鏡面

 エテコー団の三人は幻影たちに紛れ、着実にリリカたちに体術を食らわせていった。その動きは洗練されており、それでいて一撃一撃も重かった。最初に油断していたリリカとヒロトも、今は危機に立たされている。二人の身は、じわじわと傷つけられているのだ。このままでは、防戦一方である。


 もっとも、ここで諦めるリリカではない。


 彼女は何を思ったのか、明らかに自分では持ち上げられないような巨大な太刀を二本生み出した。その全長は、五メートルにも及んでいる。無論、ユウセイの魔術で口を閉ざされている彼女には、その真意を語ることはできない。この時、ヒロトは彼女が自棄を起こしたものだと思っていた。リリカは太刀の刀身を見つめ、そこに幻影が反射されていないことを確認する。


 そして彼女はハンマーを生み出し、ミルシーの本体を殴り飛ばした。


 この一撃により彼の魔術は解け、リリカとヒロトは幻影から解放された。ヒロトはユウセイの方へと飛び出し、爆発する正拳突きをお見舞いする。ユウセイが後方に飛ぶや否や、ヒロトはようやく口を開く。

「そうか。あの巨大な太刀は、鏡の代わりだったのか!」

 その場に本来存在していない幻影であれば、鏡面に反射されるはずはない。リリカはそれに気づいたがゆえに、巨大な太刀を生み出したのだ。続いて、リリカは弓を生み出し、矢を放つ。その矢は、容赦なくキクヒュアのわき腹を貫いた。


――反転攻勢だ。


「攻略法さえわかれば、アンタらなんか一発屋だな!」

 そう言い放ったリリカは大剣を生み出し、華麗な剣捌きで敵対者たちを退いていった。無論、エテコー団の三人とて、犬死にしたいとは思わないだろう。

「撤退であぁる!」

「覚えてなさぁい! 次は絶対に負けませんわ!」

「バーカ! バーカ!」

 そんな捨て台詞を吐いた彼らは、逃げるようにその場を去った。しかしリリカたちは、三人を追いかけようとしない。彼女たちは元より、あの三人組に構っている暇などないのだ。ため息をつき、リリカは言う。

「さぁ、霊獣を探すぞ」

 そう――元々、この二人は霊獣討伐の依頼を受けてこの村に赴いたのだ。当然、ヒロトも早いところ仕事を切り上げたいと思っている。

「あぁ、そうだな。やれやれ、面倒な輩に絡まれたものだ」

「あれが大の大人か。人の脳って時々、笑えない粗悪品があるよな」

「あれで笑ったら、後で罪悪感を覚えそうだしな」

 依然として、二人の中でのエテコー団の評価は辛辣なものであった。



 それからリリカたちは、村長の家を訪ねた。村長は紅茶を淹れ、質素な食事を二人に配膳する。そして彼は、さっそく話を切り出す。

「ご足労いただきありがとうございます、霊媒師様。実はワシの村には、時折霊獣が襲い掛かり、作物を荒らしていくのです」

 これは大事な話だ。少なくとも、ヒロトはそう感じていた。しかしバターロールを一口だけかじったリリカは、まるで真剣な顔をしていない。

「ケチャップとかマスタードはねぇの?」

 それが彼女の第一声だった。ヒロトは慌てて彼女の後頭部を掴み、彼女と共に頭を下げる。

「す、すみません! うちの馬鹿がご無礼を!」

「あ? オレはフリーで霊媒師をやってた頃から、こんなんだったけど?」

「この馬鹿! 霊媒師ギルドに苦情が入ったらどうするんだ!」

 彼が怒ったのも無理はない。この二人が悪印象を残すだけでも、ギルド全体の風評に響く可能性は捨てきれないのだ。


 幸いにも、村長は懐が広い。

「ほっほっほ。元気なのは良いことですよ。緊張されるより、余程頼りになりますからね」

 その器の大きさに、ヒロトは胸を撫で下ろした。その横で頭を上げ、リリカはバターロールをシチューにつける。

「こうして食うと意外と旨そうだ」

 相も変わらず、彼女は自由奔放であった。

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