第2話 スライム、異世界のしくみを知る
冒険者たちが倒れ伏す場所で、俺は、ぼんやりと天井を見上げた。初めての戦闘での混乱と疲労が重なり、身体はぐったりと動けない。
そこへ、再びリポップした先輩が興奮冷めやらぬ様子で近づいてきた。
「おい、新入り、大金星じゃねーかよ!
冒険者2人も倒しちまうなんてよ!」
「……彼らは死んだんですか?」
俺の問いに、
「いや、冒険者はHPがゼロになると行動不能になるだけだ。死ぬわけじゃねぇよ。」 「本当……ですか?」 俺が半信半疑で聞き返すと、先輩は鼻で笑った。 「ダンジョンってのは、どっちが倒れるかのゲームみたいなもんだ。俺たちモンスターも復活できるし、冒険者も死にはしねぇ。だからよ、そんなに情けない顔するんじゃねぇよ。」
それを聞いて、俺は少しだけ肩の力が抜けた。日本人だった頃の俺は、命を奪うことには抵抗があった。しかし、これはゲームのような仕組みだ。本当の意味での命のやり取りではないのだと理解し、戦うことへの忌避感が少し薄れた。
俺が無言でいると、先輩は
「大丈夫か?ま、疲れたよな。初日ならみんなそんなもんだ。来いよ、こっちで少し休ませてやる。」
よくよく見てみると、先輩は何度も復活を繰り返してきたと言うだけあって、全体がくたびれていて、疲れ果てたサラリーマンのように見えた。
「戦闘後は少し休まないと、次の冒険者が来たときに動けねぇからな」
と言い、俺をダンジョンの壁の裏に案内した。
そこにあったのは、モンスターたちの「バックヤード」と呼ばれる休息スペースだった。
いくつかのスライムがじっとしている。疲労でぺしゃんこになったスライムや、散々痛めつけられて傷ついたスライムたちもいる。休むというより「動かない」ことで体力、気力の回復をしているようだ。
息を呑む俺に、先輩は
「戦闘が終わったら、ここで充電するのがルールだ」と淡々と説明する。
「休憩所……。じゃあ、しばらくは休めるんですか?」
疲労困憊な俺は、今すぐにでも布団に飛び込みたい気分で、期待を込めて先輩に問うが
先輩は鼻で笑うような音を出した。
「そんなわけねえだろ。冒険者なんて次から次へと来るんだ。365日、年中無休でな。
冒険者が来たら即座に駆り出されるさ。
ダンジョンの上役の奴らも、『戦闘後に休みが必要などど、コレだから最底辺は』って、好き放題言ってるしよ。
…俺たちに休暇なんてものはねえんだよ。」
先輩は苦笑するように形を変える。
俺は言葉を失った。スライムとして「働く」とは、冒険者に倒されることを繰り返すだけの地獄のような毎日だという事実を突きつけられたのだ。
「そもそも俺たちの仕事って、何なんです?」
と恐る恐る尋ねる俺に、先輩は肩(があるのかは不明)をすくめるような仕草を見せた。
「簡単さ。冒険者相手の『生ける障害物』だよ。ダンジョンの奥に行かせないようにして、奴らを疲れさせる。それが俺たちの役目だ。まあ、捨て駒だな。」
「捨て駒……」
と呟く俺に、先輩はさらに追い打ちをかけるように説明を続けた。
「お前、復活するって聞いて少し安心してるかもしれねえが、覚えとけよ。復活するとは言っても、痛みはリアルだ。殺されるのが下手だと何日も気力が尽きるからな。だから俺たちスライムは、冒険者をある程度疲労させたら『上手く死ぬ』ことが大事なんだよ。」
「上手く死ぬ……」
「そうだ。下手に抵抗して粘ったりすると、こっちが余分に疲れるだけだ。どうせ勝てないんだから、冒険者が相手なら、潔くやられてやるのが一番いいんだよ。」
俺は唖然としたままだったが、先輩はさらに重要なことを教えてくれた。
「一応、冒険者を倒せば経験値ってのが入る。でもな、俺たちスライムってのは効率が最悪なんだ。復活が早いから1日に何度も倒される。そんで倒されるたびに経験値が減る。結果、ほとんど貯まらねえ。俺たちスライムの中で進化したやつなんて誰もいねえよ。
……まあ、無難に頑張ろうや。」
さらに話は続く。
「俺たちスライムはダンジョンの中では最底辺。ダンジョンマスター様が、俺たちみたいな存在に目を向けることはない。弱い奴はただの使い捨てさ。
まあ、スライムが入り口にいるのはダンジョンの『様式美』みたいなもんだな。雰囲気出すための賑わせ要員だ。はなから期待されていないのさ」
完全に打ちのめされた俺は、かつてのサラリーマン時代を思い出しながら呟いた。
「……なんだよそれ……ブラックどころの話じゃないじゃないか……!」
しかし、その嘆きに対して先輩スライムは軽く笑った。
「どこも、こんなもんだ。俺たちにとっちゃ、これが当たり前なんだ。うまく生き延びるってのは無理だ。ただ、上手く死んで、上手く復活する。それが俺たちの生き様だ。」
頭を抱えながらも、俺は思った。
このままでは終われない。絶対にこの環境から抜け出してやる、と――。
――つづく――
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