相互不理解
K1
理解できていなくても、『好き』は『好き』なのだ
「新年一発目のトリは、Reiさんによる圧巻のパフォーマンスでした!ありがとうございましたー!」
年の瀬は音楽業界もかき入れ時だ。特に大晦日はカウントダウン番組が各局で放送され、人気アーティストは大忙しになる。
「Reiさん、3番組もお疲れ様でした!すぐに車出しますねー」
「いえ、きちんと挨拶回りができていない方もいらっしゃいますから、ご挨拶の後で大丈夫ですよ」
「そうですか?無理し過ぎないでくださいね」
マネージャーが気を遣ってくれたところを制し、目当ての楽屋へと急ぐ。
……嘘は言っていない。歌番組をハシゴして時間が無かったため、挨拶必須の大御所への顔見せがまだなのは事実だ。ただ、ほんの少し別の思惑もあるだけで。
──Rei。今年人気が急上昇したアーティストだ。
以前から動画投稿サイトにMVを投稿していたのだが、新曲が5000万再生を突破した──つまり『バズった』のだ。
藻掻き苦しみながらも上を目指そうとする歌詞や、所々でがなりが入るエネルギッシュとクールが融合した歌声、歪みが強い特徴的なギターサウンドもさることながら、『バズった』最大の理由はMVにある。
所謂フリースタイル系の、様々なジャンルの要素を取り入れた難易度の高いダンスMVだったのだが、そこがダンス動画の投稿者にはうってつけだったのだ。
ショート動画でサビのダンスを踊ったものが数多投稿され、あらゆる動画投稿サイトで一大ムーブメントとなり──Reiは一躍、時の人と化した。
(ファンの皆に喜んでもらうためにも一発屋で終わりたくないし、こういうところで地道にやっていかないと……って、こ、このまま回っていったら次が朝陽さんだ……!だ、大丈夫だよね?変なところとか無いよね!?)
慌てて服を手ではらい、廊下の壁にある鏡でチェックする。ステージ衣装のままで、メイクも落としていないため少々派手ではあるが、失礼にはなっていないだろう。
(よ、よし……!)
覚悟を決め、ドアをノックする。
「ぉ……尾坂さん、Reiです。ご挨拶に伺いましたが、お時間大丈夫でしょうか?」
上ずりかけた声をどうにか抑え、ごく普通の、落ち着いたものにする。
「ああ、どうぞ」
「失礼します……顔見せが遅くなりまして、申し訳ありません」
「いやいや、流石にあれだけ番組ハシゴしてたら時間無いのは分かってるよ、気にしないで」
「あ、りがとうございます」
(う、うわぁー!出てる番組把握してくれてるー!)
「司会しながら見てたけど、Reiさんはもう、全部上手いよね。3番組目なのに全然疲れてなかったし」
「恐縮です……尾坂さんこそ、今日は朝の生放送からずっと色々な番組に出ていらっしゃいますよね、お疲れ様です」
(ミ゜ギャ!!)
ふと気が付くと、自室のベッドに寝転がっていた。無意識の内に風呂にはきちんと入ったらしく、仄かに気に入りのシャンプーの香りがする。
「意識……飛んでた……推しからの褒め言葉……破壊力すご……」
そう、何を隠そう、Reiは尾坂 朝陽が『推し』なのである。
──尾坂 朝陽。幼少期からドラマに出演しており、演技力に定評があるのみならず、バラエティでのリアクションや司会回しも上手く、あらゆる番組に引っ張りだこのマルチタレントだ。
今日はReiが出演した3本目の番組において、その司会力を大いに発揮していたようだ。あまりに忙しく殆ど見ることができなかったが、SNSでトレンドに入っているあたり察しがつく(ちなみにReiは「朝陽様」「朝陽さん」「朝陽」「尾坂」で検索をかけることが日課になっている)。
朝陽に限って、炎上したということはないだろう。ファン心理を抜きにしても、トラブルを起こさずに進行できるからこそあそこまで司会役が回ってくるのだから。
Reiが朝陽推しになったキッカケは、とあるバラエティ番組だ。
普段は仲の良い2人が目の前で喧嘩を始めたらどう反応するかという、よくあるドッキリ企画だったのだが、朝陽はどちらに肩入れすることも無いまま、見事に仲裁してみせたのだ。あまりに鮮やかすぎて、今でも朝陽ファンの間で伝説となっている。
その手際の良さが話題になりがちなのだが、Reiに刺さったのはそこではない。
あまりにも平等な意見。平等過ぎて、トークスキルで誤魔化されてはいたものの、どちらにも辛辣な発言。
