能力があるんじゃないのか?
任意の人間を自由に操ったり、殺したり。はたまた、どこからか大金を出現させたり。もしもそういう異能力を持ったとしたら、わざわざ人に知らせるような真似をするだろうか。インターネットのサイトに書き込んだりするだろうか。そう思い、自室であの怪しげなサイトを覗いた俺は、程なくしてバイトをする決心を固めた。
怪しげなサイトの書き込みによると、異能力はキーホルダーを購入することによって発現するらしい。正確には、キーホルダーをなにかに付けることによって発現するらしいのだ。しかし、そのキーホルダーの種類は同一のモノではなく、なんともありふれている様々なキーホルダーによって発現するらしい。つまり、
その二日後、俺は早速バイトをしていた。自宅から少し離れた場所にある工場で、平日の午後四時半から十時まで。そして土日の朝から夕方まではスーパーの品出し。夕方から午後十時まではコンビニ。それはもう、働き詰めだった。
夏休みに入ると、平日の朝から午後三時半までのあいだにファミレスのバイトを追加した。そうして働きつつ、給料が振り込まれるとキーホルダーを買い漁った。しかし、異能力はなかなか発現しなかった。
ちなみに康介はというと、手当たり次第にブラホックを外していた。「夏こそ、オレの季節だ!」とか、ほざきながら。とはいえ彼が外せるのはホックのみで、ブラジャー自体を脱がせられるワケではない。
康介はブラホックの外れた女子の反応を楽しんでいるだけだ。驚いたり、戸惑ったり、頬を赤らめたり、何事もないように振る舞ったり。そんな反応を見て、楽しんでいるだけだ。かなりの変態である。俺には到底理解し得ない領域へと、康介は既に達してしまっている。
十一月末を迎え、振り込まれていた給料を下ろす。そうして、またしてもキーホルダーを買い漁る。買っては付け、買っては付け、その繰り返し。しかし、やはり異能力は発現しない。異能力が発現したら、直感で分かるらしい。できることが頭の中に浮かぶらしいのだ。康介もそうだったとのこと。
康介の場合は、『半径十メートル以内に存在する視認した人間のブラジャーのホックを外せる』と浮かんだらしい。つまり、人間が装着しているブラジャーのホックしか外せないのだ。マネキンが装着しているブラジャーや、ハンガーに掛けられているブラジャーは対象外なのだ。・・・まぁ、そんなモノを外したところで、それこそどうしようもないが。
ちなみに、水着のホックは外せないらしい。そのことを康介は、血の涙を流さんばかりの形相で嘆いていた。その一方で俺はというと、世界の平和が保たれたことに安堵していた。
時は更に進んで十二月末。やはり給料を下ろし、キーホルダーを買い漁る。しかし異能力は発現しない。もうこうなってくると、宝くじを買った方が良いのではないだろうか・・・。
というか、この頃になると俺は奇異の目で見られるようになってしまっていた。いくつかの店の従業員から、奇異の目で見られているのだ。俺がキーホルダーを買う場所は限られている。徒歩で行けるか、精々自転車を飛ばして行ける場所に限られている。せっかく稼いだカネを電車代に回すのは勿体ない。そんなカネがあるのなら、キーホルダーを買った方が良いからだ。よって俺は、辿り着ける範囲の様々な店でキーホルダーを買い漁っている。だから奇異の目で見られてしまっているのだ。
流石に、もうそろそろ諦めようかな・・・。バイトも、しんどいし・・・。
そんなことを考えつつ、購入したキーホルダーを自宅の鍵に付ける。すると、頭がズキリと痛んだ。バイトし過ぎだろうか。過労死するのだろうか。しかし、違った。
『視認した人間に声を届けることができる』
・・・なんだそれ?
どうやら異能力が発現したらしい。しかし、なんともショボい能力だ。そんなモノ、異能力でなくても構わない。遠くにいる人間を呼びたいなら、叫べば良いだけだ。ともかくまぁ、俺は全てのバイト先に連絡をして、一月中に辞めることを伝えた。そうして、発現したショボい異能力に肩を落として大人しく帰宅することに・・・。『視認した人間に声を届けることができる』なんて、そんな異能力がなんの役に立つというのだろうか・・・。
しかし、そうではなかった。康介の異能力と違い、俺の異能力に範囲指定はない。それは中々に愉快なことだった。年が明けてすぐのこと───年始恒例の生放送を見ていたとき、俺は何の気なしに囁いた。
「毎年毎年、
それは、生放送の司会をしているベテランタレントに対するボヤキというか、ヤジのようなモノだった。するとその司会者は途中で言葉を止めて、慌てて首を左右に振った。そのため、ちょっとした放送事故のような状態に。どうやら俺の声はテレビ越しでも届くようだ。
とはいえ流石に、対象が収録済みの放送では無理だった。生放送でないと無理だった。それはまぁ、そうか。いくらなんでも時間を遡ることなんて、できないだろうから。
二月に入り、既にバイト地獄から解放されていた俺は、都合が合いさえすれば国会中継を熱心に見ていた。そうして首相に声を届けていた。そう、国民の声を首相に直接届け、政治を動かすためだ。
「消費税を廃止しろ。消費税を廃止しろ」
まるで呪いの言葉を繰り返すように、そう囁き続けた。その度に首相は慌てて首を左右に振り、周りにいる人間から不思議がられていた。少々気の毒ではあるが、これで消費税が廃止されるのなら尊い犠牲ということになるだろう。
しかし、事はそう単純ではなかった。暫くすると、首相はその職を辞したのだ。そして議員の立場も放棄した。ニュースでは、体調不良が原因だと伝えられた。やはり俺の異能力は使い物にならないようだ。ただ単に、一人の議員を失職させただけなのだから。
・・・いや、待てよ? それはそれでスゴいことだぞ。悪徳議員を辞職に追い込めるんだから。
とは思ったが、誰が悪徳議員なのかを知りようがないため、その計画はすぐに頓挫した。やはり俺の異能力の使い物にならないようだ。
だが、そうでもなかった。あるとき、家族で外食をする機会があった。満席の店内を少ない従業員が行き交う。呼び止めようにも店内は騒がしく、声は通りそうにない。そんなとき、一番美人の従業員を視認し、右手を上げて囁く。すると狙いどおり、その従業員が俺たちの席へとやってくる。まぁ、それだけのことだが・・・。
しかし、他にもある。中々に混雑した電車内では痴漢の防止にも役立った。人混みを掻き分けるようにして進むオジサンが、中学生だか高校生だかの女子の背後に立った。どうも怪しいと感じ、手で口を覆ってから極めて小さく囁く。
「バカなことはやめろ、警察に捕まるぞ」
するとオジサンは慌てて首を左右に振り、程なくして女子の傍から離れた。このときは気分が良かった。人知れず犯罪を防いだことにより、俺はヒーロー気分を味わっていた。しかし悲しいかな、その善行は誰にも知られない。
四月になり、高校三年生になった。康介は相変わらず『ブラホック外し』に夢中。今では
あ、そうそう。三年生に進級したことにより、
「お・・・、おはよう、
どうしたことか、俺は天堂のことを好きになっていた。つい昨日までは、なんとも思っていなかったのに・・・。
ともかく俺の視線は天堂の顔に釘付けだ。よって、彼女の通学カバンに見慣れないキーホルダーが付いていることに、そのときは気付かなかった。
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