第5章:溢れる想い

 翌日から、結の仕事には新しい活力が宿っていた。作業台に向かうたびに、七緒との甘い思い出が香りとなって立ち昇る。


「結さん、その試作品……とても素敵な香りですね」


 志水が感心したように言った。


「ありがとうございます。やっと見つけられたんです、探していたもの」


 それは、花の香りをベースにしながらも、どこか神秘的で、心を揺さぶるような香り。七緒との出会いがなければ、決して生まれなかったものだった。


「これで完成でしょうか?」


「いいえ、まだ少し……仕上げに特別な要素を加えたいんです」


 結は「Blooming Days」へ足を向けた。七緒は相変わらず、愛らしい笑顔で迎えてくれる。ただし今は、その笑顔には特別な意味が込められている。


「結さん、今日はどんなお花をお探しですか?」


「実は、香水の最後の仕上げに使いたい花を探しているの」


「それなら、こちらはいかがでしょう?」


 七緒が指し示したのは、深い紫色のアイリス。その気品のある佇まいに、結は目を奪われた。


「花言葉は『信頼』『希望』『そして永遠の愛』」


 七緒の言葉に、結は思わず赤くなった。


「素敵な花言葉ね」


「私たちにぴったりだと思いませんか?」


 七緒の大胆な言葉に、結は心臓が止まりそうになった。


「ええ、その通りよ」


 二人は意味ありげに微笑み合う。店内には他のお客様もいるため、これ以上の言葉は交わせないが、目と目で語り合うことはできた。


 その夜、結は遅くまで作業を続けた。アイリスから抽出したエッセンスを、慎重に調合していく。出来上がった香りを確かめると、そこには確かな手応えがあった。


 翌日、結は完成した香水を志水に提出した。


「素晴らしい……」


 志水は目を閉じ、深く香りを堪能している。


「若々しさの中に深い情感が宿っている。まるで、誰かへの想いを閉じ込めたような……」


 結は微かに頬を染めた。確かに、この香水には七緒への想いが込められているのだから。


「『シークレット・ペタル』と名付けさせていただきました」


「素敵な名前ですね。きっと多くの方に愛される香水になるでしょう」


 その言葉通り、『シークレット・ペタル』は発売と同時に好評を博した。特に若い女性たちの間で、秘密の恋を育むような神秘的な香りとして話題になっていった。

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