そこからReiは──『尾坂 朝陽は誰のことも特別扱いしない』ことを感じ取ったのだ。
この感覚は間違っていないと、朝陽を追えば追うほど確信するようになった。
どのような番組でも、相手がどれほど大御所であれ、どうしようもない事情以外一切特別扱いしないのである。にも関わらず干されていないのは、朝陽のトークスキルや察しの良さ等の賜物としか言いようがない。
他の芸能人がある程度どこかしらに忖度を見せる中、Reiにはそれが輝いて見えた。
「はぁー……やっぱりあのくらいの軽い褒め言葉は皆に言ってるんだろうなぁ……」
──だが、最近のReiはおかしい、と自分で感じている。
特別扱いしない、平等なところが好きなはずなのに……時折、「自分だけを見ていてくれればいいのに」と思ってしまうのだ。
どうしてだろうか。……いや、本当は薄々分かっている。
『Reiさん、この番組初出演なのに堂々としてたね。歌もダンスも凄い良かったよ』
──出演した番組の挨拶回りの時、初対面でそう褒められたのがあまりにも夢のようだったから、また欲しくなってしまったのだろう。……プライベートでも褒められたい、と思うほどに。
「特別扱いしないところが好きなのも、本当なのにな……矛盾してて、本当に……」
──自分が気持ち悪い。
────
「尾坂さん、お疲れ様でした!明日はオフですから、ゆっくり休んでくださいね」
「そっちもお疲れ様。スケジュール調整ありがとう、いつも助かってるよ」
「いえいえ、これが仕事ですから……では失礼します!」
車で家まで送ってくれたマネージャーを見送り、玄関のドアを開ける。
帰宅すると、先程まで感じていなかった疲れがどっと出てくる。早くシャワーを浴びてぐっすり寝たいところだが……寝る前にやっておきたいことがある。
(よし、録画はきっちりできてる!司会として生で見たのは役得だったけど、他の番組は見られなかったからね)
それは、録画していた番組を見ることだ。今回は偶然にも自分が司会をしているものが混ざっているが、追っているアーティストの出演番組は全て録画予約している。
(あー、やっぱりいいな……Reiさん)
そう、何を隠そう、尾坂 朝陽はReiが『推し』なのである。
朝陽がRei推しになったキッカケは、自分が司会を務めるとある音楽番組だ。
初出演ながら、SNSの話題を全て掻っ攫う圧巻のパフォーマンスだったのだが、朝陽に刺さったのはそこではない。
その視線の全てがカメラと観客に向かっていた。そこに一切の媚びは無かった。ゲスト席の芸能人に対してもそうだった。ただ、純粋にパフォーマンスを楽しんでほしいという思いだけが伝わってきた。
そこから朝陽は──『Reiは誰のことも特別扱いしない』ことを感じ取ったのだ。
この感覚は間違っていないと、Reiを追えば追うほど確信するようになった。
たまの動画サイトでの生配信でも、一度読み上げたコメントと同じコメント主には一定期間反応しないなど、誰かを贔屓していると見なされそうな行動は決してしないのだ(ちなみに朝陽は生配信を仕事で見逃しがちだが、Reiは必ずアーカイブを残しているためいつも泣いて喜んでいる)。
他の芸能人がある程度どこかしらに媚びを見せる中、朝陽にはそれが輝いて見えた。
(……Reiさん、今日色々出てるの知ってくれてたな……見てくれてたりしないかな)
──だが、最近の朝陽はおかしい、と自分で感じている。
特別扱いしない、平等なところが好きなはずなのに……時折、「自分だけを見ていてくれればいいのに」と思ってしまうのだ。
どうしてだろうか。……いや、本当は薄々分かっている。
『インタビューの時、尾坂さんが色々話を振ってくださったおかげで緊張せずに済みました……ありがとうございました』
──初出演での挨拶回りに来てくれた時、そう言ってはにかんだ顔があまりにもかわいらしかったから、また見たくなってしまったのだろう。……プライベートでもその顔が見たい、と思うほどに。
(特別扱いしないところが好きなのも、本当なのに……矛盾していて、本当に……)
──自分が気持ち悪い。
相互不理解 K1 @K1_write
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます