交信

 突如、一人の女が駆け込んできた。

「霊媒師さん!」

 何やら彼女は、リリカたちに用があるらしい。そこでリリカは、話を聞いてみることにする。

「よぉ、いかにも霊媒師さんだ。で、用件は?」

「夫が殺されて、息を引き取りました。どうか、夫と話をさせてください」

「あぁ、わかった。だが霊媒師にも、できねぇことはある。すでに一度交信した霊体とは、もう二度と交信できなくなる。話すの、今で良いのか? もう少し、話すことを考えてからの方が……」

「私は、今話したいです」

「そうか。そういうことなら、オレに任せな」

 死者と話をすることは、一見すれば無理な話だ。しかしリリカは霊媒師――霊を取り扱うことを生業にする者である。


 リリカは魔法陣を展開し、一人の男のホログラムを映し出した。その男は、先ほど駆け込んできた女の方を見ている。

「お前が殺されなくて良かった。俺の残した財産で、いい男を見つけてくれ」

 それが彼の第一声であった。無論、それで相手が納得するはずもない。

「そ、そんな。あなたみたいないい男、他にいないよ……」

 そう返した女は、今にも泣き出しそうな顔つきをしていた。無論、相手は彼女を泣かせたいわけではない。男の霊の語る言葉の一つ一つには、優しさが込められている。

「俺はずっと、お前の幸せを願っている。俺への未練や、あの男への憎しみから解放されて、どうか幸せになってくれ」

「あなたはそれでいいの?」

「あの男はファントムに操られていたんだ。恨んだって、何にもならないさ」

 その言い分自体はもっともだが、それで女の溜飲が下がるわけでもない。依り代と化した男への憎しみや、今目の前にいる男への愛が入り混じり、彼女の心は乱されていく。やがてホログラムにノイズが入り、男は姿を消した。霊媒師が交信を続けられる時間には、限界がある。直後、女は泣き崩れ、その場に伏した。その様を前にして、リリカはか細い声で呟く。

「ファントムを倒しても、取り戻せないものはあるんだな。魂を扱っているオレたちだからこそ、人の死がいかに抗えず、人の命がいかに蘇らねぇか……それがよくわかる」

 この日は彼女にとって、初めてのファントムの討伐だった。一方で、その傍らに立つヒロトは、熟練のファントムハンターとも云うべき霊媒師である。

「おいリリカ。あまり深入りするな。これから身の回りで起こる全ての死を重く捉えていたら、心がもたなくなる」

 あくまでも仕事だけをこなし、それ以上の探りは入れない――それが彼のスタイルだ。そんな彼に反感を覚え、リリカは問う。

「人の心に寄り添っちゃ、ダメなのか?」

 怪訝な顔で首を傾げた彼女に対し、ヒロトはこう答える。

「そうは思わない。だけど、多感な奴は皆、霊媒師ギルドを辞めていった。否が応でも人の死に触れ続ける仕事なんだ――嘘でも無関心を装うくらいの気持ちでいないと、心がもたないんだ」

 紛れもなく、それはリリカを気遣った上での答えであった。しかし当のリリカは、まるで動じていない様子だ。

「だからって、人の命を粗末にできるもんかよ。奪われた命はアンタにとっては需要じゃねぇかも知れねぇけどな、遺された者たちからすりゃぁ極めて重要なんだ。人の死を背負って生きる覚悟は、生半可なものじゃねぇ」

「それは認める。一人一人が『人生』を背負っていて、その一つたりとも軽いものはない。だが、俺が言いたいのは、お前が深入りすることではないということだ」

「……オレは、死者の想いだけでなく、遺された者たちの想いもふいにはしたくねぇ。全部背負って生きるには、確かに重すぎるかも知れねぇけどな」

 そう語った彼女は、どことなく哀愁の漂う横顔をしていた。


 一先ず、今回の彼女たちの仕事は片付いた。

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